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黒犬ツアーへようこそ  作者: 緋龍
始まりの国マーレ=ボルジエ
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二日目……皆でほっこり

「よし、じゃあ食べるか」


 ザンがそう言うと、待っていましたとばかりに三本の手が皿に伸びる。そうしてそれぞれが香ばしく焼けた菓子を手にすると、口々にいただきますと言って大きく口を開けた。


「美味しい! 『心躍る鐘』の焼き菓子が食べれるなんて夢みたいだ!」


 そう言いながらあっという間に一枚を食べ終え二枚目を手にするのは、ザンの次に年長のヴァルだ。

 歳は十三。短く切られた青みがかった銀の髪と緑色の瞳の持ち主で、利発そうな顔立ちをしている。事実、四人の中で一番勉強が好きらしい。


「ヴァル兄、一人だけ多く食べるのはなしだからな! 俺だってもっと食べたいんだから!」


 口の端に菓子のかけらを付けて喋るのは、十歳になったばかりのシビィ。明るい茶色の髪はヴァルと同じように短く、やや細い眼からは焦げ茶色の瞳がのぞいている。

 頭よりも身体を使う方が得意なのだと、自己紹介のときに自慢げに言っていた。ヴァルからそれは自慢することじゃないと突っ込まれても、だって本当のことだしと満面の笑顔だったことから、今後も身を入れて勉強する可能性は低そうだ。


「とってもおいしいね! ヒュリおねえちゃんありがとう!」


 両手で焼き菓子を持って少しずつ大事そうに食べるアイリー。八日後に七歳の誕生日を迎えるらしい。だからそれまでにどうしてもイリエラ先生に元気になってほしかったのだそうだ。

 ちなみに、“おねえちゃん”は彼女が自発的に言いだしたことで、私は一切強制していない。“おばさん”と呼ばれてもおかしくないのに、というか実際シビィには言われたのに、アイリーは“おねえちゃん”と呼んでくれる。

 うう、可愛いうえになんていい子なんだ。マイスィートエンジェルと呼……んだら間違いなく引かれるだろうから呼ばないけど。


「どういたしまして、アイリーちゃん。たくさんあるから慌てずにゆっくり食べてね」


 斜め前に座るアイリーに笑顔を向けてから焼き菓子を取り、小さく割って机の上にいるナナの前に置く。彼女はそれを前足でがしっと掴むと、カリカリカリカリと一心不乱に食べ始めた。

 ハムスターにこんなものをあげて大丈夫なんだろうかと思ったが、彼女は本来人間だし問題ないだろうと結論付けた。


「なあ……」


 二枚目を取りいったん口に入れかけたシビィが、手を止めて私を見る。


「ん、なあに、シビィ君」


「それ……何ていう生き物なんだ?」


 好奇心と若干の恐怖心が入り混じった眼をナナに向ける。


「ナナは、えっと、そうね……ね、鼠の変種、かな」


「アイリー、こんなねずみさんはじめて見たー。とってもかわいいね! ねえ、ヒュリおねえちゃん、なでなでしてもいい?」


「うーんと、いいわよ。でもそっと撫でてあげてね。乱暴に触ると噛む……ことはないけど、刺されるかもしれないから」


 ナナが頷くのを確認してから、アイリーに許可を出す。彼女は椅子を降りて私の傍にくると、少し躊躇ってから菓子を黙々と食べるナナの頭に手を伸ばした。   


「わあ、ふわふわしてる!」


 触り心地が良かったらしく、マイスウィートエンジェ……アイリーは、ぱっと顔をほころばせる。ううん、なんてラブリーなの。私も貴女をなでなでしたいわ。

 

「見た目は可愛くても、中身は狂暴すぎるだろ。っていうか、そもそもなんで鼠が針なんか持ってるんだよ」


 水が入ってる木製のコップを机に置いたザンが、恨めしそうにナナを見る。

 もっともな疑問だが、さて……。

 まあ考えるまでもなく、答えは決まっているのだが。


「私の護衛兼仲間兼友達だから。以上、説明終わり。以後、彼女に関する質問は一切受け付けませーん」


「はあ、何だそれ?」


「何だと言われても言った通りよ。もう一つ付け加えるなら、彼女は彼女だということね。ザン君がザン君であるように」


「ますます意味わかんねえ」


「今は分からなくてもいつか分かるわよ……多分ね」


 ごまかしてごめん、と心の中で謝る。

 私たちは違う世界から来て、貴方たちは私の作った世界の住人なのだと、そう言ったところで信じては貰えないだろう。それに、真実を伝えることがこの子たちの将来にプラスになるとも思えない。

 確かに私が作った世界、でも間違いなく彼らはここで息をして生活しているのだから。


「ヒュリおねえちゃん、アイリー、ナナちゃんが欲しい。だめ?」


 少し気まずい雰囲気になりそうだったのを察したわけではないのだろうが、話しかけながらナナを撫で続けていたアイリーが絶妙なタイミングで口を開いた。


「えっと、それは無理なのよ。私とナナには行かなきゃいけないところがあるから」


 私がそう言うとアイリーはしょんぼりした表情になる。

 いいよと頷いてあげられたらいいんだけど、そんなことをすればナナに刺されるのは確実で。ここは、心を鬼にしてきっぱりと断らなければ。いや、鬼にするまでもなく断らなければならないのだが。 


「アイリー、わがままを言ったら駄目だっていつも先生に言われ――」


 焼き菓子に夢中だったヴァルが、年長者らしくアイリーをたしなめようとしたそのとき、ふいに玄関の扉が開く音がした。



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