四十五日目……手掛かりは記憶の中に Side:リマーラ
トントントントン――
トントントントントントン――
ヒュリを捜す手掛かり……荷物を探ってみるか……目撃者はどうだ……宿にいる人間で窓の外を見ていた奴はいないだろうか……。
「…………」
パチッ、パチパチッ。
暖炉で薪が音を立てて爆ぜる。
「………………」
どうやったら足跡を残さずに雪原を移動できる……木から木へと飛び移る……この辺りに木は少ない……それに人一人抱えて飛ぶのは無理……。
トントントントントントントントン――
「……無意識か?」
レヴァイアの声で、はっ、と我に返った。
「すまない、もう一度言ってもらえるだろうか」
「いや、訊くまでもなかったな。……それのことだ」
彼は口角を上げて視線を動かす。それを辿っていくと、机の上にある自分の右手があった。
どうやら私は、無意識に指で机を叩いていたらしい。
考えることに夢中になり過ぎた。レヴァイアに落ち着けと言われてから、まだ四半刻も経っていないというのに……。
「申し訳ない、私の悪い癖だ。不快な思いをさせた」
「いや、興味深く拝見させてもらった。それで? 何か考えは浮かんだか?」
「足跡を残さずにこの雪原から消える方法が分かれば、ヒュリを捜す手掛かりになると思ったのだが……駄目だ。お手上げだよ」
焦りと苛立ちを隠すように、右手をぐっと握りしめる。
棺に横たわる母の姿が頭に浮かぶ。無力を感じ、喪失を感じ、絶望を感じ、そして怒りを感じた。
また私の知らないところで私の大切な人が死ぬのか?
そんなことは絶対に嫌だ。何が何でも阻止してみせる。
だが、どうやって? 今の私はあまりに無力。
母の死の真相を知ることが出来たのだって、ヒュリの助けがあってこそ。私一人では到底無理だった。
恩人が行方不明だというのに、手掛かりさえ掴めない。槍を扱えても、それを振るう相手がいなければ何の意味もないのだ。
「……お前はヒュリがいつも首からペンダント下げているのを知っているか?」
レヴァイアがまた口を開いた。ペンダント? 突然何の話だ? 今それが関係あるか?
思わずかっとなりかけたが、彼の表情は真剣だった。
……冷静になれ、リマーラ。この状況で彼が関係ない話をしてくるはずがないだろう。
一度大きく息を吐いて、心を落ち着けるんだ。
「もちろん。寝るときも常につけているからな。自然と目に入る。それがどうかしたか」
「ペンダントの模様を見たことは?」
「ある。確か……翼、だったと思う」
いつだったか、ベッドの上でヒュリがペンダントを触っていた。装飾品に詳しくはないが、女性向けではないように感じたのを覚えている。だからきっと誰かから貰ったのだろうと思ったのだが……。
「ああそうだ。前にヒュリに訊いたことがあってな」
――そのペンダント、ずっとつけているな。男にでも貰ったか。
――え、これ? 何でそう思うの?
――女が自分で選ぶような形ではないだろう。女はもっと華奢で繊細なものを好む。
――それレヴァイアの経験に基づいた発言? まあ、貰ったってのは当たってるけどね。でもレヴァイアが思ってるような相手じゃないよ。
――そんなに大事そうにしているのにか?
――そんなに大事そうにしていても、よ。今は貴方たちといるから必要ないけど、これは私の生命線みたいなものだからね。無いと移動が……
――何?
――ああ、ううん、何でもない何でもない。さてと、そろそろ休憩は終わりにしましょうかねー。
「無いと移動が? それはどういう……?」
「さあな。そのときはそれで終わったし、それから訊くこともしなかった。今までそんな会話をしたことすら忘れていたくらいだ。だが、今さっきお前が雪原から痕跡を残さずに消える方法を考えていたと言っただろう。それで思い出した。……いいか、今から話すことは何の根拠もない。それどころか突拍子もないことで、俺の頭がおかしいと思うかもしれん」
「信じられないようなことは、ヒュリと一緒にいてすでに何度も体験している。今さら何を聞いても驚かない。時間が惜しい。レヴァイア殿、早く話してくれ」
立ち上がってレヴァイアに近づき、彼が座る隣のベッドに腰を下ろして向かい合う。
彼は、ふっ、と微笑んで、そうだったなと言った。
「俺の考えはこうだ。――ヒュリは翼竜に乗って移動した」
「翼竜!? いや、そんな、確かに翼竜であれば足跡が残っていないのも頷けるが……あれの生息地は大陸の南側だ。北側にいるとは思えない。それに翼竜を乗り物として訓練しているのはマーレ=ボルジエの騎士だけ……まさか彼らがヒュリを攫ったとでも!?」
「いやそうではない。俺はヒュリが翼竜を呼べるのではないかと考えたんだ。何かの事情でヒュリは翼竜を呼び寄せ、そこで何かが起こってあいつは連れ去られた。あいつ本人の意思という可能性もあるが、俺たちに何の相談もなくいきなり消えるというのは考え難い。……あのペンダントと会話だけが根拠の、仮説とすら言えない想像だがな」