7 幼児に出来ること
スライムを貰ったので、名前を付けようと思います。
「スラ!」
ぷるぷる
「イム!」
ぷるぷる
「ライ!」
ぷるぷる
「スイ……」
ぷるぷる
「スム……」
ぷるぷる
「もう、『おっぱい』ってなまえにするぞ。」
ぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷる
あまりに必死にぷるぷるするので嫌なのかと思い、思いつく限りの名前を紙に書いて床にならべて、スライムに選ばせる事にする。
「どれがいい?」
スライムが一枚の紙の上に乗ってきた。それを取り上げて見てみると。
「アルバニア……」
乳白色の体を誇らしげに反らせているスライムに、俺は首を傾げる。
「おまえ、メスなの?」
「スライムに雌雄はありませんよ。分裂で増えますし。」
側で見守っていたディル君が教えてくれる。
「だよね……。」
しかし、アルバニアとか長いし呼びにくい。
「ラムにするか。」
ぷる……
俺はぷるぷるしようとするスライムに片手を乗せて、渡された紙の文言を読み上げた。
「なんじアルバ、われエリエルドによりじゅうまけいやくするものなり……」
なにこの中二病的文言。これ絶対言わないといけないものなの?
ちょっと恥ずかしさに頰っぺたが赤くなってしまったが、無事、紋様がスライムの額っぽい所に浮かび上がった。従魔契約が無事に行われた証だ。
「なまえイヤがってたのに、せいこうするもんなんだな。」
「エリエルド様との魔力量にドラゴンと砂つぶ程の差がありますからね。これだけの魔力差だと隷属契約になってもおかしく無いのに従属契約にされてありますし。それに、名前を選んだものから付けて下さっていると気付いて抵抗をやめたので綺麗な紋になったみたいですね。無理矢理の従魔契約だと歪な紋になりますから。」
「ふーん。」
ドラゴンと砂つぶくらいの差って大袈裟だなぁとは思うが、ハイエルフは古竜に匹敵する魔力量があるらしいので強ち間違っている訳ではないらしい。俺にそんな魔力が備わってるなんて感覚は無いんだけどね。
「ところで、スライムってなにたべるの?ねどことかどんなかんじなのが好きかな?」
「スライムは基本的に雑食です。好みの食べ物に寄って色が違ったりします。掃除屋と呼ばれる位に何でも食べるのですが、好みの物ばかりを食べる個体もいて、アルバは後者ですね。牧草地で見つけたのですが、モウの乳を主食にしていた様です。寝床に関しては巣づくりを特にするような種類の魔物ではありませんので、気にされないで大丈夫です。」
「そっか、それならちゅうぼうでモウ乳もらってこようかな。」
俺は立ち上がるとアルバを抱えて子供部屋を出ようと扉に向かった。ディル君が取ってくると言うのを制して廊下を進む。家の中位自由に動きたい。基本的に屋敷の敷地内から出ない生活してるから、このまま甘やかされてると足腰萎えるぜ。
「メリーさん、モウ乳くださーい。」
「坊っちゃま、メリサーノです。モウ乳ですか?ちょっと待って下さい。」
厨房係のメリーさんが併設されている食物庫の扉を開けて入っていく。メリーさんはホビット族の男性で身体が小さく子供のような体型なので幼児の俺としては親しみ易い人だ。
この国の貴族はエルフだけだが、一般市民の住む第3区には商人や職人などエルフ以外の人種も多数住んでいる。メリーさんもその1人で、真面目で優しい性格と料理の腕が見込まれて厨房係に雇われたらしい。料理人と言っても差し支えはないがというか料理人そのものだが、子供の様な見た目なので職人さん風に料理人と呼ぶと、何となくビームやエクトプラズマを口から吐き出して美味いと叫ぶおっさんの出てくる某アニメの主人公を思い出すので、俺が勝手に却下を下し勝手に厨房係と呼んでいたらなんか定着した。
ちなみに厨房にはメリーさんと、もう1人エルフの料理人がいる。どちらが料理長かというと、メリーさんの方が確実に腕は良いのだが、料理人エルフの方が古くから居る人なので彼を立てて料理長と呼んでいる。だが、料理長エルフの仕事は、メリーさんのサポートである。いいのかそれ。
