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役儀納め  作者: 犬槙リサ
1/6

大正当時の一般用語で、現在は職業差別につながるとされる言葉が多数あります。どうぞご了承ください。

 喜代乃きよのの帰宅を知らせたのは、息を切らせて大声をあげた屋敷付きの車夫である。

「御嬢様のお帰りでございます」

 庭からの呼びかけに襟を正した忠信ただのぶは、玄関の三和土たたきに立ち、戸の陰に身を隠して隙間から外の様子を伺った。勝手口から慌てて飛び出した二人の女中は、人力車の止まった庭先へと小走りに駆けている。人力車の足元には赤い縮絨フェルト貼りの踏み台が差し出されたが、車上の喜代乃は降りるつもりは無いようだ。

「女学校はいかがでしたか」と愛想笑いを浮かべた女中がおそるおそる問いかければ、少女雑誌の口絵に載っているような天竺葵ゼラニューム柄の信玄袋がぽいと宙に投げ出された。これを落とすわけにはいかないと手を伸ばした召使いたちの手に薄紫の袋が納まるのを眺めてから、ようやく喜代乃は降り始めた。忠信もすぐさま、引き戸の表へと迎えに出て深く頭を下げる。

「お帰りなさいませ、喜代乃様」

 この屋敷の御息女は花も恥じらう年頃であるにも関わらず、到底そうとは思えない。なにしろ、しかと前を見据え、庭の玉砂利を踏みならして大股で向かって来るのだから、毎日見慣れている筈の忠信も、思わず溜め息を零してしまうのだ。

——これが女学生かねぇ、どこの豪傑だよ——

 喜代乃は、深々と頭を下げた忠信をちらりと横目にしただけで前を素通りし、桜色の草履を沓脱石くつぬぎいしに脱ぎ捨てた。それから、はしたなくも上がりかまちに腰かけて、

「藤下、間もなくお友達がお見えになるから、新宿まで行ってケーキを買って来てちょうだい」と言う。

「花村屋でございますか」

 忠信の躊躇いを悟ったのかもしれない。履物を直す手を止めて顔を上げると喜代乃は一瞬目を吊り上げはしたが、やがて軽く目を閉じながら首を傾ける舞台女優のような仕草で告げた。

「そう、あそこのお店がいいわ。それから、お庭でいただけるようにサンドウィッチもお願いね。金平糖はガラスの振り出しに入れておいて」

 御学友をもてなそうと、喜代乃からは次々に注文がついた。軽食も紅茶も厨房で用意できるだろうが、女学生が憧れるケーキやワッフルは買いに行かなければならない。この屋敷近く、赤城神社から少し下ると神楽坂の花街に出る。ハイカラな店が多い通りだが、洒落た西洋の菓子がそう簡単に見つかるとは思えない。

 花村屋のある新宿までは、肴町の停車場から市電に乗って九つほどである。しかし、いくら新宿が近くても、ここは歴とした東京市内なのだから、近所で買物と言うには遠すぎるのだ。屋敷に一台の自動車は、主人を乗せた運転手が朝から仕事場に出かけていた。先ほど戻ったばかりの車夫は、息を切らせて人力車に凭れ掛かり、まだ休んでいる。

——無理をおっしゃる——

 心のうちで呟いてから、これも役目の一つとして礼をとった。すると、その態度に気を良くしたのだろう喜代乃は、片手でマーガレットに編んだ束髪を直しはじめる。

「藤下、今日はお母様はいらっしゃるの?」

 今年度で女学校を卒業するとあって、仲の良い御学友たちを紹介しておきたかったのかもしれない。

「奥方様は先ほど、軽井沢に向かわれました」

 喜代乃は「そう」と言って、幾分か残念そうに頷いた。忠信の心は僅かばかり痛んだが、ステッキを持った洒落た洋装の紳士が自動車で迎えに来たなどと、余計な事を言うつもりはさらさら無い。

「お庭にのラタンの椅子とテーブルを出してちょうだい」と女中の一人へ言いつけ、通学に使っている信玄袋を持たせたまま自室へと去った。

 喜代乃が立ち去るまで頭を垂れていた忠信は、どうしたものかと考える。他の使用人に買いに行かせても良いのだが、もし女中の一人を借り出そうとすれば、「夕食の準備がありますもので」と、細い蟹眼鏡の奥からぎろりと睨む年嵩の女中頭が黙ってはいない。他に動けるものが居ないのであれば、自分で動くより他は無いだろう。

