12 幼児は森でオオカミさんと出会いました
黒ジーダ三連星からの赤ジーダ襲撃を無事に乗り越え、森の中の散策を再開した幼児です。
魔物や動物に襲われるのは折り込み済みなので、この程度で帰らないよ。一部帰りたそうにしている面々を抑えて幼児の無邪気さを装いぶっとい木々やら植物やらの間をすり抜けて行く。
それにしても、この森の好戦的な動植物の多さたるや、この後、さらに6回の襲撃を受けた。動植物に間違いは無い。襲ってくるのは動物や昆虫だけでなく植物も襲ってくる。流石異世界である。
「あれはエリサーンの成虫ですね。幼虫から蛹に変わる辺りで捕獲して食用にします。幼虫の内は毒を持っているので、食べられません。」
木の枝にくっ付いている虫を指差してディル君が教えてくれる。だから何故、虫を食べる食べないで語るのか。好きなのか。ディル君は虫食が好きなのか。聞いてみると、そうでもない、と答えられた。どういうことだ。エリサーンは見たまま蛾っぽいが、でかい。ジーダもデカかったが、エリサーンもデカい。
「幼虫の内は普通の虫なんですが、成虫になると魔蟲になるので注意が必要です。基本は大人しくてあまり身動きしませんが、何かの琴線に触れると襲ってきます。ただ、翅はあるけれど飛ばないので、そんなに脅威では無いです。」
何かの琴線ってなんだ。
「それから、蛹になったものからは、繭から糸が採れるので、重宝する虫です。食べている植物で色や味が違ってくるので、幼虫を見つけたら、好ましい植物へ移動させています。キャッサーバの葉が好ましい様です。他にもクースの木などへも移したりしますが、クースの木は独特の匂いがするので食用には向きませんので布地用ですね。このエリサーンはもう成虫なので移動出来ませんが。」
エリサーンの繭から採れた糸は高級な布地になる様だ。俺が普段着ている服もエリサーン糸の布地から出来ているらしい。野生のものを採取して作っているので、数が少なく貴重品なんだとか。そんなものを普段着にするなよ……。
王都の周囲では無いが、樹海の外れや、樹の生えていない地域では綿花も作られている様だ。それを取引する商団などが、王都にもやってくるが、屈強な商団でないと樹海に阻まれて王都までたどり着けない。しかし、この国にはこのエリサーン布の他にも樹海産の色々なお宝があるらしく、それを取引したいと、樹海を渡れる実力派の商団が沢山やってくるのだ。王宮で飲める紅茶なんかも運んできてくれる。ありがたいことである。
そうこうしている内にエリサーンの何かの琴線に触れたらしい。なんだか翅をパタパタと動かしてこちらを威嚇してくる。飛べない蟲はどうやって攻撃してくるのだろう?と思って見ていると、なんと魔法を使ってきた。小さいカマイタチのような風魔法を使って攻撃してくる。魔蟲は詠唱はどうしているのか気になった。詠唱をしていた様子は無かったのだが。魔法陣の光が浮かんでいるので、魔法攻撃には間違いない。
結界魔法で阻まれてこちらには届かないが、必死に攻撃してきている。えい!と声が聞こえそうな可愛らしい姿であるが、その必死さになんだか可哀想になってきて、そっとその場を離れた。益虫だからね。沢山子供を産んでくれることを願おう……。
色々と、森の中の散策は興味深い事が多いが、幼児の体力ではそろそろ限界の様なので、王都の方角へ引き返す事にした。フィールドワークとしては、俺の好奇心を満たす以外の収穫は特になく、初めての樹海なのでこんなモンか、と思う。魔法の実地訓練も出来たことだし、なかなか有意義であったのではなかろうか。
ところで、俺は騎士達が森の中でも守りやすく目立つようにと、赤いフード付きのローブを着ている。
幼児と、森と、赤いローブ。
