三十五日目……小さな決意
「うう、さむさむっ。早く宿に行きましょう、寒くて風邪ひきそうだわ」
外套の前をかっちり合わせ、足踏みをして身体を動かす。冷たい風が吹きつける外でじっとしていると、すぐに体温が奪われて身体が凍ってしまいそうだ。
リュネーはクルディアの中でもまだ暖かい方だったりする。雪降る王都までの道のり、耐えられるだろうか……。しばらくすれば身体がなれると、信じるしかない。
「『白と太陽』だったか。行ってみるとしよう」
「ああ」
「きゅきゅー」
馬を引き連れ教えられた道を歩く。通りを歩く町の人の反応は、好意的なものとそうでないものが半々といったところだ。国境近くの町だから、他国の人間に寛容な人も多いのだろう。死屍の森があるせいで、リュネーは隣国イシュアヌとの交流がなければ、厳しい生活を余儀なくされる。ここの人たちはそれをよく分かっている。
内心どう思っているかは知らないが……。
さっき手配依頼所のおじさんも言っていたけれど、クルディアは他国の人間を嫌う。いや、嫌うというより見下していると言った方が正しい。
この国の人は、自分たちが神に選ばれた民だと信じている。大地が凍り、雪に覆われようとも信じている。自分たちこそが選ばれし者だと。
だから、選ばれた自分たちが住む選ばれた国に、他の国の人間が入ることを拒む。
「まあ、その意識も徐々に変わっていくはずだけどね」
雷華がこの国の未来を変える。凍りついた大地に、人の心に、灯りを点す。
「何か言ったか?」
「ううん、何も」
訊いてきたリマーラに首を振る。
全てではないけれど、私はこれから起こることを知っている。もしそれを二人に告げたら、彼らは何と言うだろうか。
あり得ない、嘘を吐くなと怒るだろうか。
そうなのかと信じてくれるだろうか。
今のところ誰にも告げるつもりはないけれど、万が一その機会が訪れたなら、信じてくれるといいな、と前を歩く二人を見ながら、そう思った。……そう願った。
「ここのようだな」
赤茶色の建物の前でレヴァイアが足を止めた。見ると外壁に『白と太陽』と書かれた木のプレートが張り付けられている。手配依頼所のおじさんが言っていた宿だ。
「裏に馬小屋があるな。預けてくるから先に入っていろ」
「はいはーい、お願いねー」
「よろしく頼む」
ケーバとシアを連れて宿の裏に向かうレヴァイアに手を振り、扉を開ける。手配依頼所と同じで宿の中もしっかり暖が効いていて、私は、ふぅ、と息を吐いた。
受付には誰もいなかったので置いてある呼び出し用の鈴を鳴らすと、奥から恰幅の良い妙齢の女性が出てきた。
二人部屋と一人部屋を一つずつ頼む。手配依頼所のおじさんに聞いて来たと言うと、タダで夕食をつけてくれた。
レヴァイアを待って階段を上がり、部屋の前で別れる。隣同士だったので、荷物を置いて外套を脱いだレヴァイアは、すぐに私たちの部屋にやってきた。
「それで……一応の手掛かりは得られたが、どうする?」
備え付けの簡素な椅子に腰を下ろしたレヴァイアが、槍の状態を確認しているリマーラに視線を向ける。
リマーラは槍を壁に立てかけると、少し困った顔をしてレヴァイアを見た。
「レヴァイア殿は、ディーという賞金稼ぎの居場所に心当たりないだろうか」
「すまないが、知らん。噂は何度か耳にしたことがあるが、会ったことは一度もないしな」
「そうか、少し期待していたのだが……。では地道に捜すしかないな」
肩を竦めてもう一度すまないと言うレヴァイアに、リマーラは気にしないでくれと笑い、彼の向かいの席に座る。
そんな二人のやりとりを横目に、私はベッドの隅でどうしようか迷っていた。
ディーの居場所なら分かる。何故なら、雷華を誘拐した本人だから。彼女を連れて王都に向かっている一団のボスだから。
いや、ボスというとなんだか悪者のように聞こえるから訂正した方がいいか。
賞金稼ぎディー。彼の本当の名はバルディオ・ヴェルク。このクルディア国に仕える将軍の一人だ。
彼は女王の密命で、女王と敵対する王姉派から雷華を護るために彼女を誘拐し、王都に連れて行こうとしている。
ディーの居場所を知っていると、リマーラに告げるべきだろうか。それとも知らない振りをするべきだろうか。
「きゅ?」
膝の上で針を磨いていたナナが、どうかしたのかとつぶらな瞳で見上げてくる。
「まったく、困ったとしか言いようがないわね。こんなことで悩む羽目になるなんて」
よしよしとナナの頭を撫でて彼女をベッドの上に移動させ、私は立ち上がって二人に近づいた。
本当のことは言えない、でも嘘もつきたくない。
「どうした、ヒュリ?」
だから、言えることだけを言う。リマーラが信じてくれると信じて。
「あのね……私ディーがどこにいるか知ってるよ」