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夢月夜 Re:或いは新しいモノ  作者: 星豆さとる
第三章(終章) 継明の暁

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34.再びの邂逅

 そこは、境界にほど近い結界の内側。

 白雪に伴われて踏み入ったその場は、霧と光の織り成す静謐な空間だった。現実と非現実のはざまで、音は薄く重力さえ希薄に思えた。ひたすらの闇が広がると聞いていたのだが、これは賀茂浅葱が干渉しているせいなのだろうか。


「ここが……門の、すぐ手前……」


 浅葱の声も、どこかくぐもって響く。

 朔羅が後ろに控える中、白雪が静かに頷いた。


「かの魂は、ここに留まっております。現世(うつしよ)へ戻りたいと強く願ってしまったのか……。契約の瞬間に、私に触れてまいりました」

「うん……」


 白雪の言葉を聞きながら、浅葱はどう呼びかけるべきかと言葉を探していると――霧の中から、うっすらと人の輪郭が浮かび上がった。

 以前に見た、賀茂浅葱の姿と変わりない。


「……!」


 それは、確かに『彼』であった。

 ただ、姿は朧で声も音にならず、表情の輪郭も定かでない。以前に見たときよりも、記憶の断片すら漂っておらず、どこか自我がぼやけているようだった。


「――賀茂……浅葱、さん……!」

「…………」


 名を呼ぶと、かすかにその人影が揺れた。まるで返事をするように、片手を伸ばしてくる。

 しかしそのとき。

 空間の端に、紫黒い稲光のような歪みが奔った。霧が裂け、異質な空気が吹き込む。


「っ、何……?」


 突然、陣が崩れかける。白雪がすぐに手を翳して結界を補強するが、遅かった。空間の端から何者かが足を踏み入れていた。

 ――蘆屋会だ。

 老齢な黒装束の集団の中に、あの月梅(つくばい)がいる。そしてその中央には、異様に細工された柱のような祭壇が据えられていた。彼らは月梅の特殊能力である空間転移によって、ここに現れたらしい。


「……ふぅ、まさかこんなわかりやすい場所で逢瀬を果たすなんてね。君とその式神たちは、警戒心が無さすぎじゃない?」


 月梅が虚ろに笑いながら、浅葱を指さす。

 彼自身の目的は浅葱ではないが、今は蘆屋の者としての役目を優先させているようだ。


「おのれ、月梅……っ」

「ふふ……白雪、いい顔してるね。もう少し待ってて」

「っ、まずい……!」


 月梅は歪んだ笑顔を見せつつ、片手を差し出しパチンと指を鳴らした。

 その瞬間、浅葱の足元から光が噴き上がる。朔羅がいち早く反応して間に入るが、その光は浅葱本人から出ていた。


「え……なに、これ……!?」

「やはり……お前が『器』だったか。『贄巫女』を逃してからというもの……その足元に隠されておったとは」

「……っ」


 蘆屋会の一人が、静かに囁いた。

 贄巫女という言葉には、浅葱自身が覚えがある。


(伯母さんが確か……贄の巫女だったって、匠兄さんが言ってた……!)


 伯母の変わりが自分であったのか、それともそれすら蘆屋の狙いであったのか――今では確かめようもない。

 だが、今の状況から言っても、仕向けられていたのだと思ったほうが頭の整理がつく。


「古の魂をこの世に留め、意志の名のもとに『統合』する。あの『賀茂浅葱』を引き出し、蘆屋会の名において屠る。それが、この儀式の目的だ」

「……狙いは、そこだったのか。浅葱さんを解放しろ! お前たちごときに軽んじられる存在じゃないんだ!」

「いまさら出来ん相談だ、白狐よ」


 蘆屋の老齢がニヤリと笑う。式神という立場――それも、元妖魔である朔羅たちには、蘆屋の呪術は分が悪すぎる。

 白雪が即座に儀式台へと霊力を叩きつけるが、蘆屋の結界がそれを防いだ。その様子に月梅が唇を歪ませ、浅葱の苦悶にほくそ笑む。


『あ、アァ……っ』

「……くっ、……」

「彼の魂と現代の器が混じる……もうひと押しだ――」


 くぐもった声がそう言った。

 朔羅も白雪も手が出せない状況で、誰もが一気に窮地に陥ったと感じる。

 ――その、直後。


「――やめてください!」

「!」


 強い声が、場を裂いた。結界の外から踏み込んできたのは、紅子だった。

 彼女の後ろには、琳と小鳥の姿の藍がいる。


「……紅子ちゃん?」


 彼女がこの場にいられるという事は、おそらく手引きは静柯がしたのだろう。

 彼の姿こそここにはないが、紅子にまとわせている彼のオーラがビリビリとこの場に広がっていく。朔羅でさえ予想外であったこの展開だが、今は仔細を問うには場が悪すぎる。


「……あなたたちが、していることは……っ、ただの傲慢です! 自分たちの私利私欲のためだけに、かの『賀茂浅葱』をこんな形で冒涜するなんて、許されることではありません。あなたたちは、己に大きな犠牲が出ることを熟知しているのですか?」