はい、ここまで言えば、わかりますね。
目の前に、オオカミさんが出現しました。
騎士達はオオカミの存在に気付いていたらしく、慌てずに俺の周囲を守りつつ、退却路を確保しようとしている。が、幼児というお荷物を抱えている上に、オオカミは風の様に素早く、あっという間に4頭のオオカミが、こちらを取り囲んできた。その内1頭が遠吠えを発した。仲間を呼び寄せているのだろうか。
ディル君にサッと抱えられて、騎士達と、狼を正面に睨み合いつつジリジリと背後の王都方面へと移動していたが、その内1頭に退却路に回り込まれてしまった。
ヤバいのか……?と、ちょっとビビっていると、騎士の一人がスッと音を立てずに前に出て、剣を横薙ぎに退却路に立ちふさがったオオカミを切った。声も無く、オオカミが倒れる。と同時に血が噴き出した。切った瞬間は血が出なかったのに、倒れてから地面を赤く染めていく。返り血も浴びていない。どういう技術なんだろう。
残り3頭のオオカミがバっと後ろ向きに飛んで俺たちから距離を取った。そして歯をむき出して涎を垂らしつつ怒り顔で唸り声を上げだした。怒ってるオオカミの顔、怖い……。
「バンディットウルフです。この近辺にはいない魔獣のはずだったのですが……。」
ディル君が冷静に解説してくれる。その冷静さに、ドックンドックン鳴っていた心臓が少し落ち着いた。まだ慌てる時間ではないらしい。大丈夫だ。そう思わせてくれるクールなディル君に心の中で感謝だ。
3頭のオオカミ達は退却路に回り込んだ途端に切られた仲間を見て警戒したのか、ジリジリと退却している俺たちを追いはするが、回りこみまではしてこない。
しかし、このままのんびり後退をしていると、オオカミの仲間がやってくるかもしれないのだ。なんとかしないと……。そう思っていると、騎士の一人が弓を引いた。放たれた矢が真ん中の1頭の眉間に突き刺さる。ドサッと音を立てて、オオカミが倒れた。
残りの2頭が背を低くし、ウロウロと左右に振りながら俺たちを睨んでいる。引くか、応援が来るのを待つかで悩んでいるのか、攻撃はしてこないが、一匹は少し遠い場所からこちらを見ていて、もう一匹が毛を逆立てて飛び掛からんばかりに唸っている。と、後ろの1頭の耳がピクリと後ろを向いた。ん?と思って耳が向いた方を見てみると、オオカミの遠吠えとともに、大勢のオオカミ達の援軍がこちらへ向かってきた。20頭くらいいる様だ。取り囲まれると厄介な事になってしまう。
「まいったなぁ。エレンディル、エル様を抱えて王都まで走れるか。」
「はい。行けます。」
小隊長のレアンドイルがディル君に小声でつぶやいた。ディル君が返事を返すと、レアン隊長は今度は分隊長達へ指示を飛ばす。
「第四分隊長、エル様とエレンディルを囲んで王都まで走れ。第二は右、第三は左に散開。離れすぎるなよ。第一は本隊と共に中央だ。魔術師隊は分隊毎に分かれてサポート。」
「「「「は!」」」」
「ディル、後ろは任せろ。行け!」
レアン小隊長の命令でそれぞれが動きだす。
普段仲の悪い魔術師隊もこういう時には連携してサッと行動する。指揮官が騎兵師団の人なのでちゃんと言うこと聞くのかちょっと心配していたが、やるべき時はやるらしい。
俺はなるべく軽い荷物になるように重力制御を精霊に頼むと直ぐに実行してくれる。浮き上がる感覚に慌ててディル君の首にしがみつくと、ディル君がこちらを見て、嬉しそうに笑った。珍しく満開の笑顔だ。
「ありがとうございます、エリエルド様。」
走りながら例を言われるが、いや、こっちこそ俺の我儘でこんな事になって申し訳ないというか、お礼を言われる様なことではないのに、嬉しそうなディル君を見ると、何も言えなくなってしまった。