厨房自体はエルフの体型を基準に作られている為、メリーさんには大ぶりなので、其処此処に踏み台が置かれてある。そこそこ広いのでそこまで邪魔ではない。
尚、メリーさんは料理を作る事も好きだが食べる事はもっと好きなのでよく食べる。小学生位の体型で何処に入るの?と聞きたくなる程に大量に胃袋に消えていくのを見た時は唖然としてしまった。メリーさんの胃袋はブラックホール内蔵らしい。
何気なく厨房の中を覗いていると、調理台の上に卵っぽい物が籠に山積みになっているのが見えた。形は鶏の卵だが大きさが駝鳥の卵位の大きさがある。
「それはクックドゥルドゥの卵ですよ。」
気になって眺めていたら背後から美低音が聞こえてきた。悪い事をしていた訳でもないのに身体がビックゥとなった。
「ロディ」
「エル様、厨房は危ないので中には入らないで下さいね。」
「はいってないよ。みてただけだよ。ロディこそはいごに立たないでよ。メリーさんかと思ったじゃん。」
「……?メリーは食料庫に降りて行ってるのでしょう?エル様の背後には来ないでしょうに。」
料理長エルフのロディがいきなり背後にいたので驚いた。キラキラしいイケメンエルフである。破壊力ある美声を発するので、話しかけられると背筋がゾクゾクしてくる。メイドエルフ達には好評らしいがメリーさんには不評であるらしい。
「クックドゥルドゥって何?」
「コッカトーリスによく似ていますが、あれと違って石化攻撃をしない鳥ですね。コッカトーリス程大きくはならないし、割とおとなし目なので飼育に人気です。味も淡泊でしつこくないのでエルフも好んでいますが滅多に肉にはならないですね。」
俺の背後霊件解説員のディル君が丁寧に教えてくれるので、色々と勉強になります。いつもありがとう。
「おいしいのに食べないの?」
「クックドゥルドゥは金の卵を産むのです。」
ロディが俺の横をすり抜けて厨房へと入りながら教えてくれる。
「砂金を食べる習性があるらしく、何年かに一回ではありますが、金の塊を産み落とします。ですので肉にしようとする事がほとんど無いのです。」
ディル君が詳しい説明をしてくれた。なるほどね〜。
「オスは?メスはたまごをうむけど、オスは食べないの?」
「雄も金の卵を産むのです。普通の卵を産むのは雌だけですが。」
「それって……。」
金のう……
「坊っちゃま、モウ乳持って来ましたよ。どうぞ。」
メリーさんが良いタイミングで帰ってきた。モウ乳を大きな器に入れてくれているので、抱えていたアルバを降ろして、器を受け取る。
「ありがとう、メリーさん。」
「はい、いつでもどうぞ。メリサーノです。」
ニコニコとメリーさんが笑顔を返してくれた。いい人だな。メリーさんが来てから、料理の幅が広がって色々と美味しいものが出てくる様になった。何より、小麦粉系の食べ物が出てきた時には、え、あったの?と、衝撃を受けた。メリーさんが来るまでは野戦料理の様な物しか出てこなかったからね。蟲料理も偶に出てくるが。ロディ作の。美味かったけど。
「きょうはたまごりょうりなの?」
「はい、楽しみにしていてくださいね。」
オムレツかな。たまご炒めかな。スイーツ系を見たこと無いんだよね。
幼児の俺に出来ることといったら、食べて運動して学んで成長することだけ。前世の調理法を知っていても、危険だからと調理場にさえ入れてもらえない今は何も出来ない。だが、色々な知識は着実に増えてきている。来るべき日に向かって、着々と。
スイーツか……。
卵があれば色々なお菓子が作れるよね。
女の子はお菓子が好きだし、甘い物系の食べ物を摂取出来れば体脂肪が増やせるに違い無い。
うん、夢が広がった。ふふふふふ……。
「エリエルド様、ご機嫌ですね。」
鼻歌まじりに部屋へと帰っていると、ディル君が嬉しそうに話しかけてきた。
「うん、たまごりょうりたのしみ。」
その日の晩ご飯は、特大サイズのゆで卵でした。
せめて、切れよ。ロディさん。
俺は、カトラリーとともに不自然に置かれたハンマーを手に取り、この料理の犯人に内心で盛大にツッコミを入れることになったのだった。