四十二日目……やっとクルディアの王都に着きました
私が感じた視線をきっかけに、私たちはより周囲を警戒して進むようになった。
だけど、それから何かが起こることはなかった。
順調に馬を走らせ、アディシェを出て五日後に、クルディアの王都エクタヴァナに辿り着いた。
あれは何だったのだろう。得体の知れない何かに翻弄されている気がしてならない。
「とはいえ、答えを得られる気もしないんだけどね。はぁ」
中央大通りを馬でゆっくり進みながら溜息を吐く。
王都入り口の検問は、アディシェの副隊長が書いてくれた書面であっさりと通ることが出来た。遠路ご苦労だったなと、兵士からねぎらいの言葉までもらってしまった。
あの副隊長には感謝してもしきれない。
「幻想的というか、美しい都だな」
「うん。この焦げ茶色の家と白い雪がすごく合ってるよね」
煉瓦の家に降り積もる雪。おとぎの世界に入り込んだみたいで、ちょっとワクワクする。
通りを歩く人で厚着をしている人はほとんどいない。ここに限ったことではなく、クルディアの人は皆寒さに強いのだ。
寒さに強くない私からすれば、羨ましい限りである。
「それで、どこに行けばディーという男に会えるのだ?」
興味なさげに王都の様子を眺めていたレヴァイアが訊いてくる。私は答えに悩んだ。
ディーは王城にいる。だけど、突然行って「あの私たち将軍に会いに来たんです。会わせてもらえますか?」と言えるわけもない。下手したら牢屋行きだし、そもそも城の一番外側の門すらくぐれない気がする。
じゃあどうするか。
考えたけれど、無難な答えしか思い浮かばなかった。すなわち、情報を集める。
「……とりあえず宿かな。お城に近くて、兵士が出入りする酒場があるところ」
「酒場にディーがいるのか?」
「そうじゃないけど、情報収集しないと駄目だからね」
「居場所を知っているのではないのか」
「知ってると言えば知ってるけど……色々あるのよ、フクザツなジジョ―ってやつが。とにかく、宿を探すわよ」
「分かった」
「……ああ」
レヴァイアの信頼度が2下がった。……頭の中にそんな台詞が浮かび上がった。
一時間くらい馬を歩かせたころ、条件に合う宿屋を見つけることが出来た。
『銀の憧憬』。五階建てで、窓から城が見えるのが売りらしい。ただし周囲の建物が邪魔で、三階以上の部屋からしか見えない。
私は二階に部屋を取った。理由は料金が安いから。まだ余裕はあるけれど、景観に払うお金はない。城が見たければ外に出ればいい。わざわざ余分に払う必要なんてない。
部屋でリマーラとレヴァイアにそう言うと、感心の眼差しを向けられた。さっき下がった信頼は回復したようだ。
「まだ夜には早いから、少ししたら下で夕ご飯食べて、それから酒場に行きましょうか」
暖炉の前に座って、宿の人が用意してくれたお茶を飲む。何の葉っぱか分からないけれど、ほっとする味だ。
「ディーの情報を集めるのだな?」
リマーラは雪で濡れた長い黒髪を櫛で梳かしている。絵になる光景だと、王都に来る前に泊まった宿で本人に言ったら、変な顔をされた。無自覚にもほどがあると思う。
「そうそう、って肝心なことを忘れてた。あのね、これは内緒にしてほしいんだけど、ディーはこの国の、クルディアの将軍なの。バルディオ・ヴェルクというのが彼の本名よ」
「何だと!」
椅子に座って剣の手入れをしていたレヴァイアが、勢いよく立ち上がる。剣の切っ先が私の方に向けられて、驚いてお茶をこぼしそうになった。
「ちょっ、レヴァイア、声が大きいって! ってか危ないし!」
「す、すまん」
レヴァイアは椅子に座りなおし、剣をテーブルに置く。その顔に浮かぶのは、反省と怒り。
「どうされた、レヴァイア殿」
「何でもない。ヒュリ、続きを」
「話してよ。私たちもう結構深い仲でしょ?」
「きゅきゅきゅきゅ?」
膝の上で丸まっていたナナが、ぴょこんと顔を上げた。寝ているのかと思っていたが、起きていたようだ。それは意味が違わない? と突っ込みを入れてくれたらしい。
確かに違う意味に取れなくもない。
「ごめん、今のは誤解を招く発言だった。言い直すわ。私たち、浅からぬ縁でしょ?」
「何度も背中を預けあった仲でもあるな」
リマーラも私の言葉に乗っかって援護してくれる。
二人相手じゃ敵わないと思ったのか、レヴァイアは深く息を吐いた後で、分かったと言った。
「大した理由ではない。ちゃんと話したことはなかったが、俺の娘は貴族に殺された。無能な、生きている価値もないようなクズに……そいつの持つ権力に逆らったがゆえに」
「そう、だったのか」
「だから、俺は権力を持つ人間が心底嫌いなんだ。ディーが将軍だと聞いて、ついかっとなってしまった。将軍は権力を振りかざすことが出来るだろう?」
「まあそうね。でも、ディーはそんな人間じゃないわ。と言っても説得力ないかもしれないから、直接本人に会って判断するといいよ。そのためには、将軍と会う方法を見つけなきゃいけないんだけど」
「なるほど、それで兵士のいる酒場に行きたがったのか」
納得するリマーラに私は肩を竦める。
「他に思いつかなくて」
「…………いや、あるぞ」
レヴァイアが何かを思いついたらしい。しかし、その顔に浮かんだ表情を見る限り、全くいい予感はしなかった。