「家具はお前たちだけで運べますか? 無理なら車夫に手伝ってもらうといいでしょう。それから料理は女中頭に頼むのを忘れないよう」

 指示を出しながらも、急ぎ、駅まで行かなければと心は焦る。運が良ければ、それほど待たずとも列車の時刻に間に合う筈なのだ。

 召し使いたちが住む離れの部屋へと戻って礼服である燕尾を脱ぎ、普段着のシャツとズボンに着替えて裏口から外に出た。途中、家具の位置で庭師と言い合う女中頭と出くわし、皺の多いシャツに眉をひそめられはしたものの、何も言われはしなかった。これだけ忙しくしているのだから、炭火をおこしてアイロンをかける暇など無くて当然だと忠信は思う。無論、屋敷の主たち藤家の洋装には皺など一つもない。衣類の管理は女中たちの仕事であるのだから、あの女中頭が常に目を配っているのだ。他に、執事職に着いた忠信にも一台のアイロンが与えられたが、これは己の服を直すためではなく、毎朝、屋敷に届けられる新聞が読みやすいよう、皺を伸ばすためのものである。勤め始めた最初のうちは、屋敷の者が寝静まった夜更けに普段着のシャツを延ばしていたのだが、この習慣は僅か一年ほどで消えてしまった。ちょうど先代の執事が屋敷を去った頃の事である。忠信は女中頭が眉をひそめるたびに考える。先代が見たらなんと言っただろう、と。

——なんて格好だ、身なりは常に清廉であるべきとは思わないのか——

 父の言葉がよみがえり、忠信は無意識に頭のてっぺんを撫でた。泥だらけで帰った幼い日、拳骨を振るわれた事が今も思い出されるのだ。


 この屋敷の執事を継いだのは、それまで勤めていた父が体の不調を訴え始めた為である。

 徴兵後に母方の商売であるうどん屋を継いだ弟と違って、忠信は大学まで進む事で徴兵を猶予・免除と平和で暢気な道を歩んで来た。しかし、皮肉な事にサラリーマンとして働きだした銀座で、日がな一日、徴兵保険の計算をさせられる事となったのだ。最初の頃は大きな出兵も無く退屈な仕事ばかりで定時に帰っていたのである。暇を持て余しては銀座のカフェーで職業婦人の電話交換手と逢い引きし、女給にビールを注いでもらい、酔って鍔帽子シャッポ片手に流行のコロッケの歌を口ずさんでは、ふらふらと夜道を帰るような男だったのだ。こんな性格だから、屋敷勤めで家には滅多に帰らない父が胃を煩って入院したところで気が向いた時に顔を見せるだけ、自分が人の世話をして暮らすようになるなど思いつきもしなかった。

のぶ、お前は長男なのだから、私に代わって藤家に恩返しをしなければならない」

 そう告げられた時、この大正の御時世になんと時代錯誤な事かと呆れて言い返そうとしたが、口答えは許されなかった。

「お前の仕事はこれから忙しくなるだろう。今年は青島チンタオだけであったが世界中で争いが起きているのを知っている筈だ。この帝都にも、いつドイツが攻め込んで来るかとは思わないのか」

 父は争いに満ちた明治を生き抜いた男であるから、諭されればなるほどそうかと考え直した。確かに近頃は目が回るほど忙しい。大正博覧会が行われて僅か八ヶ月ほどで浮かれ気分は消え去り、日独戦争が勃発してからと言うもの、名誉の戦死を遂げる若者が急激に増えたのは事実である。毎晩遅くまでかかっても計算は終わるどころか無尽蔵に増えていくので、このまま働いてばかりでは身が保たないとちょうど思い始めていたところである。父の言うように、戦争とまるで関係のない屋敷勤めなら、負傷だの戦死だのと気を病みそうに面倒な書類と顔を突き合わせる事は無いだろう。忠信は面倒ごとから距離を置き、すぐに意思を覆す。それを熱情がないだの腑抜けだのと誹られたとしても、大正と言う新しい時代に生きる若者は一向に気にもせず、ただ自由を謳歌してきたのだ。

 結局、父の勧めに従ったのだが、忠信はこの事を今も後悔している。沈みかけた明治の陽は何も父だけではなかったのだから。


 新宿の花村屋で求めたのは、しっかりとした生地のフルーツケーキと幾つかの焼き菓子である。昨今の流行歌『東京節』にも歌われているとおり、市電の満員ぶりは東京の名物で、大人しそうに待っているだけでは、いつまで経っても乗る事などできないだろう。おまけに朝夕は会社勤めの紳士諸兄でさえ、押し合いへし合いの喧嘩腰である。愛らしいダリアの花が描かれた菓子箱を抱えた身としては、少しでも安全に戻らなければならなかった。

