10、『生存者』
「ダメですってば、寝てて下さいよぉ!」
「うっせぇ! この状況で悠長に寝てられっか!!」
こっちがズーンと沈んでいるってのにドアの外からは随分と騒がしい声が聞こえてくる。
今の状況を分かっているのだろうか? 何故だか妙に聞き覚えのある声が混じっているような気もするが、きっと幻聴だ。そうに違いない。まさか病人が来るわけ…………
そんな事を考えた瞬間、扉が蹴破らんばかりにバガン、と開かれた。
「で!? 今の状況はどうなってんだ!? とっとと教えろコノヤロー!!」
――……やっぱ、おやっさんかよ! 病人だろ!? 何してんだアンタ!!??
クローウン司令に詰め寄るおやっさんを尻目に、俺はおやっさんに付いて来た気弱そうな軍医に「どういうことか?」と目配せした。
「止めましたよ! えぇ止めようとしましたとも! けどこの人は何が何でも行くって聞かなかったんですよぉ!」
俺の視線に気づいた軍医は泣きそうな顔で即座に必死に弁明を始めた。
別にそんな泣き叫ぶような失態とかじゃないと思うんだが……。
だっておやっさんが相手だからなぁ~…………むしろ止められる奴なんて居るのか?
俺が無駄な思考を巡らせている間にも、色々と事態は進行している。
そもそもおやっさんが司令室まで来たのは現在の状況が知りたかったからだ。
けどここに居るのは何にも知らない貴族司令官が一人だけ。どうなってるかは見なくても分かる。
現にほら、クローウン司令が怒鳴られてる。
「ハァッ!? 通信機の場所を知らねぇだと!?!? おめぇ、それでも司令官か!!??」
期待を裏切られた感が強いのだろう、ブチ切れんばかりのおやっさんの勢いに、クローウン司令もやけくそ気味に返す。
「そうさ、確かに私は司令官だ。書類上に限ってはな!」
そしてクローウン司令はさっき俺に語った内容と同様のことをおやっさんにも伝え始めた。
全ての話を聞き終えた後、しかめっ面になったおやっさんは鼻を鳴らして毒づく。
「ふん、貴族連中の無能量産システムか。テメーらは箔の前にまず知性を付けろってんだ」
――……うおぅ、ガッツリ言うな……少しはオブラートに包もうぜ、おやっさん……
俺は少しおやっさんが心配になった。
貴族という連中は何よりもメンツを重視していて、批判などしてそれに泥を塗ればほぼ間違いなく処刑されてしまう。そして今おやっさんの目の前には本物の貴族が居る。
「…………そうだな。確かに今の貴族は私も含めて皆無能だな」
驚いたことにクローウン司令は一切反論しなかった。それどころかおやっさんの批判を甘んじて受け入れている。
――前から思っていたけど、つくづく貴族っぽく無い人だな……
流石のおやっさんもこの反応は予想外だったようだ。内心の動揺を示すように僅かな身動ぎをした。
だが、そこはやはりおやっさん。すぐに動揺を静めていつもの調子を取り戻す。
「…………ケッ、まぁいい、今はそれどころじゃねぇからな。通信兵か技官辺りは居ねぇのか?」
「無事なのは引きこもりと事務員、それと何人かの幸運な連中だけだ。他は死んだか再起不能のどちらかだ」
――まぁそりゃそうだ。あの爆発で生きのこるには建物の中に居るか俺とおやっさんみたいに運が良いか……いや、ちょっと待て……何人か?
それに気づいた途端、俺は思わず尋ねていた。
「もしかして外に居た連中、他にも無事な奴がいたのか?」
我が事ながら自分の言葉に驚いた。
クラウド達は間違いなく最初の爆発をもろに受けたはず。機体のパーツが散らばっていたし、それは間違いない。だがそれでも、もしかしたら、という思いが捨てきれなかったのかもしれない。
「あぁ、居たぞ。数十分前に五人程度で来ていた」
「そいつらの名前は!?」
俺が聞くとクローウン司令は机の引き出しを漁って何かを取り出すと、それらを順に五個、机上に並べた。
並べられたそれらは文字が刻まれた小さな金属プレート、つまりはドッグタグだ。
「……これは?」
ドッグタグは戦場に身を置く者達にとっての身元証明書のようなものだ。仕様は国によりけりだが、レファールでは二枚一セットになっていて、仮に戦死した時は片方を戦死報告用に回収し、もう一方は遺体識別用に残す。
――……つまりここに片割れがあるということは既に戦死? いやでも数十分前に来たと…………はぁ? 訳が分からん……
俺が混乱していると司令官が答えを教えてくれた。
「私が回収した訳じゃない。それは連中が自分の意思で置いていったヤツだ」
「自分で置いていっただぁ? 一体何のために? テメェらはまだ死んでねぇってのにか?」
「『自分達は恐らく生き残れないだろうから先に預けておく』だそうだ」
おやっさんとクローウン司令との会話を聞きつつ、俺はドッグタグに目を通していく。
サウザー=ビショップ、フレッド=アラジーク、グンター=ボルド、エリス=エルーガ…………そしてローランド=ミリター。
「――この大馬鹿野郎!! 何で止めなかった!!」
突然の怒声に俺は顔を上げる。何やらすごい剣幕のおやっさんが司令官に詰め寄っていた。
「無駄なことは止めておけと私は言った! だが彼らは聞かなかったんだ!」
「ちょっと待った! 何の話なんだ!?」
訳が分からない状況に俺が疑問を呈すると、おやっさんとクローウン司令が同時に俺の方を振り向いた。
「このマヌケが自殺同然の行為を見過ごしやがったんだよ!!」
「止めるならば、最悪失神させてでも押し通ると言われたんだぞ!? どうすれば彼らの決意を変えられると言うんだ!?」
「は? 自殺同然の行為?」
俺が困惑していると、おやっさんは机のドッグタグを指差して言った。
「この阿呆共、イフリートに突っ込む気だ!!」