二日目……爆弾発言少年現る
「本当にすみませんでした」
「……すみませんでした」
私とザンは最後にもう一度頭を下げて薬屋を出た。店主の壮年の女性の「またどうぞ」という、ぶっきらぼうな声が後ろから聞こえてくる。
客に対して愛想がなさすぎるが、最初に比べれば随分と態度が軟化したと思う。なにせ、ザンを連れて店に入った途端、大声で兵士を呼ばれそうになったのだから。
ザンと一緒に十五分は謝っただろうか。謝り過ぎて最後の方には、私は何で謝っているのだろう? などと考えてしまった。
店主のおばさんの声が大きいせいで、店の前に人だかりができたのも困った。見世物じゃないっての! と、何度言いそうになったか。
しかしあのおばさん、迷惑料と言って薬の代金に色を付けて渡したら、ころっと態度を変えたな。まったく、いい性格してるわ。
「……いくら払ったんだ?」
満月のように丸かった薬屋の店主の顔を思い出していると、隣を歩くザンがぼそりと訊いてきた。
「ん、何が?」
「グクイ草の粉末の代金だよ。あのババアを黙らせるために余計に払ったんだろ」
「こらこら、おばさんと言ってあげようね。いいの、気にしないで。ずっと泥棒扱いされたくないものね。お金を受け取った以上、今後ザン君に何か言うこともないでしょ」
胸を張って威張れる方法ではないが、お金で解決した方がいいときもある、と私は思う。もちろん違うやり方はいくらでもあるのだろうが。
「……払うよ、その金。今はないけど……」
敵意ではなく反省の色を瞳に宿してザンが言う。どうやら心の底から私に悪いと思っているみたいだ。感心、感心。でも、お金を返してもらうつもりはないんだけどね。
「必要ないわ、私が勝手にやったことだから。あ、でも、じゃあいくつかお礼をしてもらおうかな」
ポンと手を叩いてザンを見る。彼は薬を盗んで逃げるとき、入り組んだ道を走り抜けていたから、きっとユーシュカーリアに詳しいはずだ。
「何だ? 夜の相手なら――」
「こらこらこらこら、いきなり何とんでも発言しちゃってるの!? そんなこと私が言うわけないでしょうが! っていうか、君まだ子供でしょ!?」
通りの真ん中で大声を出す女を、道行く人が白い眼で見ながら通り過ぎていく。
それはそうだろう、逆の立場なら私だって白い眼を向ける。だが、私は声を大にして言いたい。悪いのは私ではなく、私の隣にいる少年だと。
「相手が欲しいなら人気の店があるぜって言おうとしたんだけど。俺がいいなら相手してやってもいいぜ、もう十六になったしな」
頭の後ろで手を組んでにやりと笑うザン。うん、完全に調子に乗ってるな。ついさっきまでの反省はどうした。そして何故上から目線なんだ。ものすごく腹が立つ。
よりどりみどりではないけど不自由もしてないっての! ……多分。
「十六はまだ子供です! それに、私はそんな店に行くつもりはまったく、これっぽちも、微塵もないっ!」
「……ちぇ、残念」
残念!? いま残念って言った、この子!? ……はぁ、ここは喜ぶべきなのか怒るべきなのか。
やっぱりどう考えても怒るのが正解だよね。
「で、俺は何をすればいいわけ?」
「……王都で一番美味しいお菓子屋に連れてって」
微塵も悪びれた様子がないザンに怒る気力もなくなった私は、額に手を当てて深々と溜息を吐きながらそう言った。
*
「ここが俺たちの家だ」
ザンに案内されてやってきたのは、ナナが彼を追い詰めたところのすぐ近く、二階建てのこぢんまりとしたペンションのような建物だった。建物を囲う塀には『リーグエ孤児院』とかろうじて読める表札。かなり年数が経っているようで、白い外壁にはいくつもひびが入っている。
予想通りと言うべきか、両開きの玄関扉を開けるとギイィィィと軋んだ音がした。それが合図だったかのようにコの字型の廊下の奥からパタパタと足音が聞こえてくる。すぐに先ほど会った少女が姿を現した。
「ザン兄ちゃんおかえりなさい! なんだかあまいにおいがする!」
「ただいまアイリー。先生の様子はどうだ?」
少女の頭に手を置いてザンが訊ねる。
ふむふむ、この子はアイリーというのか。
肩より少し長い黒髪にくりっとした青い眼。最初見たときから思っていたけど、可愛い。可愛すぎる。ぎゅっと抱きしめて撫で撫でしたいなー。
「おくすりのんだら寝ちゃった。あのねあのね、アイリー、せんせいにお水のませてあげたの」
嬉しそうに笑うアイリー。
やばい、なにこの可愛さ。可愛い少女のことをよくお人形さんみたいって言ったりするけど、人形より断然アイリーの方が可愛いわ。もうこの子より可愛い子なんていないんじゃない?
私が顔を緩ませまくってアイリーを見ていると、腕に抱いていたナナが後ろ足で立って自分の頬に手を当てた。そのまま首をこくりと傾け、私を見上げてくる。
…………はっ、もしかして私も可愛いとアピールしている!? ……いや、うん、確かにナナは可愛いよ。でも可愛さの種類が違うんだよね。アイリーと張り合うのはどうかと思うよ。という思いを込めて、私はナナにだけ届く声でごめんと謝った。
ちゃんと伝わったかは不明だが、ナナはポーズを取るのを止めた。
「そっか、偉いぞ。じゃあヴァルとシビィを呼んできてくれるか。いいものを買ってきたんだ」
「うん、わかった」
大きく頷いたアイリーは、ぱたぱたと廊下を走っていく。
「買ったのは私だけどね」
「細かいことはいいだろ」
「はいはい」
肩を竦めて溜息を吐きながら、私は孤児院に足を踏み入れた。