 そこで忠信は市電を諦め、新宿から乗り込んだ国電中央線の車内で、ひどい揺れに耐えながらも菓子箱を傷つけないよう踏ん張った。通路の真ん中で仁王立ちをしていると、どこにも掴まらずに立てるかを、むきになって挑戦し続けた子供時分を思い出す。あれはいつの事だろう。信濃町駅を過ぎた頃、車両端に座った男が眠りこけているのを見て、ふと、幼い頃の情景が思い浮かぶ。長らく忘れていたが、四谷駅の手前、東宮御所の下を通るトンネルに近づくと乗客は慌てて窓を閉めたものである。頭の上に電線が張り巡らされるようになってからと言うもの、汽車の煙から煤が舞い込んで来る事も無くなった。

——随分と変わったもんだよな。親父のように汽車だった頃を懐かしむつもりはないが、確かにあそこに居ると分からなくなる——

 世間では米騒動だのシベリア出兵だのと物価は上がり続けているが、屋敷で過ごした数年間を思うと、変わった事など何一つ起きなかった。毎朝毎夕と雇い主に尽くし、甲斐甲斐しくも主人の家族の世話をする。礼儀正しい物言いには、かつてサラリーマンだった頃に銀座を闊歩したモダーンさは見られない。あの屋敷では時が止まっているのかもしれない、と忠信は思う。日独戦争を憂いて屋敷の召使いになったあの時から、否、幼少時代を過ごした明治の頃、もしかすると藤家が神楽坂に屋敷を構えた御一新から、この屋敷では何も変わらない日々が続いているのかもしれない。

 ただ一つ、変わっていくものがあるとすれば、父の言い方をまねて「のぶさん」と呼んでいたおかっぱの少女から、「藤下」と蔑むように召使いを呼ぶようになった御息女の姿であろう。

 やがて列車が飯田橋駅に着くと、僅か二両の箱に押し込まれていた人がどっと降りた。もう辺りは茜色に染まり始めている。今も良家の御嬢様方が庭で茶会を楽しんでいるかは分からないが、忠信はこれでも急いで戻って来たのである。ちょうど通勤帰りの時間なのか、駅の人力車は出払っていた。タクシーなら探せば見つかるかも知れないが、分不相応と言われそうで屋敷の前につける勇気はない。

「俺も運が悪いねぇ。日頃の行いって言うなら、神様も観音様も真面目に働いてる姿を見てないのかよ」

 口を尖らせながら面倒そうに息を吐いた。忠信にとって燕尾さえ脱いでしまえばもう藤家の執事ではなく、生粋の東京育ちでしかない。

「親父みたいに死ぬまで執事には、なりきれねぇ」とは、こうして独りきりの時にしか呟けない言葉である。そして、

——終世、家臣きどりだったな——

 これは、声に出す事のない言葉であった。


「ただ今もどりました」

 既に当主の自動車は屋敷へと戻っていたようで、若い女中たちは夕食の準備で忙しくしている。御学友が来ていた筈だが喜代乃の他に若い女性は見当たらなかったので、忠信は新宿まで買いにいったフルーツケーキがまるで無駄になったと気がついた。女中頭も、

「随分とお待ち戴いたのですけどね。執事のあなたが戻らないものだから、先ほど、お帰りになる御友人がたをお見送りしましたよ」と睨みつけて来る。

 慌ただしい夕刻、それでなくとも引く手あまたな人力車の手配に、苦労したのかもしれないと頭を下げた。忠信が勤め始めた四年前なら、自動車と人力車、通いで働く二人の運転手の他にも、離れに住み込む下男がいたので、女中頭みずから手配する必要などなかったのであるが。

「有り難うございます。喜代乃様は花村屋のケーキをお望みでしたから、夕食の時にでも差し上げてください」

 そう言って、再び燕尾に袖を通すため忠信は召使いの部屋へと戻っていく。多い時は雑魚寝で布団を敷いていた離れは低い天井を剥き出しの丸太が支え、三人で使っている女部屋と忠信ひとりとなった男部屋の二部屋しか使われていない。他の部屋は蔵に入れるほどでもない荷物が放り込まれているので、あばら屋のようにも見える。

——分かっていた事だ。間に合う筈も無い——

 御学友たちは夕食前に帰ると最初から知っておきながら、なぜ買って来いと言ったのだろう。そして、分かっていながら自分でもなぜ買いにいくのだろう、と考えたが、召使いである自分に選択の余地など無かった。

