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役儀納め  作者: 犬槙リサ
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 明治の娼妓取締規則以降、遊女屋の名が貸座敷に代わると、格式高い吉原でさえ、かつての賑わいが消え失せ、しきたりや伝統が薄れてしまったのだと聞く。田舎の宿場町だった内藤新宿などは簡単に時代の奔流に飲み込まれ、四件あった引き手茶屋も今は二件となっている。では、色町自体が廃れているかというと、そうでもない。新宿通りに娼館が立ち並ぶのは宜しくない、と警視庁からのお達しで、新たに新宿二丁目、つい最近まで牛屋ノ原と呼ばれた牧場跡に元々あった五十数件の貸座敷を移転して歓楽街を作ったのだ。数年かけての移転作業が行われたため、元の内藤新宿は貸座敷の建物自体は残っていても、ほとんどの女郎が引っ越して多くの空き家となっている。

 忠信が内藤新宿に喜代乃を探しにやってきたのは、正月気分も抜けた一月下旬の事である。本来なら、八十吉に話を聞いたその日にでも飛び出したかったのだが、うどん屋の仕事を休もうとする事を母親は許さなかった。と言うのも、家族が理由を問いつめたところで忠信は何も話さないのだから、下手に勘ぐられても仕方ない。これで行き先が新宿の遊郭だと知られたら、何を言われた事だろう。結局、定休日までどうにも抜け出せなかったのである。

「こりゃすげえ。表通りの時より小綺麗な見世ばかりじゃねぇか」

 目の前に聳える大見世は大きな青い屋根を持ち、入り口の上には赤や緑、色とりどりの花や鳥を描いたステンドグラスが填められていた。

 元々の内藤新宿は、宿場風情を残した大旅籠か、赤に彩られた吉原風の妓楼が大通りに建ち並んでいたが、ここ二、三年で作られた新しいこの街は趣が違うようだ。近頃の若者が憧れる洋風邸宅と、古くからの日本伝統を掛け合わせた近代的建築物、洋館付き和風住宅が建ち並ぶ光景である。専門家達は文化住宅と呼んでいるらしいが、とにかく、そういった建物が続いている。

「さて、と。どっから探したもんだかな」

 何十件とある内藤新宿の貸座敷、若い頃には何度か行った事のある見世もある筈だが、新しい遊郭では迷子同然である。とりあえず、手近の写真館に飾ってある娼妓の写真を覗き込みに行った。かつては客待ちの妓女が張見世に集い、狭い格子の隙間から細い腕を剥き出しに、物見遊山の一見客を奪いあったものである。しかし、つい数年前より規制され、今は張見世の写真を見て客が好みの遊女を選ぶようになった。だからこそ女たちは少しでも美しく見せようとむきになる。化粧をして上手く撮って貰えば、それだけ呼ばれる回数が多いのだから。ここに飾ってあるものは写真屋にとっても会心の出来栄えなのだろう。しかし、経験がほとんど無く、花魁でもない喜代乃の姿が今ここにある筈もない。忠信は、一軒一軒それぞれの妓楼で写真見世を探すしかなかった。

「どこにいらっしゃるのかねぇ、御嬢様は」

 忠信は、文句を言いながらも内藤新宿を数時間彷徨っていた。真冬の夕方は肌を刺すように空気が冷たく、夕焼けなど感じないうちに曇天のまま陽は落ちていく。もう間もなくすれば夜の訪れと共にこの町は活気づくのだろうが、今は昼と夜の境目のような雰囲気だった。

 整然と建物が並ぶ表通りから一本裏に入っただけで、忠信の知らない内藤新宿がそこにある。小ぶりな文化住宅の玄関扉にもたれて立つ女、ガラス窓の内側にひそむ数人の女と、幾度も目が合った。声を掛けられはしなかったが、洋風に作られた銘酒屋や、紳士の身だしなみを整える床屋の奥からも視線を感じたのだ。忠信は、かつて藤家の主が酔った時に聞かされた漢堡(ハンブルグ)飾窓地区(レーバーバーン)を思い浮かべた。今、見ているのは、新宿という名にふさわしい西洋かぶれの建物のように、新しい時代の女なのかもしれない。女たちは妓楼で身につけるべき派手な柄の着物を纏ってはいなかった。洋装という括りだけなら、断髪で現代的(モダーン)な藤家の奥方や、叔父の元へと向かった帽子姿の喜代乃とも同様なのかもしれないが、明らかに何か違う雰囲気を醸し出す。(くるぶし)まで丈がある真紅や純白の西洋ドレスは大きく胸を強調し、はみ出さんばかりに大きく塗った口紅に、髪は長く波打っている。これだけなら帝劇の歌劇役者の衣装のようでもある。しかし、目の周りが窪んだような退廃的な化粧を施し、媚びと嘲りが入り混じったような視線を通り行く男に絡めてくる。まるで一流の太夫のごとく客を選ぶような、否、それ以上に、客が過ごしてきた人生そのものを品定めしているのではないかとさえ感じてしまう。それはカフェーの与太話に聞く、桑港(サンフランシスコ)と香港や馬尼剌(マニラ)を結ぶ航路の船内で爵士楽(ジャズミュージック)を歌う女や、数年前に滅んだ大清国の英国租界で阿片を吸いながら色を売る女を見ているようだった。

