1-5
力を込めてバルブを捻ると、酷く錆びているせいか、けたたましい音がなる。
金属同士がこすれ合う、重厚で甲高い音に俺は思わず顔を顰めた。
扉が開くと、壊れ枯れた電灯に照らされた薄暗い廊下が見える。どうやら、この部屋は突き当りの部屋になるらしく、長い廊下にはいくつかの水密ドアが確認できる。
「……暗いな」
ちかちかと瞬く電灯の下を歩きながら、俺はぼやいてしまう。
生来、ホラー等は怖くない人間ではあるが、電灯が瞬く音以外聞こえない状況だと、小さな物音ですら、過敏に反応してしまう。
自分の呼吸音と、裸足が硬質な廊下を叩く音が嫌でも耳に響いてくる。
「あ、ご主人様」
「うわぁい!?」
耳元から突如として聞こえた、少女の声色に俺は飛び上がり、肩に乗っていたリリスは地面へと落とされた。
「は、あ、す、すまない! 怪我はないか!?」
慌てて駆け寄ると、彼女は責めるかのような視線を、一瞬だけ向けてきたが、すぐさま気を取り直したのか、俺の掌に乗ってくる。
「あまりご無体をなされませんよう、お願いします」
乱暴にしないでね、と言外に叱られてしまった。
十五センチ程でも、レディはレディなのだろうと、納得し、軽く頭を下げて、彼女を自分の肩に乗せる。さて、呼び止めたと言う事は、何かしら用があるのだろう。
「それで、どうした?」
俺がそう尋ねると、彼女は肩に腰掛けながら、一つの水密扉へと指先を向けた。
「略奪されていないのならば、あそこに服と武器があります。持ち出してください」
肩を竦めようと思ったが、乱暴にするなと怒られたばかりである。
二百年前の服や武器がそのまま残っているのはあり得ない事だが、リリスやこの糞ダサいグローブも残っていた事だ。
股間位は隠せると期待しよう。
「……略奪ねぇ」
何が残っているかは知らないが、奪う価値があればいいのだがな。なんて事を俺が考えながら、バルブを捻った。
再び金属同士が擦れる重くて甲高い音に、尿意を感じながら扉を開くと、そこにはいくつもの金属箱が乱雑に置いてある。
「大分漁られてるな」
略奪は冗談ではなかったのだろう。
大量の空箱が、そこいらに放り投げられていて、大急ぎで漁りましたと言わんばかりの風景だ。見た事はないが、泥棒が入った現場と言うのはこんな感じなのだろうと、俺は感じていた。
「いくつか無事な箱が存在します。ご主人様、何か見つかるかもしれません」
「ああ、布切れでも、今の俺にはありがたいね」
なにせ、俺はフルチンだ。
おっさんの全裸なんて、どこにも需要はないので、さっさと何か着れる物を探すべきだった。
いくつかの金属箱を開くと、そこにはパッキングされた新品同様の作業服が三着程、下着類の替えが三種類に、頑丈そうな軍用ブーツが一つあった。
「お、いいじゃんいいじゃん」
新品同様の衣服が入っている事自体、おかしな事ではあるが、いい加減全裸は辛くなってきたころだ。
俺は様々な疑問を、心の奥底に仕舞いこんで、服と靴に袖を通した。
オリーブドラブに染められた作業服は、ノリが利いていて、少し硬い感触だったが、頑丈な服と言うのはそれだけでも貧乏人にはありがたいものだ。
「よくお似合いです、ご主人様」
肩から下ろしたリリスは、まだ開け放たれていない箱のいくつかを吟味しており、こちらに見向きもしていない。
最近のロボットはお世辞まで言えるようになったのかと、俺が下らない感動を覚えていると、彼女は唐突に一つの箱を指差した。
「生憎ですが、武器は一つしか見つかりませんでした。こちらの箱をお開け下さいませ」
指差された箱は、樹脂製の対衝撃箱である。
黒い樹脂に覆われたそれには、小さいが鍵穴がついており、部屋の片隅まで放り投げられていた。
積もっている埃や錆の粉を見る限り、相当前にぶん投げられて、そのまま放置されていたらしい。要するに、ここに盗掘者が入ったのは、相当前なのだろう。
「あいよっと」
空箱の群れをかき分けて、武器ケースを手に取って開けようと試みたが、どうやら鍵がかかっているようだ。
近くに鍵なんてないし、あったらこれも略奪されていただろうから、俺に開けるのは無理である。
「鍵がかかってるな」
諦めよう。
そう言おうと、リリスを見たら、彼女は二本の棒をこちらに向かって突き出していた。
ステンレス製で、先端がカギ爪のようになっている棒と、チルダーマークのようになっている棒だった。
要するにピックツールである。
「……俺にそんな技術はない! おっさんの無能っぷりをなめるなよっ!」
と、訳のわからない凄みを見せる俺に対し、リリスは冷静だった。
「いいえ、SAsPOを身に着けた貴方なら、出来るはずです」
「こんな糞ダサグローブで鍵が開いたら、全国の警備会社は大変だと思うんだが……」
かと言いつつ、あそこまで断言されてしまえば、そのピックツールを受け取らない訳にはいかなかった。俺は押しに弱いのだ。
とにかく、受け取ったからには試してみようと、鍵穴にツールを突っ込んだ瞬間、俺は学んだ覚えのないピッキングを、ふと思い出していた。