第1章第1話
自分の姿に確証と絶望を感じる主人公。それは力を失った証拠でしかなかった。
【自分の姿】
流れはなかった。
ゆらゆらと風に揺れる水面が、夕日を浴びて、大きく小さく色んな表情をみせる。
その様子を、アルバはただただ見上げることしかできなかった。
食事の時間なのか、水面に落ちた虫を、大小さまざまな魚がライズする。
その度に、水面に波紋が形を成し、アルバは、広がる波紋の模様に、アリスの描く美しい魔法陣を思い出していた。
(そろそろ街についただろうか)
無事についただろうか、俺の遺体は火葬するのだろうか、残った4人で今後も旅を続けるのだろうか。
何もできないアルバにとって、湧き上がる不安にも似た疑問に答えをみつけられないまま、無為に時間を過ごすことしかできなかった。
ただ一つを除いて
(俺、石になっちまったな)
その現実に、ある種の安堵感と失望感を交えて、ここに辿り着くまでの経緯を思い出すのであった。
2時間ほど前にさかのぼる
湖のほとりにて、昼食を終えた4人は後かたずけをしながら、街からの馬車を待っていた。
これまでのいきさつは、彼らの話によるとこうだ
魔王との戦いでアルバが瀕死の重傷を負った。
すかさず、撤退を試みた4人は、アリスの転移魔法で魔王城の外へと脱出する。
しかし、城外は帝国軍と魔族との戦いが激しく、アルバを運びながら城壁の外へ出るのに4時間を費やしたという。
その後、命からがら城門から1キロ離れた宿営地に辿り着いた、だが、そのころにはアルバの身体は蘇生不可能な状態に。さらには南方から魔族の援軍がやってきて、宿営地にいられなくなった。
もともと彼ら5人は傭兵なので、玉座に辿り着いた時点で使命は果たしており、これ以上の戦いは論外だと判断した。
よって、この場を離れようということになり、一路北のサーハンという街を目指すことにしたらしい。
ここからは、アルバの予想だが
湖まで来た彼らは、身体を休めるために先ほどの湖岸へ来たのだろう。
全員が半日以上戦っているのだ、体力も魔力も底をついていて当然だ。
だが、アリスだけはまだあきらめていなかったのではないだろうか。
彼女はアルバの一つ下で、幼いころからの知り合いだ。
子供の時は一緒に遊んだりもしていたし、彼女が隣国の魔法学校に行く際も、アルバの作った小刀を護身用にとせがんだ程だ。
他の3人にくらべたら、誰よりもアルバの蘇生を望んでいたはずだ。
そして、禁断とも言われる霊魂術、魂の定着を行ったのだろう。
魂の定着は、本来、岩石など生きていない鉱物に対して行われ、ゴーレムなどを使役する儀式の一つである。
火葬したり、腐敗が進んだ肉体からは魂が抜けるが、傷の少ない死体なら、死後数時間は魂が肉体に留まっていると言われている。
さらに、肉体を保存する魔法が確立されたこの時代なら、半日以内に保存すれば、蘇生が可能となるだろう。
ただ、保存する技術がサーハンの街にあればの話しだが。
アリスは、そういった希望に賭けて、私の魂を「何か」に定着させようとしたのではないだろうか。
しかし、術は失敗し、アルバの魂は遺体のそばにあった「石」に定着させられたのだろう。
当然ながら、アリスは術に失敗したと思ったことだろう。当たり前だ、足元には無数の小石がこれでもかと言わんばかりに敷き詰められている湖畔なのだから。
結局、石に定着されたアルバに気づかないまま、昼食までの数時間、彼らは湖畔で休眠を取ったのではないか。
そこまで、考えを張り巡らせたアルバは、健気に術を施したであろうアリスの姿を想い、感謝の念でいっぱいになった。
事実、水底にいる彼は、たとえ小さな「石」であろうと、こうやって定着に成功しているのだから。
だが問題はその後だ。
昼食を終えて、馬車を待つ間、彼らは思い思いに過ごしていた。
アリスは、アルバの傍らで一人思い出話を話していたし。(この時もアルバはアリスの下敷きになっていた。だが残念なことに、アリスは法衣の下に作務衣に似た仕事着を着ていたし、地面には簡易の毛布となるブランケットを敷いていた。)