しばらく走っていると、8匹程のオオカミ達が近づいて来ているのが見えた。さっきのオオカミ達はレアン小隊長が引き受けてくれたのでこちらに通るはずがない。別の方向から来たのだろう。
俺は少し体を持ち上げて、流れていく景色を見まわした。その仕草に走っているディル君が気付く。
「エリ、エルド様?」
さすがのディル君も息が荒くなっている。
「ディル、あっちに走って。」
俺が指差す方向に向かってもらうと、パッと見では平らに見えるが、僅かな窪みがある場所に出た。
「エル様、どうされました?」
第四分隊長がオオカミ達を警戒しながら、俺に声をかけてくる。
「そこの窪みにバンディットウルフが入る様に誘導して。」
オオカミ達がすぐ後ろに追いついてきている。エルフも森の中でよくここまでと思う程に速いが、やはり野生の獣の方が足が速い。このまま背中を向けて走っていると危ないと、俺は判断した。
『ミラ、あそこの窪地に水を張って。』
精霊言語で精霊に直接指示を飛ばす。『ほーい』という間抜けな声が返ってくる。緊迫感が台無しである。
俺は、精霊達と意思疎通しやすくする為に、よく側にいる精霊達に名前を付けていた。精霊言語も赤ん坊の頃から話しかけられてきていたのがハイエルフ特典なのか徐々に分かる様になってきて、言葉で指示を飛ばせる様になった。普通のエルフは精霊言語を使って精霊と喋るということは出来ないらしい。精霊が話しかけてくる言葉というものは、他のエルフ達には聞こえないらしく普通は電波でのイメージのやり取りのみなのだそうだ。ハイエルフ達は全員が精霊言語を話せる訳ではないが、何人か話せる人も居るらしい。ちなみに国王の祖父と知識の塔のルディは話せるそうだ。
精霊言語での精霊魔法の使用は電波との併用でより強力でより細かい指示を出せるという。魔法の威力が電波で指示を飛ばすよりも数倍強くなってしまうので、普段は使わないが、今なら使っても良いだろう。
窪地を通り過ぎると、先ほどのオオカミ達と相対した時の距離感を考えて、「ここ」と、声を掛けて止まってもらうと俺たちは背後を振り返った。オオカミ達は大分近くまで来ていて、直ぐに窪地に足を踏み入れてきた。ピチャン、と薄く張った水が音を立てる。
分隊の人たちがオオカミ達の周りを取り囲む様に広がると、丁度良い具合に8匹のオオカミ達が窪地に入った。
『レッチェ、鉄をローリに渡して、ローリ鉄を温めて……1500度ね。んで、あそこの窪地の真ん中に落として。』
ポッと、小さな炎がオオカミ達の頭上に現れる。その小さな炎と共にごっそりと魔力が減ったのを感じた。
ゆっくり落ちていくそれを避けて、オオカミが炎を取り囲む様に中央を見ている。
「魔術師隊の人、全員に結界張って。」
その間に俺が指令を出すと、直ぐ様、魔術師隊の人がその場の全員に防御結界を張ってくれた。
白い炎が水面に落ちる。と、同時に、
ドンッ
と芯に響く様な爆発音と共に、ブワッと爆風が辺りを襲った。
「ギャインッ!!!?」
一瞬の内にオオカミ達が放射状に吹き飛ばされた。周りの木々にぶち当たっている様だが、周りの木々も軽いものはなぎ倒されている。
防御結界が張られていた俺たちの周りは無事だったが、この有様に、分隊の人達が無言である。流石のディル君も目を開き、軽く口を開けて爆発の中心地を見ている。そんな間抜けな顔もイケメンだ。
「……やりすぎちゃった?」
俺は、可愛らしく小首を傾げてみたのだった。
(サブタイからの)そして吹き飛ばした。みたいな?
文中にとうとう出せなかったけど、一個エルフ小隊は、本隊3名(小隊長、副隊長、魔術師隊長)、隊員5名+魔術師1名の4分隊、の合計27名のエルフ達で書いてます。




