序章
暇つぶしになっていただければありがたいです。
序章
「強くなりたいなら、勇者になれ・・・」
「石のように硬い正義の心と、雨にも風にも負けない岩のような勇気を・・・」
いつ、誰から言われたのか思い出せない
幾度となく脳裏で繰り返される言葉たち
祖父から言われたのか、父から言われたのか、師匠だったか
言葉とともに消えゆく人影を追うこともできずに、アルバは朦朧とした意識の中で、ただ見送るしかなかった。
ゴォンゴォンゴォン
何処からともなく聞こえてくる音は、風が城壁にぶつかる音なのか
はたまた、地下にいる魔族達が古代兵器でも掘りだしているのか
わずかな光すらも感じることができないアルバの目には、音の所在など確認できるはずもなく
只々、絶望だけが遠のく意識を支配し続ける。
「アルバッ!?アルバッ!?」
白の法衣を着た女性が、床に倒れるアルバの身体をゆする
「しっかりしろアルバ!!」
アルバの足元で、2メートルはあろうかとおもわれる屈強な男が、身の丈ほどの盾で敵の攻撃をしのぎながら、アルバに声をかける
「引くぞ、アリス!!ここはダメだ!!」
華奢な男の手が、法衣の女性の肩を強く揺らしながら声をかける。
呼ばれたアリスは、あふれだしそうな涙をこらえながら、振り返り、まっすぐな目で頷き己のやるべきことに集中し始めた。
「アルバはまかせろ、魔法をたのむ」
屈強な男が、アリスの横にいた黒マントの女性に指示を出しながら、冷たい石の床で動かなくなったアルバを、いとも簡単に小脇に抱える。
目の前には黒い影、赤い瞳でこちらをじっと睨んでいる。
言われた黒マントの女性は、黒い影めがけて魔法を解き放つ。
「ファイヤーボール!!」
赤い炎の球が黒い影へと跳んでいく
1発
2発
2発目の炎の球が黒い影に届いたころには、アリスの詠唱も進み、彼らの足元には青白い魔方陣が浮かび始めていた。
「よしっ!今だっ!!」
3発目の炎の球が黒い影に当たる寸前に華奢な男が号令を出した。
途端に、5人の人影は光とともに消え去ったのである。
彼らが消えた床からは、シュルリと音を立てて、一陣のつむじ風が舞い上がる。
暗い大広間、天窓から差し込む月明かり、割れた窓から吹き込む夜風、入口に転がる複数の魔族の死体
これらを見やる玉座の影は、苦痛と憎悪にまみれた声を、重く震わせることしかできなかった。
【湖畔にて】
アルバは、強い日差しの熱を受けて目が覚めた。
いや、目が覚めたというより、周囲を認識したと言った方が正解かもしれない。
とにかく、昼近い太陽と、チャパチャパと風と戯れてさざ波をたてる湖、そして、湖の岸辺で傷を負い眠り込む5人の仲間たちを認識したのである。
緑色の衣服の上に銀色の軽装防具を付けたまま眠るジャック、
2メートル近い鉄の盾を大事そうに抱えて寝息を立てる正嗣、
白地に紫の装飾が施された法衣に身を包みうずくまるように寝るアリス、
黒地に白の縁取りがされたマントを羽織りアリスの背中で眠るのは魔法使いのリンザ、
そして、蒼と白の鎧に身を包み、師匠からもらった両手剣を胸に抱き、死んだように眠る俺・・・俺?
(俺ぇぇぇぇぇぇぇ!?)
アルバは、眼前の光景に驚いた。
何しろ、自分の目の前に自分が横たわっているのだから。
剣を胸に抱き、死人のように横たわる姿は紛れもなく自分の体
(何?どうなってんの??なんで俺がいるんだよ???・・・それに・・・)
アルバはさらに驚いた。
(俺、でけぇぇぇぇぇぇぇ!?)
地面に横たわっている自分の姿は、遥かに見上げる大きさであり、まるで巨人の様にも見えたのだ。
(俺の身体、どうなってんだよ・・・)
目の前になぜ自分が寝てるのか?
そもそもこれは本当に俺なのか?
自分の身体に何が起こったのか?
巨大な俺の身体を見上げている今の自分は何なのか?
(くそっ、何もわかんねぇ)
(いったいどうなっちまったんだよ、俺!?)