リンザは、樹の上に登り、周囲の警戒と何かしらの木の実を取っていた。
タンクの正嗣は、盾や武器の手入れをしながら、今後についてジャックと話していた。
そのジャックは、正嗣との会話の合間合間に、狩人として愛用している石弓の材料になりそうな石を探しながら、湖岸を散策していた。
そうこうするうちに、すぐそばの街道を一台の馬車が走ってきた。
サーハンの街から、頼んでおいた馬車が到着したのである。
「使いをだしたのは、あんたらかね。」
馬車を操っていた御者は、愛想のよい口調で呼びかけた。
「はい、私たちです。」
樹の上から飛び降りたリンザが、答えた。
「待たせちまって申し訳ないね、で、亡くなられた方はそちらで?」
との質問に、アリスがこくんと頷く。
その後、正嗣とジャックも手伝って、白い布に包まれたアルバが荷台へと乗せられ、さらにアリス達女性が荷台に乗るのを、正嗣が上から手を引いてあげた。
事件はそこでおこった。
アリスとリンザが荷台に乗るまでの間、下で待ちぼうけていたジャックが、こともあろうにアルバを手に取ったのである。
一瞬、(俺だと気づいて助けてくれたのか。)と狂喜乱舞したアルバだったが。
次の瞬間
「こりゃ使えねえな」
言うが早いか、ジャックは右手に持っていたアルバを湖の水面めがけて、投げたのである。
ぴしゃっ、ぴしゃっ、ぴしゃっ
さほど広くもない湖の上を、飛んだり跳ねたりしながら踊らされたアルバは、クルクル回る世界と、時折ぶつかる水面に、この世の終わりを感じながら、言葉にならない言葉を発していた。
そうして、もうすぐこの勢いも終わるだろうと思われた瞬間に、
カーーーーン
という音を立てて、さほど遠くない距離にある、水面から突き出した大きな岩にぶつかったのである。
(いっっっっっったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい)
と、悲痛な叫びを上げながら空高く舞い上がったアルバは、小さくガッツポーズをしながら馬車へと乗り込むジャックを見送り、湖水へとそのままダイブしたのである。
(俺は石だった)
(間違いなく、石だった)
思い出すほどにその疑念が確信へと変わっていくのを、アルバは抑えれずにはいられなかった。
湖面をはじくあの動き、大岩に当たった時の衝撃と音、そして何よりも、水面に映った自分の姿。
どれを取っても、石であることの証拠でしかなかった。
(信じたくなかったけど、これが真実なんだな)
半ばあきらめともとれる確信に、小石となったアルバは笑うしかなかった。
どこかで大きな魚がライズした音を聞きながら、ゆったりとした湖水に身を任せるのであった。
仲間たちが、最も近い街サーハンへ向かってから、数時間後。
湖底のアルバは、ジャバジャバとうるさい音を掻き立てて近づいてくる人影に気が付いた。
太陽は西へと傾き、今にも消えかかろうとその身をすくめる時間、東の空には闇が昇り始めている。
こんな夕方に魚を取りに来たのかと思案していたところ、
「あったあった」
とその人影が湖底のアルバを拾い上げた。
「やぁ間違いない」
わずかな西日にアルバを照らしながら、嬉しそうな笑顔で見つめる人物は、颯爽と腰に結んでいた巾着へアルバを投げ込むと、そそくさと湖畔を後にした。
あまりの展開についていけないアルバは、ジャラジャラガチャガチャと音を立てながら、銅貨や石が詰まった小さな空間に、運の悪さを呪うしかなかった。
(きっとこの人物も、俺がここにいることに気づいていないんだろう。)
(水面を切る俺の姿に、遠巻きで見ていて欲しくなったに違いない)
などと思案していたが、拾い主である巾着袋の持ち主はといえば、のんきに鼻歌を歌いながら、どこかへと歩いている始末。
時は夕刻、遠くの山から聞こえる鳥の鳴き声と、今後の自分の行く末に不安を重ねるアルバであった。
つたない文章と、たいして展開しない話ですが、読んでいただければ幸いです。感謝