第1章第2話
サーハンの街に着いた主人公の遺体と仲間たち、後悔の念と共にゆっくりと時間は過ぎていく
夕食は、誰も手を付けなかった。
亡くなった仲間のことを思っての行為か、部屋から出てこないアリスのことを思ってのことかはわからない。
しかし、リンザ・正嗣・ジャックの3人は、テーブルに並んだ質素ではあるが家庭的な料理に、一切手をつけようとしなかった。
数時間前にサーハンの街に着いた一行は、宿屋の手配も早々に教会へと馬車を進めていた。
日が沈み、街のいたるところから夕飯の香りが漂う時刻。
馬車は、街の西はずれにある教会へゆっくりと近づく。
荷台を引っ張る軽快な馬の足音とは裏腹に、荷台の面々の会話はまったく弾まなかった。
ただ一人を除いて。
「戦いの様子を聞かせてくれないか、街の連中も知りたがってるんだ。」
御者のおやじが、好奇心を抑えながらさりげなく聞いてくる。
おやじからのリクエストに、場を和ませるために気を利かせてくれたのだろうなと予想したジャックが、重い口を開く。
「何も面白いこたないよ、多くの兵士が死んだんだ。」
「やっぱそうなのか。大変だろうとは聞いてたけど、一筋縄ではいかないんだな。」
「そりゃそうさ、相手は魔王だ。」
「え!?いたのかい、魔王が。」
おやじの声が高くなる。
それもそのはず、魔王がいるなどという情報は当初からなかったのである。
戦いの場となった城は、200年前に土地の貴族が建てたもので、つい最近までその貴族の末裔が住んでいた。
その城に、いつのころからか変な噂が出始めたのが数年前。
当初は幽霊の類ばかりだった噂も、去年、城を引き払った貴族がこの街へ引っ越して来てからは、魔族系の出没が目撃されるようになった。
街の長たちは危険を感じ、廃城となった城へ傭兵を雇い調査したり、国の警兵所(警察署の呼び名)に魔物の討伐依頼を出したりしたが、すべて一時的な討伐としかならず、数日もたたないうちに、同じような目撃情報が寄せられるのである。
そうこうしているうちに、手に負えないほどの魔族が住み着いていることに気づいた調査隊が、帝国軍の軍隊派遣を要請した。
2週間前の話である。
それからの展開は早かった。
周辺の街からも腕の立つ志願者を募り、傭兵部隊を編成し、2日前に帝国軍と共に城へと攻め入った。
アルバ達一行も、冒険の途中で立ち寄った小さな村で、事の顛末を聞きつけて、傭兵部隊に参加することを決めたのである。
アルバ達が合流した時には、すでに城門は破られ城壁内での戦闘が行われていた。
比較的行動に制限がない傭兵は、主力部隊(今回は帝国軍)の行動を邪魔しない限り、自由に動くことができる。
むしろ遊撃部隊として、主力部隊からもその機動力を求められているものだ。
冒険者であるアルバ達も例にもれず、自分たちの戦いをすることに決めていた。
そもそも傭兵の戦い方は、
敵の手薄なところを進み、路を拓きながら敵大将へ急襲、そして、反撃前に、退路を戻る(あるいは転移魔法で移動する)。
これを数回繰り返すこともあれば、夜営に乗じて奇襲をかけることもある。
特に、食糧庫への攻撃はダメージが高く、効果が表れやすい。
味方の軍が戦闘に入る際も、高戦績を収めたい者は、露払いを兼ねて先陣を切って進むこともある。
アルバ達は、今回の戦闘も、城の死角を進みながら、大将がいると思われる謁見の間を目指したのである。
勿論5人だけで。
しかし、予想外の人物がそこで待っていた。
魔王である。
魔族に用意させたであろう、髑髏を用いて装飾された悪趣味な玉座に、血で染め上げような黒い衣装を着たそれは、たった数人のゴブリンらしき魔族とともに、アルバ達勇者一行を迎えることになった。
結果、お互いの力量がわからない中での戦いとなり、それぞれが苦戦する羽目に。
さらには、魔族の警備兵と思しき兵士も謁見の間に辿り着き、結局、1時間以上足止めされることになった。
決め手を欠いた戦いの中、アルバの捨て身の攻撃で、魔王に傷を負わせることに成功したのだが。油断した隙をつかれ、アルバは致命傷を負うこととなったのである。
戦場の状況を知らされていない街の住人にしてみれば、こういった話は喉から手が出るほど欲しいと感じていることだろう。
御者のおやじも、一通りの情報を知ることができて安心した様子だった。
そんなおやじとジャックの会話が終わるころには、馬車は教会へと到着していた。