何もわからないアルバがそこにいた。
遠くで雲雀の鳴き声が聞こえる。
あれから小一時間ほどたっていた。
風に吹かれながら、アルバには解ったことが一つだけあった。
(俺、死んだんだな)
じっと自分の身体を見ていて気が付いた、息をしていない。
周囲の仲間たちは息をして眠っているのに、自分の身体だけは呼吸どころかピクリとも微動だにしない。
確実に息を引き取った後の姿がそこにあった。
不思議と涙は出なかった。
腹部に血糊が付いていることから、魔王の放った一撃が、自分の身体を貫いたのだろうことは予想がついた。が、今の自分にはその瞬間の記憶が無かった。
思い出せるのは、魔王討伐の戦いで傭兵として帝国軍に参加し、仲間と共に、魔王の玉座までたどり着いたこと。
1時間ほどの戦闘で、全員が疲労しながらも、膝をついた魔王に勝利の予感すらしたあの時。魔王の目つきが、まるで、傷ついたオオカミが、最後の一噛みを狙いすますようなそれになった。
そこで記憶は途切れていた。
無理に思い出そうとしても、頭の中がモヤモヤするような感じしかしないことから、アルバは無理に思い出すのをやめた。
すると背後で、むにゃむにゃと言葉にならない言葉を発しながら、リンザが起きてきた。
比較的軽傷で済んだ彼女は、回復が早く目が覚めたのだろう。
彼女の姿に安堵したアルバは、何と声をかければいいか戸惑いながら
(よ、、ようリンザ・・・)
と声をかけた。
しかし、自分の声は声にならず、とうのリンザも気づかないまま、寝起きでおぼつかない足取りながらも、こちらに向かって歩いてきた。
生きているときの自分よりもかなり背が低いはずのリンザだが、今のアルバから見ればドラゴンにも匹敵するほどの大きさ。
アルバは瞬時に背筋が凍るような恐怖に襲われ、
(こっちに来るな!)
と咄嗟に叫んだ。
死体となったアルバにゆっくりと近づくリンザ。
(このままだと確実に踏まれる、そうじゃなくても彼女を真下から見ることになってしまう。)
アルバは、少しづつ近づくリンザの容姿を見ながら、身の危険を覚えると同時に、マントの下にワンピースの戦衣を着込んだリンザの姿に目を奪われ、期待に胸躍らせることになった。
「アルバ・・・アルバ・・・」
今にも泣きそうな声でアルバの傍らに近づくリンザ。
幼く見えるがハーフエルフのリンザは、生きてきた年数だけでいえばアルバの2倍にあたる、魔法使いとしては国の宮廷魔術師に志願しても良いほどの腕前だ。
だが、そんな彼女も人の子として見れば、20歳そこそこの街娘と何ら遜色はない。
25年生きてきたアルバからしても、ドストライクな容姿なだけに、高まる期待を抑えることができない状況だった。
(みっ・・・見えるっ!?)
アルバの恐怖心よりも好奇心が勝ったその瞬間、
ムギュ
世界が暗黒に包まれた。
そう、あっけなくリンザの左足が、小さいアルバの全身を覆いつくしながら踏んだのである。
(うぎゃ、痛い!痛いよリンザ!!)
わずかな痛みと共に悔しさの残った声で訴えたアルバだったが、やはりリンザには届かなかった。
「アルバ、ごめんね。私たちが不甲斐ないばかりに」
小さいアルバをつま先で踏んだまま、膝をついたリンザは冥界の人となったアルバに謝罪の意を述べた。
「魔王の攻撃を止めることができなかった。本当にごめんなさい。」
心からの謝罪の声に、足裏のアルバは(自分こそみだらな期待をしてごめん)と心の中で謝るしかなかった。
残りの3人が起きてくるころには、昼食の準備を終わらせたリンザが、魔法をかけて使役した野生の鳥に文を付け、近くの街に使いを出すところだった。
「サーハンの街に使いを出したのかい?」
アルバの遺体に寝具用の布を覆いかぶせていたジャックが質問する。
「ええ、馬車を手配したわ。」
リンザは、街に向かって飛んでいく鳥を確認しながら、ジャックに返答した。
「助かるよ。」
「大したことじゃないわ、やるべきことをやったまでよ。」
気心の知れた仲間としての会話がつづく。だが二人から出た笑顔は形式ばったものだった。
「大変な戦いだったな。アルバには申し訳ないことをした。」
昼食の手伝いをしていた正嗣が、力のない声でつぶやいた。それに釣られるようにジャックも力のない声で答える。
「ああ、本当に。」
その会話を引き金に、彼らから離れた木陰で膝を抱えて座っていたアリスが泣きながらしゃべりだした
「ご・・・ごめん・・・ごめんなざい。わ、私の・・・ばほうが・・・失敗して」
「あなたは悪くないわ。蘇生魔法は国の最高魔法士でも習得が難しいのだから。」
アリスの肩を抱きながら、リンザが慰めの言葉をかける。
「でも・・・でも・・・」
「もういいわ。もういいのよ。」
肩を震わせながら無理に話そうとするアリスを、優しくリンザがなだめる姿を見て、小さいアルバは、自分の身体が蘇生に失敗したのだと確信した。
そうして、今ここにいる自分は何者で、これからいったいどうなるのだろうと、白い布に包まれた自分の遺体を見ながら思うのであった。