8 幼児は言いたい。ダメ!絶対!
流石に丸一個の卵を食べるのは多すぎて、半分程残した。
あれだ。ゆで卵には塩も良いが、マヨネーズと胡椒というのも良いよね。
卵を半分に割って、黄身にだし醤油を掛けて食べるというのも中々美味い。
しかし、夕飯の御菜としては如何なものかと思うのだが……。
いや、卵よりも現実を見よう。
俺の目の前には夕食後の珈琲を楽しむ両親の姿がある。
珈琲ですよ、奥さん。
実は近辺の森では珈琲豆が採れるらしく、このエルフの国では一般的なお茶として珈琲が親しまれているのだ。お茶の木もあるにはあるらしいのだが、希少で高価なものなのだとかで、緑茶はほぼ無い。紅茶は大半が輸入品でちょっと贅沢をしたい時に出てくる。お祖父様の所に行った時に出てくる位である。
俺は言いたい。
珈琲、ダメ!絶対!!
珈琲はね、悪魔の飲み物なんだよ。
俺も前世では親しんでいたし、割と好きだ。
男が飲む分にはいい。
だが、女性は出来たら飲まないで欲しい飲み物なのだ……。
何故なら、お っ ぱ い を ち い さ く す る の み も の だ か ら……!
多分カフェインが影響するのだろうと言われているが、珈琲よりもカフェインの強い緑茶は良いのかというと、緑茶にはカフェインによる女性ホルモン分泌に対する影響を打ち消す効果のある成分も含まれているらしく、緑茶は問題ないということだが、珈琲、お前は別だ。
1日に2〜3杯程度なら良い。ポリフェノールも入っているし、多少の珈琲は美容にも良い。だが、珈琲は常習性があるので、2〜3杯程度で治らなくなるのだ。脂肪燃焼効果とかいう余計な効果があるしね!
そんな珈琲を1日に最低5杯は飲んでいる母……。
言いたい。だが、こんな産まれて5年程度の幼児の讒言、聞いてもらえるだろうか。俺だったら聞かない。母は頼めば聞いてくれる気はする。しかし、仕事の合間や食後のリラックスタイムのお茶の時間で楽しみにしている珈琲を止めろだなんて、言えない。このジレンマよ。
しかし、この長年(離乳食が始まって一緒に食事を取る様になって知ったので4年程度)の悩みが解決するかもしれない兆しが見えてきた。
たんぽぽを庭で見つけたのだ。そして、種を取り、花壇に蒔いていたのだが、無事、開花したのだ。
上手いこと育てて更に増やし、たんぽぽの根を焙煎して珈琲に代えてやるのだ、ヒャッハッハッハッハ!!
去年は勝手に栽培しようとしたら庭師に雑草だと思われて引っこ抜かれてしまって酷くガッカリしてしまったが、今年は庭師に俺専用花壇スペースを用意して貰ったので大丈夫。ついでに見つけたカモミールとかのハーブ類も植えておいた。庭師には雑草を育てて喜んでいる変な幼児と思われている様だが気にしない。
珈琲よ、お前の栄華も此処までだ。首を洗って待っているがいい。フハハハハハ。
俺は気分良く少し温めのモウ乳を飲んだ。
しかし、この世界の植生はどうなっているんだろう。珈琲は赤道付近の年間通して暖かい地域でしか自生しない筈だ。だが、この国の気候は四季があり、冬には普通に雪が降る。実際に見に行った訳では無いので何とも言えないが、珈琲と思っている何かであって、珈琲では無いのかもしれない。ならばカフェインは、というと、あるのだと思う。飲むと目が醒めると聞いたとか、母が冷え性であることとか、総合的な情報からそう判断した。前世の珈琲とは違う植物かもしれないが、珈琲は珈琲であると。
「エル様、クックドゥルドゥの卵どうでしたか?」
もの思いに耽っていると、にこにことしたメリーさんが話しかけてきた。
「うん、おいしかったよ。全部は食べれなかったけど」
もっと料理と言える加工が施されたものが来るとの期待は裏切られたけどね。
「ロディさんが喜びます。」
やっぱりロディだったか。あのシンプルイズベストな料理はそうだと思ったけどさ。
