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嵐を前に、戸惑う魔術士

熟れた果実を前に、照れあう若き魔術士……ルシエルとアリシア。

しかし、外の様子がどうも気になる。

ルシエルの読みでは、これから台風が来そうだ。

つくりはじめている畑を守るために、ルシエルは外へ飛び出すが……?

 空一面がピンクがかった強いオレンジ色に染まった後に、大きな太陽はゆっくりと西へ沈んでいく。器用に造られた窓からは、その光が差し込んでくる。木造平屋のルシエルお手製の家の中には、松明を添える台はまだ、設置されていなかった。規則正しく、日没と共に眠る生活を送っている。

 テーブルの上には、アリシアが集めて来た木の実がたんと並べられている。ルシエルは、そのうちの一つを右手に取って、熟成度を調べた。少し指に力を入れ、手のひらサイズの実を握る。熟れて紫色をしているそれは、力を入れた部分はほんのり凹む。ガクの部分を千切ると、薄っぺらい皮はそのままめくれた。白桃のような色をした実が顔を覗かせる。

「美味しそうだな。香りもいい」

「うん、甘い香りだよね」

 ルシエルは、皮を剥ききると、アリシアの口にそれを運んだ。口元に笑みを浮かべれば、目を細めた。

「あーん」

「え、えっ!?」

 唐突のルシエルの行動に、アリシアは思わず顔を赤く染めた。普段、こういった至近距離の行為を好まないルシエルだ。どちらかといえば仏頂面であることが多く、『漢』であるルシエルには似つかない行動を前に、アリシアは照れながらも動揺した。ルシエルの顔を直視できず、口元に運ばれた果実にも近寄れない。それを見たルシエルは、少し首を傾げた。

「どうした? 食べないのか?」

「…………る、ルシエル」

「?」

 もじもじと照れるアリシアの乙女心を、鈍感なルシエルは察することが出来ずにいた。とろりとした果汁が指を伝っていくのを見て、どことなく不機嫌になりつつあるくらいには、ルシエルは青い。せっかく皮を剥いたというのに、どうしてさっさと片付けないのか……それしか頭にはなかった。

「食べないのか?」

「食べる……でも、ね?」

「でも?」

「…………ちょっと、恥ずかしい」

 何が恥ずかしいのか、まったく想像のつかないルシエルは、一度、アリシアの口元から果実を離した。何が恥ずかしいのかを、ルシエルなりに考察しようと試みた結果だ。

(アリシアの口では、食べきれないか?)

 ルシエルは、ポケットの中に入れてあった果物ナイフを取り出した。ナイフで器用に実を裂くと、アリシアの口にも入るくらいのサイズを取り出した。

「ほら、これで食べられるだろう?」

「……サイズの問題じゃなくて、ね」

「?」

「大好きなひとに、あーんなんてされたら……誰だって、照れちゃうの!」

「……」

 アリシアから指摘され、ルシエルはワンテンポ遅れたところで顔を赤く染めた。思わず、手を引っ込めようとしたところを見て、アリシアは『ぱくっ』と口を開き、ルシエルの指ごと果物を食べた。そのまま、あむあむと咀嚼すると、にこりと笑みを浮かべた。軽く自分の手まで甘噛みされたルシエルは、さらに顔を赤く染めた。サーモビュワーで見てみれば、顔が真っ赤に映し出されていただろう。

 指からアリシアの口が離れたところで、ルシエルは敢えてムっとした表情をしてみせた。明らかな照れ隠しである。

「俺より恥ずかしいことをしているのは、アリシアじゃないか」

「おかえしだもん」

 確信犯である小魔女アリシアの笑みを前に、ルシエルは額を押さえて肩を竦めた。

(まったく、敵わないな……アリシアには)

 同い年にしては、やけに幼いアリシアを、ルシエルは守りたいと心に決めている。しかし、アリシアに指摘されたように、自らの手で彼女を幸せにする、幸せに出来るという約束をかわせない自分を恥じた。

 魔術士としての才能、魔力の高さについては、絶対的自信を持っていた。どんな敵が襲って来たとしても、返り討ちにする力は持っていると自負している。しかし、力があるからこそ、そこには望まない争いが勃発することを、ルシエルは知っている。人間は、実に愚かな生命で、力あるモノには嫉妬し、恐れを抱く。従うように見せ、どこで裏切り出し抜き、滅しようかを狙う卑怯者と考えていた。だからこそ、ルシエルは自分の能力が高いものだと勘付いたところで、必要以上に力を誇示することを控えるようになった。