 夕食は西洋かぶれの藤家でも久しぶりに見る本格的な洋式で、玉葱の汁物(ツヴィーベルズッペ)卵麺シュペッツレ入り酢漬け牛蒸し煮(ザウアーブラーテン)に擦りおろした山葵大根ホースラディッシュを添えたものが饗された。腰を屈めて給仕しながらも、肉の芳しい香りが室内に広がると空腹を感じずにはいられなかった。料理番ならこの珍しい晩餐の味見をしたがる事だろう。

——俺は何も見ていないし、何も匂わない。腹は減ったが、部屋に戻って小あじの干物でも焼けばいいさ——

 魚屋からまとめて買い付けた魚の内、当主一家に出せない余りの小魚は日持ちするよう離れの裏庭で干物にされて、召使い用にと取り置かれるのだ。

 女中たちによって最後に運ばれて来たのは、干した早生柿入りのフルーツケーキだった。喜代乃が、

「やっぱり花村屋のケーキは素敵でしょう? 藤下に買いに行かせました」と言えば、ロイド眼鏡に顎髭の当主はひとくち確かめてから、

「喜代乃は随分とモダーンな味が好きだね」と笑って返した。別段、買いにいかせた事を責めるわけでもないし褒めるわけでもない。当主にとって少しばかり斬新すぎるケーキも一家団欒の一頁であり、ごくありふれた日常である。忠信にとっては、御学友との茶会に間に合わす事はできなかったし、女中頭から冷たく罵られ、無駄足となってしまったのだが、夕食用に買いに行ったのだと考えれば、このまま忘れ去られてケーキが腐るよりずっとましに思えた。

 サイフォンで淹れたブランデー(モカ・)モカコーヒー(ゲシュプリッツ)を当主に差し出すと「後で書斎に来てくれ」と告げられた。間に合わなかった失態を責められるのかと内心焦ったが、コーヒーの香りを楽しんでいるようで今しばらく書斎に戻るつもりは無いように見える。そこで、しばらく食後の余韻に浸るのであればと、部屋隅に置かれた大人の背丈よりも大きな自鳴琴筐体オルゴールキャビネットの扉を開いた。機械下の棚から出した十三寸もある大きな円盤ディスクを取りつけ、ハンドルを回すと、演奏がはじまった。櫛歯コームが同時に奏でる数十もの和音はとても柔らかく、冷たい金属から生まれるとは思えないほどの優しい音である。

 蓄音機が生まれて以来、自鳴琴オルゴールの評価は下がるばかりで西欧では過去の遺産と呼ばれているらしいが、藤家の人々は、時計技師たちが作った気が狂いそうに細密なこの機械をことさらに好んでいる。勿論、屋敷には蓄音機もあるのだが、三、四分ごとにレコードを取り替えてハンドルを回し直さなければならないので、熱心に聞けば聞くほど興醒めとなってしまう。それならば西欧の管弦楽団オーケストラを再現できなくとも、円盤一枚で一曲まるごと演奏できる自鳴琴の方が楽しめると言うものだ。

「秋の初めに『冬の嵐は過ぎ去り』とはね」

 金属板を一つ一つ彫りあげる円盤は、自鳴琴メーカーごとに形が違い、高価でなかなか手に入らない。屋敷にある幾つかの曲から、何より当主が好むワーグナーの楽劇オペラ『ヴァルキューレ』の一曲を選んだつもりであるが、気を悪くされたのだろうか。

「あら、わたしは大好きよ、この曲」

 コーヒーカップを子供のように両手の平で抱えながら、喜代乃が言う。

「だって次の歌詞は、快い月となった、ですもの。綺麗な月夜にはぴったりよ」

 藤家の人間は、幼い頃から帝国劇場で本物を嗜んで育つ。忠信のサラリーマン時代に流行りだした浅草オペラでもヴェルディが上演されるが、楽団オーケストラが十人いればそれで大劇場と呼ばれるし、『リゴレット』で盛り上がれば観客も一丸となって『女心の歌』を歌いだす。丸の内の帝劇では本格的な楽劇(グランドオペラ)を洋行帰りの俳優たちが聞いただけでは分からないイタリー語やドイツ語で歌っているが、浅草はドレミの楽譜が読めるかどうかあやふやな田舎者でも日本語の歌詞で歌って観客の心を掴めば、一夜にして歌劇俳優オペラスターになれるのだ。安っぽい浅草オペラしか知らない忠信では、知識人や軍人が好むようなワーグナーは正直なところさっぱり理解できなかった。ただ、蓄音機でドイツのレコードをかけるたび、言葉は分からなくても背筋がしゃんと伸びたりぞくぞくしたり、切なくなって泣きそうになるので、これは本物だろうと思うのだ。当主や喜代乃のように口ずさむ事が出来たなら、どれほど楽しくなれるだろうか。