「こんどはメリーさんのたまごりょうりも食べてみたいな。」
「はは…。本当は今日そのつもりだったんですけどね。エル様が楽しみとか言うから。」
俺の所為か。
エルフのハイエルフに対する愛情深さ故への行為に時々物申したくなるが、好意から来ている行動なので、なんとも言い難い。普通な時はクールなエルフ達がハイエルフが関わるとホットになるという話をお祖父様から聞かされてはいるのだが、こういう時に、こういうことか、と感じるものである。
「どんなのつくるよていだったの?」
「モウ乳と合わせて溶いて細かく切った野菜とキノコなどと一緒に乳脂で焼き上げる予定でしたね。ソースはモウ乳と乳脂と小麦粉でトロミを付けたものを掛けて、温野菜などを添えるような感じで。」
「それもおいしそうだね。」
マジでな。具入りオムレツのクリームソース掛けな。美味そう。
「卵は希少であまり市場に出回らないので食卓に出せなかったんですけど、今度お屋敷でクックドゥルドゥを何匹か飼えることになったので、定期的に出せる様になると思いますよ。」
「へえ。こんどみにいってみたいな。」
「一人で行かないで下さいね。」
そういえば、昭和初期までは日本でも卵は高級な食べ物だったらしいね。
卵を使った前世の美味しいものが色々と思い浮かぶ。是非、作ってもらおう。メリーさんに。
「そういえば、残った茹で卵、どうするの?」
「そうですね。野菜と一緒にスライスして塩漬け肉と一緒にパンに挟んでサンドイッチにしますかね。皆んなの夜食に丁度良いかと。」
くっ、何故それを夕食に出さないのか。軽食だからか。茹で卵よりはマシだろう。
メリーさんはにこやかに去っていった。夜食とかうらやましい。だが、この小さな身体に摂取できる量は限られていて、夜食を要求する程の容量は備わっていないのだ。明日の朝食に期待しよう……。
パンといえば、出てくるのはピタパンで、ふんわりしたパンは見たことがない。ふんわりさせるのはイースト菌だったかな。確か天然酵母ってあった気がする。バナナなんかの甘い果物を発酵させて作るんだったか。
そういえば、朝食で出てくるパンに父は乳脂を塗っていたが、母はココナッツオイルを塗っていた。正確にはココナッツの香りのする油脂である。何から出来ているのかはしらない。だが、前世のココナッツオイルと同成分だとしたら、母はここでも脂肪燃焼効果のある成分を取っていることになる。
く、エルフの食生活における脂肪燃焼効果食材摂取確率の高さたるや。いや、しかし、食後に運動しなければ……ダメだ。朝食後の母の習慣は散歩だ。屋敷内と庭のみで外まで出ることは無いが、家内の事について行き届いているかの確認をついでにしている様なのでくまなく回る。家人の少なさの弊害か……。本来家政婦のする仕事で女主人のする仕事じゃないらしいが、この屋敷に移ってきた際、忙しすぎるメイド長を見かねてと、運動不足解消の為に始めたらしい。今は人も入ってそこまでする必要はないのだが、やっている内に習慣づいてしまってそのまま続けている。
食後の団欒のひと時も終わり、両親に就寝の挨拶をして自室へと戻る。
戻りながらつらつらと卵や逆ダイエット法について考えていたのだが、ふと、腕に抱えているアルバのぷるぷるの感触に意識が行った。
こいつ、成分は何で出来ているのだろう。感触はゼリーっぽいよな。ゼリーと卵と言えば、あれだ。ぷるんぷるんプリン。焼きプリンや蒸しプリンも良いが、ゼラチンプリンなら、モウ乳を温める部分を他の人にやってもらえれば、あとはゼラチンを溶かして混ぜて型に入れて冷やすだけだし幼児でも作りやすい。
前世の俺が一人暮らしの時に作ろうとしたおっぱい型プリンのレシピが脳裏を駆ける。
ふと気づくと、腕の中のアルバが必死にぷるぷると震えていた。