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1-1

 早朝四時。

 それが起床時間であったのなら、健康的な生活なのだが、これは俺の帰宅時間だった。

 どこぞの馬鹿が、ドル円相場八十円を放置したお陰で、勤め先の企業は倒産。

 それなりに安泰な未来が約束されていた俺も、不況真っただ中の社会へと放り出されて、見事に底辺へと落ちてしまった。


 八時出社だから、少しは眠れるなと考えながら、伸び切った髭を剃る為に、洗面所へと向かう。

 電灯を点けると、鏡に幽霊みたいな男が映った。

 痩せこけた頬に、不健康そうな青い肌、目の下の隈は不自然な程黒々としていて、夜道であったのなら悲鳴を上げて逃げ出されても、おかしくはないだろう。


 適当に髭を剃り、シェービングクリームを洗い流しても、その面構えは変わらない。

 そう言えば、食事を取ったのは何日前だったか、なんて思い出したが、食事を取ろうにも、ストレスと疲労で喉を通らないのだから、無駄な心配だった。

 俺は大きく欠伸をすると、一年程は干していない、かび臭い布団に寝ころんで、その瞼を閉じる。


 微睡みはすぐにもやってきた。

 心地良いが、起きたのならば仕事に行かねばならない。

 このまま、永遠の眠りにつけないかな、なんて聞く人によっては永遠に罵倒されそうな言葉を呟き、ゆったりと眠りについた。





 目が覚めると、俺は水の中にいた。

 オレンジ色で、粘性があって、鼻と口から容赦なく肺の中へと入ってきて、咽させる。

 全身を暴れさせて、手足をあちこちにぶつけた結果、俺は巨大な水槽のような物に閉じ込められている事を、何となく理解した。


 蓋がされていない事を幸いと、俺は水槽の縁に手をかけて体を引き上げる。

 転がり出るように外に出て、四つん這いで全力で咳をした。

 二十分位だろうか。全力で咳をしたせいか、背中がすっかり痛くなり、半日位は消えないだろうだるさを感じ始めた頃、現状を理解する。


「……ここは、どこだ?」


 人は、予期せぬ状況へ陥ると、考えていた事が口に出てしまう。

 今まさにその状況なのだが、冷静に判断する事は難しかった。

 そして次に、俺は自分が全裸な事に気が付いて、先程まで溺れていた水槽が、人間が寝ころべる程の巨大なものだと理解する。


「何が、どうなっているんだ?」


 酸欠でぼんやりとする頭を軽く振り、周囲の状況を見まわしてみると、ここは巨大な金属製の部屋であり、核シェルターのようなものである事を把握した。切れかかりの電灯がちかちかと瞬いている為、部屋の全容を把握するのが、少しだけ難しかった。

 とにかく、いつまでも素っ裸で、錆の浮いた床に座り込んでいる訳にもいかないので、ゆっくりと立ち上がると、俺は自分が沈められていた水槽を覗きこんでみる。


 オレンジ色の液体があった。

 それだけである。

 とりあえず、何かしらの犯罪行為に巻き込まれたと言う線は消えたと思ってもいい。だって意味わからないから、全裸にして監禁までは有り得るかもしれないが、その後水槽に沈めるとか、本当に意味がわからない。


 で、あるのならば、何故俺はこんなシェルターに監禁されていて、よくわからない水槽に沈められていたのか。

 その答えを探す為にも、ここを少々調べた方がいいかもしれない。

 とりあえず、この部屋を出る為の方法を調べるしかないだろう。


 俺は、唯一の出入り口であろう水密ドアに近づくとそのバルブを回そうと努力してみる。

 うんともすんとも言わなかった、ドアの近くには、パスコード式のロックらしきものがあり、それは緑色のランプが点灯していた。


「ほ、他の場所を探すべき、かな!」


 積んだとは意地でも考えなかった。

 だってそうなったら飢え死にしかない。飢え死には嫌だ、飢えるのは苦しい。

 ともかく他の手段を探す為に、俺は様々な場所を調べる事にしたのだが。

 結論から言うと、他に出られるような場所はなかった。


 排気口は鼠が通れる位の小さなサイズで、部屋の壁を、隅から隅までコンコンと叩いてみたが、空洞があるような音は返ってこなかった。そして、部屋中を調べて気が付いたのだが、部屋全体が老朽化しており、入口のロックが動いているのが、不思議な位、古く劣化している。

 即ち脱出不能、俺はこのまま骨になる。


「やべぇ、俺積んだ」


 ゴロリと部屋に寝っ転がりながら、そんな事を宣ってみた。

 だが、案外余裕があるのは少しだけ秘密がある。

 飽きるまで横になった後、再び立ち上がった俺は、部屋を調べている最中に発見した金属製の箱の前まで移動する。


「……まぁ、やっぱり、これがカギだよなぁ」


 箱は一度は開けたのだが、中身の意味が分からな過ぎて、見なかった事にしていた。

 もう一度蓋に手を開けて、ゆっくりと箱をあけると、そこには液晶画面付きの糞ダサいグローブと、美少女フィギュアが置いてある。

 ほらもう、意味がわからない。


 オリーブドラブカラーのプラスチックで覆われた糞ダサいグローブは、無理矢理こじつければまだ理解できる。

 これが何かしらのツールであり、もしかしたら、ロックのパスコードを解析するデコーダーらしきものが搭載されているのかも知れない。


 しかし、美少女フィギュアは本当に謎だった。

 身長十五センチ程で、妙にリアルな柔らかさの美少女フィギュア。

 一体全体、これを俺にどうしろと言うのだ。

 ともかく、考えても始まらないと、俺は糞ダサいグローブを手に取って、それを腕に嵌めてみるのだった。

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