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1-3

「俺の時代から二百年も後の世界なのか? それに、アメリカ軍はどうしたんだ? あいつらが滅びを静観する訳ないだろ? おまけに俺はどうやって二百年を生き抜いた?」


 俺は焦っていた。

 二百年前に人類文明が滅んでいた事も、二百年間も俺が生きてしまった事も、とにかく考えがこんがらがる事実で、矢継ぎ早に小さなリリスへと質問を繰り出す。

 彼女は、呼吸する機能があるのか、小さく溜息を吐くとアニメ調の顔で、落ち着かせるように微笑んだ。


「落ちついて下さい、貴方は西暦二千十年八月七日に心臓麻痺で、お亡くなりになられました」


 更に衝撃的な事実を告げられる。

 壁に体を寄りかからせていた腕から力が抜けて、尻餅を着いてしまう。

 転職したい転職したいと、働きながらずっと願っていたが、まさか仏にジョブチェンジしてしまうとは、予想していなかった。


「……ハハッ、ナイスジョーク。居酒屋の雇われ店長から、仏に転職か。随分ホワイトそうな職場だな、ええ? おい」


 流石に嘘だろうと思いながら、膝を立てて立ち上がりつつ、俺はリリスの言葉を否定する。

 何せ、死んでいたのなら、尻餅を打った際の痛みも、床の冷たさも感じないはずだからだ。

 死んだことがないので、確証は持てないが、痛みと言うのは生きる為の機能だと聞いた事がある。ならば、死んだ後にその機能を携えているのは、おかしい、どうか、おかしい事であってくれ。


「残念ながら、ジョークプロトコルは実行しておりません。貴方は死にました。証拠映像等はございませんが……そうですね。貴方は盲腸の手術を受けていましたね?」


 くりっと首を傾げたリリスは、そんな事を宣った。

 俺が盲腸の手術をしていたから、なんだと言うのだろう、とりあえず頷いて返事をしておく。


「傷痕は如何なされました?」

「は? んなもん、ここに……」


 腹を見てみると、そこに手術痕らしきものなんて存在しなかった。

 下手糞な執刀医に当たってしまった為、俺の下腹部には巨大な傷痕があったはずなのだが、それが綺麗さっぱりと消えていた。

 ごくりと生唾を飲み込んだ俺に対し、リリスはにっこりと微笑みながら言い放つ。


「ご理解いただけたようで、リリスはとっても嬉しゅうございます。ご主人様ぁ」


 小馬鹿にするような物言いに、流石にムッとする。

 理解の遅い俺に対して、彼女もそれなりにイラついているのだろうが、ここは言い返さねば、気が済まなかった。


「……こ、これはあれだよ! 年末の隠し芸だよ!」


 俺はアホだった。

 言うに事欠いて、年末の隠し芸とは、しかもその隠し芸が手術痕を消せますって、そんな事出来るのなら俺はエステティシャンにでもなっている。

 案の定、リリスは呆れたようにため息を吐いていた。


「すごいなー、あこがれちゃうなー。では、現状の説明に戻ってもよろしいですか?」

「……どうぞ」


 棒読みで褒められてしまっては、もう黙るしかない。

 続きを説明してくれるらしいので、膝を抱えて黙って聞く事にした。


「現在、西暦で言うと二千四百五十年です。貴方が生きていた時代から四百四十年後の世界ですね。アメリカ軍は月からの質量弾で、七割が塵になりました。そして、ご主人様は二百年も生きておりません。生後二時間です」


 つらつらと述べられた言葉、恐らく事実に、俺は頭を抱えてしまった。

 俺が死んでいた事は事実である可能性が高く、その事から生後二時間との事も、事実である可能性が高い。ならば俺は、クローンとして作り出され、記憶を転写された人物と言える。

 ああ、多分間違っていないだろう。いくつか、不自然な虫食いになっている記憶があるから、それは間違いない。


「……理解力は低いと思ったのですが、案外、状況把握が早いですね。今考えている事は殆ど正解ですよ」

「ナチュラルに思考を読むのを、やめてくれるか?」


 一応、やめて欲しいと伝えたが、彼女が思考を読める辺り、どうも記憶関連の事は事実のようだ。

 となると、伝えられた答えも、全てが事実である可能性が高い。

 こう言うとなんだが、俺はそれこそ、どこにでもいる底辺労働者に過ぎず、金とか名誉とかの人が欲しがるものからは、大抵無縁だった男だ。


 即ち、騙す価値なんてない。

 逆さに振っても、俺のポケットからは、なんとか生きていけるだけの月給、日本円にして十二万円が、落ちてくる事だけだろう。

 尚、月末の給料日限定でだ。


 詐欺師に騙されているなんて思いはあるが、詐欺を働くにしても、もうちょっとマシな人物を探すだろう。

 詐欺師にとっても、俺のような金もなく、疑り深く、ちょっとの事で全てを失って開き直ってくる人間は、願い下げだ。

 つまり、今の伝えられた状況は、全て事実であり、彼女は俺に何かをやらせたいのだろうな。


「オーケー、とりあえず落ち着いた。んで、次の質問なんだが、聞いてもいいか?」

「……どうぞ」


 リリスは、計画通りに事が進んでいるのが嬉しいのか、それとも、俺の思考を読んで御しやすいと思ったのか、どことなく嬉しそうに返事をした。


「リリス……いや、そのバックにいる人は、俺に何をやらせたいんだ? 何をやらせるにしても、何故、俺なんだ? 言っちゃあなんだけど、俺、そろそろ三十よ? 金無し、技術無しの割と無能なおっさんよ? 特技はクレーマーの話を聞き流す事よ?」


 言ってて悲しくなってくる。

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