11、『壊滅』
◆
俺が司令室を飛び出した時にはもう遅かった。
あの特徴的なハンガー開放のブザー音が鳴り響いて来たからだ。
俺は窓に駆け寄ってハンガーの方向を見る。
ハンガーの出入り口は広場側だが、司令部からだと角度があって内部はほとんど見えない。それでも出入り口近くで外を窺っている機体が一体居ることは分かった。
恐らくイフリートの様子を探っているのだろう。
そして案の定というべきか、ブザー音を聞き付けたイフリートが動き出した。
ハンガー内の連中もそれに気づいたのか、様子見の一機が奥へ戻って行く。
――完全に頭に血が上りきった訳じゃ無いみたいだな……
クローウン司令の話によると、ドッグタグを置いて行った奴らは皆殺された友人や仲間の仇討ちに燃えていたらしい。
他の四人とは面識が無いから分からないが、友情に熱い男だったローランドなら有り得る話だ。
――まぁそういう意味では一安心だ。策も案も何も無い特攻と作戦を立てた上での戦闘では全然違うからな……
ハンガーでの籠城戦という作戦もちゃんと考えられている。
イフリートの姿を見れば分かるが、ミサイルやロケットランチャーといった類いの武装は搭載していない。
つまり、最初の爆発はサイズが小さい重手榴弾などによる可能性が高い。そして手榴弾とは破片を撒き散らす武器である故に障害物の多いハンガーでは身を隠しやすい。
火炎放射を防げるという点も大きい。
直撃すればひとたまりもない温度といえども、間に障害物があればウィークの生命維持装置で対処できる程度の温度変化でしかない。
「考えたな……」
感心した俺が、これなら一矢報いる事もできる!と考えたとき、ようやくイフリートはハンガー前まで辿り着いた。
同時にハンガー内から爆音と共に銃弾がばらまかれ始める。
イフリートは銃撃を予期していたのか一瞬だけブースターを吹かしてバックダッシュし、扉横の壁を間に挟んだ。
と、ここでイフリートが妙な動作を始める。
腰部から球状の何かを取り出すとそれを火炎放射器に数秒くっつけたのだ。
そして再び取り外したそれをハンガー内に放り込んだ。
――やっぱり手榴弾だったか! けど一つ投げ込んだところで意味なんて…………
ふと俺はさっきのイフリートの動作が気にかかった。
――そういや、あいつ……手榴弾を火炎放射器に取り付けて一体何をしてたんだ……?
イフリートの奇妙な行動に、何故だか無性に胸騒ぎがして視線を巡らす俺の目に、広場の惨状が目に留まった。
飛び散った機材に抉れた地面、いずれもどれだけ凄まじい爆発だったかを物語っているが……
――…………いや、おかしい。何で…………綺麗なままなんだ?
……手榴弾では考えられない事が一点あった。
機材にも地面にも、熱で溶けた跡は有っても、物理的な破損の跡が一切無かったのだ。
つまりこれは、イフリートの持っているそれは飛び散る破片がメインの破片手榴弾ではなく、爆風がメインの爆風手榴弾であるということを示している。
――……けど、爆風手榴弾は爆発範囲が狭くて、とても最初みたいな広範囲への爆風を発生させる事は不可能なはず…………いや、本当にそうか?
被害状況を文字にしてようやく気づけた。俺にはこんな被害を起こせる物に一つ心当たりがある。
燃料気化爆弾だ。
仰々しい名前だがやってることは単純。可燃性のガスを辺りに蒔いて着火する、これだけだ。
だが仕組みの簡潔さに反してその破壊力は凄まじく、十二気圧の爆風と三千℃にも達する高温が超広範囲に撒き散らされる。
そして何より、ガスは気体ゆえに遮蔽物などお構い無しに空間全てを満たす。
「……クソがッ!!」
俺は咄嗟に壁際にしゃがみ、両耳を手で押さえた。
そのほんのコンマ数秒ほど後、外から地鳴りのような爆音が響いたかと思うと、全身を揺さぶるような衝撃が俺を襲ってきた。
おまけとばかりに、頭上で割れた窓のガラス片が追い討ちしてくる。
鼓膜に引き続き、今度は頭を必至になって守っていると、いつの間にか辺りは静かになっていた。
「……どう……なった……?」
どうなっているのか、そんなことは分かりきっている。一度目の爆発をあんな狭い場所でもう一度やられたんだからな。
けど、それでも俺は万が一に賭けて、外の様子を窺うべく恐る恐る首を伸ばした。
「……あ…………あぁ……」
自分の喉から掠れた声が出る。
ハンガーは酷い有り様だった。
出入口の反対側はまだ建物の形状を残しているが、その端部分以外はもはやガラクタの山と化していた。
天井が崩れ、外壁は倒壊し、所々からウィークのパーツらしき物がポツポツと見え隠れしている。
元の姿など見る影もなかった。
イフリートの方も動く影一つ無いことに満足したのか、一頻り辺りを見渡した後は元の位置……第三兵舎の上に戻っていった。