「しかしね、喜代乃」と、当主が語り始めた。

「確かに美しいかもしれないが、兄と妹など御法度だ。喜代乃にワグネルは早いと私は思いますけどね」

 当主は顎髭をさすりながら、大作曲家の事を明治の知識人たちが呼んだようにワグネルと言う。古くから愛聴して来た自負によるものかもしれない。

「そうかしら、たとえ禁断であっても『君こそは春』と歌うジークリンデの気持ち、よくわかりますもの」

 うっとりと音に浸るように話す喜代乃に、当主は、

「君にかかれば、かのワグネルも少女小説と変わらないわけだ」と笑っている。

 喜代乃は再び奏でられた短いオルゴールの調べに、朗読するように歌詞を詠む。

《冬の嵐は過ぎ去り、快い月となった》

 喜代乃の中では、ジークムントこそが正義であり、今も昔も唯一の希望として輝いて見える事だろう。

《愛が春を招き寄せたまふ》

 兄から妹への求婚。

 数年前、忠信の事を「信さん」と呼んだ少女は擦り切れるまで読み込んだドイツ語の児童書を抱え、若い男女が手と手を取り合う挿絵を指差しながら、

大神ヴォーダンの子らは父に愛されて結ばれるの。つらい出来事を耐え忍んだ二人だから、夫婦となってもいいじゃないの」と何度も言った。

 力づくで宿敵フンディングの妻とされていた妹は偽りの夫を捨て去り、兄を夫として迎えて歓喜を述べる。

《君こそは春、凍てつく冬の間、君を待ちたまふ》と。

 本来は暢気な性分の忠信であるが、祝福すべき夫婦が血筋や身分よりも愛を選んだ双子の兄妹では、さすがに喜代乃の意見には賛同しかねた。少女の児童書を取り上げ、公序良俗に反するものだと気難しい顔を作って諭してみれば、

「そんなだから信さんは、いつまでもお相手がいないのね」と、けらけら笑う。

 どうやら、喜代乃の英雄は昔から変わらないようだ。難解な叙事詩に書かれた一節、立場や身分よりも愛を選ぶ兄妹の姿は、まさに喜代乃たち女学生が憧れる真の自由恋愛なのだろう。この屋敷に来るまで、父と違って自由な世界で行きて来た忠信は、見合いで嫁いで行く良家の子女を哀れだと思う事もある。しかし、何年ものあいだ何事も変わらずに時が過ぎ、外の喧噪と切り離された屋敷で育った喜代乃では、銀座辺りで恋の駆け引き(ランデヴー)が出来るとは思えなかった。愛らしい少女は温室で高慢に育ってしまったが、箱入りは箱入りのまま、まわりの祝福を受けて幸せな結婚をするべきだと感じずにはいられない。忠信なりに喜代乃の幸福を願っているのだ。

 妹と契りを交わした兄は、大神の妻、正しい結婚を司る女神フリッカの怒りを買って悲劇の死を迎えた。かつて忠信のまわりには、自由恋愛に憧れるあまり職業婦人を気取って断髪したあげく、男性から一夜の慰み者とされた娘の話など、聞き飽きるほど溢れていたのだ。この先、不幸が訪れるのではと案じて様子を見れば、どうやら喜代乃の興味は既にワーグナーから離れていたようで、最近見た活動写真の感激を楽しそうに語っているところであった。

用語

日独戦争:1914年(大3)第一次世界大戦時、日本・イギリス連合軍によってドイツ帝国のアジア拠点・青島チンタオ要塞が(現・中国山東省)陥落。

市電:東京市を走っていた路面電車。昭和になってから地下鉄の誕生で姿を消す。

国電:国鉄の電車。汽車は含まれない。

肴町:市電の停車場。現・東京メトロ神楽坂駅あたり。


この小説にはオペラの歌詞が含まれています。

「小説家になろう」への投稿には著作権法に基づいた歌詞転載のガイドラインがありますが、作曲・作詞家の没後より120年以上が経ち、日本語に於ける初期の翻訳からも90年以上が経過しており、著作権法の適応対象外になると思われます。しかし、削除や修正の対象として問題が生じる場合は運営の方針に適宜対応して参ります。

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