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14、『白銀』


 時間は早く経って欲しいときほど遅く感じるってのは誰の言ったことだったっけな。

逃げ始めてから体感じゃあ一時間とか三十分は経ってる気がするが、実際はせいぜい十数分かそこらに違いない。


 時間稼ぎ、とは言ったものの、正直既に限界に近い。

用意しておいたダミーをほとんど使いきった、ってのもあるが、それ以上に周囲の環境の方がキツい。

どんな環境なのかってのは……まぁ分かるだろう? さすがに辺り一面火の海にされちゃあな……。


 陽動のために例の改造した通信機でイフリートをあちこち引っ張り回したせいか、ついにヤツはブチ切れて焦土戦術なんて取り始めやがった。

今はまだいくつかの建物は残っているから良いが、隠れる場所が無きゃいつかは鬼に見つかる。

そしてその時はもう、目前まで近づいている。


「さて、これで最後か……」

俺はあちこち走り回って設置した通信機、その最後の一つを起動した。

するとこれまでと同様にすぐさま反応したイフリートが仕掛けのある場所を焼き払いに移動していった。

泣いても笑ってもこれが最後の陽動だ。後は援軍の一刻も早い到着を祈ることしか、俺にはできない。



 数分後、最後の仕掛けがあった場所をイフリートが燃やし終えても、応援が到着する気配どころか通信が返ってくる気配すらまるで無かった。

「……時間切れか……」

俺は諦観の念を抱きつつ、建物の裏手から背を離した。


 こんな状況になってしまった以上、おやっさんには悪いが俺はもう助からないだろう。

だったら例え数分、数十秒でもいい。更にだめ押しでヤツの邪魔をしてやるだけさ。

……ただ一つ心残りがあるとすれば、母さんには何一つ孝行してやれなかったことだな……


 そんなことを考えつつ中央に居るイフリートを窺うと、案の定、ヤツの視線は今俺が隠れている建物の方を向いていた。

そして数秒ほど身動ぎせずに突っ立っていたかと思うと、ヤツはおもむろに腰元から球状の物を取り出し……


「あ、ヤッベ……」

イフリートのその動作を見た瞬間、即座に俺は走り出す。ヤツの目を掻い潜るなんて考えてられない。あんな爆発、余波だけで俺なんか軽く吹っ飛ぶ。

とにかく離れることを優先してさっきまで居た建物群から少しでも遠くなる中央側に向かって走る。


 走り出したほんの数秒後、後ろの方で耳をつんざく大爆発が起こった。

直後、間の建物で軽減されたとはいえ、それでも人を放り投げるには充分な強さの爆風が俺を撥ね飛ばす。

ゴロゴロと転がり、やっと止まったところで身を起こすと、そこはヤツの……イフリートのほんの目と鼻の先だった。


 おもいっきり目を合わせてしまい、俺は若干顔をひきつらせつつも、目を逸らさずに体を起こす。

予想をはるかに上回る速度で見つかってしまった訳だが、こうなった以上はもう逃げも隠れもしない。静かに最期を待つだけだ。


 イフリートが腕に持つ火炎放射器の砲口を俺に向けた。

ヤツが引き金を引けば、その瞬間に俺は塵すら残さずに消え去ってしまうだろう。

もはやこれまで、と目を瞑り、放たれる炎と燃え尽きる自分を予想する俺だったが、しかし一向に引き金は引かれない。


 怪訝に思った俺が目を開けると、ヤツは既に銃口を下ろしており、俺のことなどそっちのけで、困惑したように空のある一方向に絶えず目線をやっていた。

一体イフリートが何を気にしていたのか、その答えはすぐにもたらされた。


 最初に感じたのは風だった。爆風のような乱暴で暴力的な風じゃあない。

あくまで突風のような体が押される程度の風だ。

ともかく突然の風に押され、俺はとても堪えきれずにおもいっきり尻餅をついた。

尻の痛みに顔をしかめつつ視線を上にやると、()()が目に入った。


 ソイツは白かった。その色は周囲で燃え盛る炎の明るみを照り返し、まるで銀色に輝いて見えた。


 ソイツは儚かった。華奢な腕と脚は折れそうなほど細く、そこには無骨な重厚さなど欠片もなかった。


 そしてソイツは……とても美しかった。


 ソイツ……突然現れた白いウィークがイフリートに、左腕で握る得物を突き付けた。異様に長く、細く、薄い、剣……そう剣だ。

黎明期はともかく、銃火器が主流な現在ではもはや見ることがほぼほぼ無い、敵を斬り捨てることだけしかできない大型のブレードだ。


 廃れた理由は言うまでもないだろう。

射程に勝る火器の類いを避けつつ剣の範囲まで接近するというのは、狂気染みた難しさを誇り……まぁつまり、割りに合わない、ということだ。


 だというのにそのウィークは銃を持たず剣のみを携える。果たしてそれだけの自信があるのか、はたまた単なる酔狂なヤツか。


 少しの停滞の後、両者はほぼ同時に動いた。

先に仕掛けたのはイフリート。やはり射程という点を活かし(とはいえイフリートの方もそこまで長くはないが)、超高温の業火を放射する。それは今まで見てきたように鉄筋コンクリートの建物すら()()()

例えウィークの装甲でも掠めただけで損傷を発生させるだろう。


 だが白いウィークには当たらない。いや、それどころかその白い装甲に煤一つ付けることすら叶わない。

「……おいおいマジかよ……」

確かに火炎放射という性質上、放射速度の遅さもあり当てづらい点もあるだろう。だがそれ以上に、白いウィークが速過ぎる。


 通常より大きなブースターの噴射痕を残しながら上下左右へ機敏に跳ね回る。

その動きは追いかけようにも目がまったく追いつかないほどだ。

端から肉眼で見ている俺ですらそれだ。

正面から対峙しているイフリートからすればまるでテレポートでもしているように見えるんじゃなかろうか。


 白いウィークの異様な速度に翻弄され続け、遂にイフリートは制御を誤り、対峙している敵を自身の視界から逃すという愚を犯した。

相手の姿を見失い、大きく隙を晒したそこへ……眩い閃光を引きながら白い機体が斬りかかった。


 下から斬り上げられる一閃がイフリートを捉える。

イフリートが即座に飛び退いたことにより追撃は不可能だったようだが、そんなことはもはや関係なかった。


 再び距離を離して向き合った二機の間に、空から降ってきた物がどすりと鈍重な音を立てて転がる。

それは肘のあたりでキレイに溶融切断されたイフリートの左腕だった。


 ここで再び白いウィークが、損傷した左腕を切り離すイフリートに向かって剣を突きつける。

それ以外には特に動きを見せないことを見るに、撤退するかこのまま戦闘を継続するかの選択を迫っているのだろう。


 ほんの数秒ほど静かな空気が流れただろうか、やがてイフリートは静かに踵を返すと立ち上る火炎を突き抜け、破壊の限りを尽くしたこの基地から撤退していった。

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