 いつしかすっかりと夜となり、妓楼の赤い提灯を模した瓦斯(ガス)灯に火がともる。活気付いた街角では、先ほどまでの洋風の女たちは既に見世の奥へ、あるいは賑わう街中へと姿を消し、変わって、着物姿の遊女たちが顔を出し始めた。

「ちょいと兄さん、遊んで行きゃあしないかい?」

 内藤新宿の夜が始まったのだ。

 喜代乃を探す忠信は、ひたすらに歩き続けた。張見世に取って代わった写真見世を覗き、似た女の姿を見かければ喜代乃ではないかと尋ね回る。そうこうしているうちに時は過ぎ、とっぷりと夜が更けても尚、何度も街をめぐるうちに、引き込みですら「これは粋に遊びにきた客ではない」と相手にしなくなった。痛いほどの寒さの中、入口に置かれた暖かそうな火鉢やストーブ、奥から聞こえる男女の楽しげな笑い声が、忠信だけを置き去りにして内藤新宿の街中に溢れていく。ふと、凍える指先に何か冷たいものが触れたと感じた。見上げると、夜空からは灰雪がひらひらと舞い落ちる。かじかむ手のひらを広げて雪をそっと掴まえてみたが、美しい筈の六花はすぐに溶け、汗で湿った掌に吸い込まれてしまった。

 ちょうど一年前、喜代乃と歩いた浅草の夜を思い出す。あの時は、寒さなど微塵も感じはなかった筈だ。電気館のヂオラマに降る霧雨、怯えるどころか嬉しそうに笑った稲光り、煌々と照らされた電気仕掛けの月夜を横切る流れ星、 綺麗な思い出のどれもが、掴もうとすれば溶けて消えてしまう雪に思えた。

「こんなとこにいたら、変わってしまうんじゃないか?」

 忠信は再び、厚い雪雲に覆われた夜空を見る。しばらくは舞い落ちる灰雪を見つめていたが、やがてゆっくりと視線を下ろせば、土地が変わっても根本はまるで変わらない内藤新宿の街並みへと戻ってしまう。かつては忠信自身も何度か通った事がある色街だが、不夜城の明るさと引き換えにあちこちから響く下卑た男女の声が、ひどく気になった。

——違う! あれは喜代乃様じゃない。どこの誰か分からねえような爺さんと、その横にいるのは薄汚い淫売だ——

 だが、この街のどこかに喜代乃はいるに違いない。美しく穢れ一つ無い雪も、握りしめれば汗と混じってしまう。

——今頃は、あいつら病気もちの淫売と変わんねえ事になっちまったかもしれない——

 忠信は、別れ際の泣きそうな喜代乃を思い出した。浅草ではしゃぐ姿も笑顔も、人力車から信玄袋を放り投げて召使いを困らせる姿さえも、今でもすぐに目に浮かぶ。だが、どれだけ探しても、引き手茶屋に尋ねてみても、表通りの大見世では見つからないのだ。喜代乃は士族の資産家の令嬢であって、子供の頃から遊郭内で禿(かむろ)として立ち居振る舞いや稽古事を嗜んで来たわけではないので、妓格が低いのは当然かもしれない。しかも不遜な態度は豪傑と評されるほどである。もともと大見世向きではないだろう。それに加えてあの気性、見ず知らずの男から無理強いなどをされようものなら、どんな事になるか分からない。苦笑しながらそんな事を考える忠信は、仮に汚されようとも喜代乃なら内藤新宿の遊女どものような堕落をする事はないだろう、と高を括っている。


《怪しやな、かく我が胸は……》

 どこからか、堅苦しい口調でありながらも、まるでやる気のない歌が聞こえてきた。何の曲だろうと忠信は耳を澄ます。、近頃は演歌師があちらこちらで歌って回るおかげで、やや小難しいようなオペラ曲でも、下町の子供から日雇いの大人まで皆が口ずさむようになった。むしろ、本格的な劇場で親しんだ喜代乃のほうがドイツ語やイタリー語のオペラしか経験がなく、日本語に訳された歌詞をあまり知らなかったくらいである。

《恋の悩みに囚われて心乱れ……かくまで恋しきは未だ知らざりき。怪しき恋を今、諦めて……を続けんか》

 浅草の演歌師が歌っていた『トラヴィアタ』の小曲(アリア)、『怪しやな、花より花を訪ねて』である。途切れ途切れに聞こえてくる鼻歌は、あの日の喜代乃を強く思い出させた。