 ただし、どれだけ隠そうとしても、魔術士を相手に自らの魔力を隠し通すことは難しい。術を発動する際に、容易く難易度の高い術式を編みこまないようにしようとも、そこで魔力を注ぎ込み、発動しようとすれば、そこで相手を圧倒してしまうからだ。魔術士は、相手の魔力を計ることが出来る。

「ルシエル?」

「なんでもない」

 恋人同士の甘々しい時間はどこへいったのやら……ルシエルの顔には、再び影が落ちていた。アリシアは、心配そうに眉を下げる。そして、ルシエルの手から果実を取り上げれば、腕を伸ばしてルシエルの口元へそれを運んだ。

「ルシエルも、あーん!」

「なんだよ、急に」

「いいから、あーん!」

「…………俺は、いい」

 ルシエルの短い否定を聞き、アリシアは手を引っ込め……なかった。むーっとうなった後、構わずに手を伸ばした。そして、ルシエルの口元に果実を押し付けた。ぐちゃり……と、ルシエルの唇が濡れた。

「……ん、もぐもぐ」

 何かを言いたげな顔をしつつも、とりあえずは口の中に実を押し込んだ。無言で咀嚼を繰り返し、口の中に食べものが消えるように努めた。ただ、無言の時間が続けば続くほど、再び顔に熱がこもってきているのを自覚した。

(何をやっているんだ、俺……アリシアのペースに押されていないか?)

 視線をアリシアから外すと、窓からの光が気になり足を進める。窓辺まで行けば、そこから外の景色に目を凝らす。唐突に雰囲気を変えたルシエルを前に、若干の戸惑いを見せたのちに、アリシアもルシエルの隣へ歩いた。自分よりも背丈の高い恋人の顔を覗き見て、窓の外へ視線を向けた。

「ルシエル?」

「風が、強くなってる」

「うん?」

「荒れるかもしれない」

「空が?」

 アリシアの問いかけに、ルシエルは答えなかった。無言で扉を開けると、そのまま外へ出ていき、少しずつ開拓している畑に向かった。生温かい風が、時折強く吹く。それを肌で感じ、ルシエルは確信した。

 畑の前で足を止め、厳しい顔で地面を見つめるルシエルの隣にアリシアも追いついた。

「台風が来る」

「台風? 急に、そんなにも荒れるものなの?」

「あぁ、間違いない」

 ルシエルは、右手を地面に翳して魔術の術式を練った。不本意ではあるが、せっかく作った畑が荒れることは、避けたかった。

 もっと、事前に察知していたならば、蔦を織り込み暴風網をつくることもした。しかし、そこまで頭が回っていなかったルシエルの手の中には、今、材料がない。生きていく中で、魔術を扱いたくはなかったが、結局はこうして頼ってしまう。ルシエルは、自身の決意の甘さに苛立ちを見せながらも、術を放った。

「吹き飛ばされたら……また、つくればよかったんじゃないかな」

「え?」

 畑のまわりに気流をつくりあげることで、外からの影響を封じた。しかし、それを見たアリシアからは、意外な言葉が発せられた。ルシエルは、その言葉を聞いて目を見開いた。

 それを見てはいなかったが、アリシアは畑に視線を向けたまま、言葉を続ける。

「うん。魔術なんて使えない人がほとんどでしょう? 使えない人は、こうやって悪天候だって何度でも受ける。せっかく作った畑も、家も、村も……台無しにされちゃう人、多いと思う」

「…………」

「でもね、そんな中で諦めないのが人間なんだよ。ゼロにされたら、そこからまた……はじめたらいい」

 アリシアの言葉は、尤もなことだった。その心理に至ることが出来なかったルシエルは、自身のことを恥ずかしく思った。

 魔術を嫌い、恥じ、封印したいと思っておきながら、結局は魔術に依存している。魔術士の性という言葉で、それを片付けることは出来ない。なぜなら、アリシア自身も魔術士であるからだ。魔術士である彼女は、すでに魔術を持たない生き方をはじめている。

 ルシエルは、アリシアの言葉を聞いた後に少し時間を置いた。そして、右手を引っ込めると同時に、魔術の効力を解いた。その瞬間、畑を包んでいた気流が消える。

「ルシエル?」

「家に戻ろう。直に、雨が降って来る」

「畑は?」

「……壊れてしまったら、また、作り直そう」

「うん!」

 どこか、落ち込んだ様子を見せるルシエルを案じたアリシアは、ルシエルの後ろに回り、そのまま相手を抱きしめた。華奢な身体なルシエルの体温は、低かった。アリシアは、しばらくルシエルのことを包み、そこで足を止めていた。


 ぽつ、ぽつ、ぽつ……。

 雨粒が、少しずつ落ちて来る。


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