 紅子は最初こそは言葉に詰まっていたものの、その後はピシャリと彼らに言葉を投げかけていた。

 怖いのは当然であろう。だが、事情を深く知ったからこそ――彼女は自分が思ったことを彼らに告げたのだ。


(白雪、隙をついて境界を割いて)

(わかっておる)


 朔羅と白雪が、彼らにし変わらない言葉のやり取りをしていた。

 蘆屋にとっても紅子の介入は予想外であっただろう。若干だが、男たちの中に焦りを見せている者たちもいる。


「賀茂浅葱は、私たち(・・・)の家族そのものです。私の兄、幸徳井静柯は過去の記憶を持っています。……彼が表立ってここに立とうとしないのは、感情任せに行動したくないからです。賀茂浅葱も、土御門くんがその名を継いで、信じた想いで引いた縁。それは、他の誰かが踏みにじっていいものじゃない!」

「紅子ちゃん……」


 彼女の言葉に、蘆屋の者以外の者たちが、胸を突かれた。朔羅も白雪も、そうして紅子の後ろに控えている琳と藍にも、大きく影響を与えただろう。

 その言葉に、霧の中で揺らいでいた魂が、ふっと光を帯び始めた。


「……彼が、応えてる。浅葱さん、チャンスは今しかない!」

「っ、……うん、やって、みる……!」


 浅葱の体から浮かび上がった光は、苦しみを伴いながらも、じわじわとそれが緩和してきている。

 立っているのもやっとという状況であったが、彼は歯を食いしばり、賀茂浅葱がいる方向へと再び目を向けた。


「だい、じょうぶ……! あなたのその『力』――無理に引き戻される前に、僕に預けてくださいっ!」

『……、あなた、は……』

「そうすることで、きっと……あなたは、賽貴と一緒にいられるはずです!」

『……っ!』

 

 ――僕は、僕で在りたい。

 ――私は、私で在りたい。

 

 その声は、どちらの浅葱からも同じように漏れていた。

 自身で在りたいと強く願いながらも、それは難しいことなのだと――少なくとも、賀茂浅葱は悟ったのだろう。

 賽貴と一緒に――その響きが、一番の決め手だったのかもしれない。


「……解放しろ! 賀茂浅葱は、僕の『魂』だ!」

「くぅっ、抑えきれん……!」


 呪術結界が軋みを上げた。

 浅葱の強い言葉と霊力が器を通して流れ込み、蘆屋の呪法陣の要となっていた柱がひび割れていく。

 

「な……陣が崩れ始めている……!?」

「ありえん、まだ儀式は――」

 

 光が柱の芯にまで到達したとき、それは悲鳴のような音を立てて爆ぜた。破裂音と共に術者たちは弾かれ、霧の空間がぐらりと揺れる。

 

「我らの結界が……破られた、だと……!?」


 老齢の一人が、震えながらそんな言葉を吐いた。

 誰もがこの儀式が上手くいくと信じていたのだろう。失敗など、あり得ないと思い込んでもいたようだ。

 混乱の中、月梅だけが奥歯を噛みしめながら、ただ一人その崩壊を見届けていた。


「はぁ……全く、本当に使えないな……ッ、なんのためにおれがこうしたのか、わからないじゃないか!」

「……待て、月梅……!」

 

 月梅は唇を噛み、「まだ終わりじゃない」と小さく呟いてから、霧越しに白雪を一瞥して虚空に飛び去った。

 白雪がそれを追おうとしたが、優先すべきは己の主だ。


「白雪、いける!?」

「そなたは主殿をしっかり支えていよ!」


 パシン、と白雪の衵扇が鳴った。

 空間を切り裂くそれは、朔羅と浅葱――そしてもう一人の浅葱を押しやり、現実へと戻っていく。


「……おぬしたちは、良いのだな」

「はい、私は兄の導きがありますので」

「すまぬな、後でまた落ち合おう」

「――はい」


 白雪がそう言い残したのは、紅子と双子たちへだった。

 そうして彼らは、門の空間から抜け出し、窮地を脱した。

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