「信さん」と、昔の頃のように呼ばれた事は生涯忘れないだろう。夢のような思い出に浸っていた忠信だが、誰が歌っているのか気になった。この鼻歌を歌うのが喜代乃であってくれればと一瞬考えもしたが、そもそも浅草でたったの一小節を聞いただけなのだ。その後にでも憶えたのであれば話は別だろうが、全く期待の出来ない話である。

 丸一日歩いても喜代乃の姿を見つける事のできなかった忠信は、ついでだとばかり覇気のない歌声を探して辺りをきょろきょろと見回した。狭い筈の内藤新宿だが、随分と歩きすぎて自分がどこにいるのか分からなくなっていたからだ。すると、夜になって雰囲気はかなり変わっていたが、夕方の寒々しい光の中で、ガラス越しに佇む洋装の女たちを見かけた辺りと気がついた。

 歌は、店先に三色の捻り棒(バーバーポール)が飾られた床屋から聞こえてくる。女がいるのは見当がついていたが、果たしてこの店は本当に髪切りをしているのかと疑った。これもまた与太話によるものだが、かつて忠信が通っていたカフェーでは、アジア航路の船乗りがいかがわしい西貢(サイゴン)の床屋の事を語っていたと、専らの噂であったからである。

 藤家の屋敷に入る以前、遊びまわっていた華やかな頃を思い出すと、忠信は懐かしい反面どこか情けない思いがするのだ。カフェーにはフランス帰りの絵描きや、英国と取引する商社の人間もいた。だが彼らは、馬鹿話を熱く語り合う若者たちから距離をとり、隅の席でひっそりとコーヒーを飲んでいる事が多かったのだ。忠信を含め、友人たちはモダーンな格好こそしていたが、洋行に出た事のある者などほとんどいなかった筈である。それでいて、いずれは海外を股にかけて大仕事をするのだと皆が大言壮語を吐いていたのは若気の至りかもしれないが、今となっては、世間も苦労もまるで分かっていなかったとしか思えない。

 ——英国紳士を気取ってみても、所詮うどん屋の息子でしかない。主家を潰しちまったのは嫌々仕事してたからか。俺は親父みたいに本物の執事には、なれなかったな——

 歌声を探して覗き込んだ店に理髪師の姿はなかったが、壁には『米国式電気髪刈機(バリカン)』と、発明元のアメリカでもまだ浸透していない最新機の散らしが貼ってあった。よく見れば、置いてある鋏も細かい彫金が施されていたり、応接家具もまるで外国映画の散髪屋(バーバー)のようである。そんな店の中に、白い洋装の女が一人、革張りの散髪椅子に腰をかけていた。女は振り返って忠信の姿を認めると、

「あら、お客さん? 悪いけどこの時間は床屋はやってないよ」と言いながら、近寄ってくる。

「いや……歌が聞こえてきて。『トラヴィアタ』の」

 忠信が演目を口にすると、女は目を見開いて楽しそうに言った。

「オペラ好き? なんだったら床屋の歌もできるよ。《髪苅りにも髭剃りにも、衛生が第一……ラランララ……床屋さんの名人》、ほらね」

 どうやら女には女性ソプラノも男性バリトンもあまり関係がないらしく、甲高い声であるが『セビルの床屋』の『町の何でも屋』を滔々と歌い上げたのだ。これには忠信もいたく感心して、

「ああ、巧いんだな。浅草の歌手みたいだ」と素直に褒めた。

「それじゃぁ、お客さんから、お(ひね)りを戴こうかな」

 女が微笑むと、真っ赤な紅を塗った大きな唇に、吸い込まれそうな気がする。どうやら彼女の仕事は歌う事で、昼はこの理髪店の客引きとなり、夜はこうして自分自身の客を取っているようである。忠信は客と間違えられてはまずいと思い、急いで店から離れようとしたが、女は馴れ馴れしくも笑いながらこう言うのだ。

「あんた、昼間っからこの辺りうろついてたよね。探し物でもしてた? それとも人かな。相談、のったげよっか」

 返答に困っていると、引きずられるようにして店の待合椅子に連れて行かれ、

「あたし、浅草で歌ってた事もあるんだよ」と二、三曲を続けざまに聞かされた。これでは帰るに帰りようがない。

——俺より少し若いくらいか? なるほど、浅草から追い出された歌手の末路はこういう事か——

 女は花鶏(あとり)と名乗った。イタリー語で「道を外した女」を意味する『トラヴィアタ』で、『怪しやな、花より花を訪ねて』と歌う主人公は、椿の花を手渡して客を選ぶ高級娼婦である。なるほど、歌手崩れの売春婦である花鶏には丁度お似合いなのだろう。しかし、忠信が探す喜代乃もまた、この街の人間にとっては一介の娼妓に過ぎないかもしれないのだ。

用語

西貢サイゴン:現・ベトナム、ホーチミン市。

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