「ここの施設では、遺体の修復はできませんが、保存のみなら何とか手配できます。」
神父の言葉を聴いたアリスは、安堵の表情と共に膝から崩れ落ちた。
気を張り詰めていたのだろうか、彼女の目からは大粒の涙がこぼれ落ちる。
生物に対する治癒や治療は、魔法もしくは病院での施術により回復するが、遺体に対するそれはない。
あるのは修復と呼ばれる魔術のみで、物質そのものに変化をもたらすと考えられている。
しかし、教会は魔法及び簡易的な施術しか行ってはいけないという法律があり、魔術を求める者は、大きな都市に所在する、国が管理する魔術協会へ赴くのが通例だ。
ただ、遺体の保全自体は科学技術であり、資材の確保と職人さえ手配できれば可能なのである。
「神よ、感謝します。」
都市から離れたサーハンの街に、そういった技術を使える者がいてくれたことに、アリスは心から感謝するのであった。
講堂の外はすでに夜が訪れており、祭壇に掲げられた蝋燭が、美しく彩られたステンドグラスを照らし出していた。
宿屋の1階は、4人掛けのテーブルが2つあるだけの、小さな食堂になっている。
2つの食卓の内、階段側に腰かけた3人は、無言のまま夕食が運ばれるのを待った。
宿屋の主人が運んできた料理は、この土地で昔から食されている、ごく一般的な家庭料理だった。
麦で作られた黒パン、玉ねぎが入ったスープ、みずみずしい野菜が添えられた肉の炒め物。
それらは大小さまざまな木の食器に盛られ、3人の前に並ばれたのだが、誰一人食べようとはしなかった。
誰も匙を取らない。
誰も器を手にしない。
誰も話そうとしない。
只々、重苦しい時間が過ぎるだけ。
時折、宿の外から聞こえる街の喧騒が、仲間を失った悲しみをより一層深くする。
柱時計が2回目の時を告げるころ、いたたまれなくなった宿屋の主人が彼らの元へと歩み寄った。
「温め直すかい?」
憐れみを含んだ眼差しの主人に、言葉は返ってこなかった。
代わりに、ジャックが首を横に振っただけだった。
「用があったら呼んどくれ、それと食事は部屋に運んでもかまわないよ。お代はもらってるんだから。」
軽い会釈と共に、優しい顔で厨房に戻る主人の行動に踏ん切りがついたのか、リンザが口を開く
「あたし、アリスと食事するよ。そろそろ目を覚ましてるだろうし。」
「ああ。そうだな。俺達もスープを飲んだら部屋に戻るよ。」
正嗣が答える。
ジャックも、ああと返事を返しながら、スープの器を引き寄せる。
2階へ上がるリンザを見送った正嗣が、ジャックに質問する。
「俺たちとパーティを組む前に、仲間を失ったことがあるか?」
「いや、初めてだ。」
「そうか、俺も初めてだ。」
答えながら、正嗣はスープを器ごと口へ運ぶ
「俺は、気の合わないパーティからは抜け出してきたから、」
「狩人の感ってやつか。」
「いや、単なる意見の食い違いってやつだよ。」
正嗣から目を逸らすジャック。
「そうか、だが冒険も戦争も死と隣り合わせだ、息の合わない連携は死につながる。間違っちゃいないんじゃないか。」
「・・・」
「今回のは、相手が悪かった。」
「・・・魔王。」
ジャックが唇をかみしめながら、その名をもらす。
「いくら地方の城とはいえ、辺境の地よりも比較的王都に近いんだ、誰も予想できなかったよ。」
冷静に意見を述べる正嗣に、魔王への怒りと後悔の念が籠った瞳を向けジャックが吐露する
「俺が、油断してたんだ・・・あの部屋に入る前に、中の様子を調べておけば・・・こんなことにはならなかった。」
「ジャックのせいじゃない、自分を責めるな。」
「だけど・・・アルバは・・・」
ジャックの肩に手を当てながら、正嗣がなぐさめる
「あいつは自分の判断で打開しようとしたんだ、おかげで全員あの場から逃げ出せた。感謝してもしつくせない。アルバはすごい奴だよ。」
正嗣のそれは、自分に言い聞かせるようだった。
そんな正嗣に、ジャックは
「お前たちとパーティになれてよかったよ、ありがとう。」
と言いながら、握り締めた拳で涙をぬぐった。
夜空には満天の星が瞬き、街を蒼く染め上げている。
遺体保存用の容器に入れられたアルバは、明日の朝、王都に向けて運ぶ手はずになっている。
修復が上手くいけば、蘇生させることも可能となる。
大丈夫だ、きっと大丈夫だ
心の中で自分に言い聞かせながら、正嗣はジャックの気持ちが落ち着くのを待つのであった。
小説書くのって難しいですね。進まない。書き足りない。言葉にできないの3拍子です(笑)