二日目……私は鬼じゃない
「ザン兄をいじめるな!」
「あっち行けよ、おばさん!」
「ザン兄ちゃんにいじわるしないで!」
私とザンの間に入ってきた三人の子供。十歳前後の少年とそれより少し下の少年、さらに小さな少女が小さな手を懸命に伸ばして通せんぼをしている。
どうやらザンの知り合いらしい。私が彼をいじめてると思って助けに来たといったところか。
ふぅん、ザンは慕われてるんだねえ……って、おばさん!? ……はぁ、小さな子供からしたらそう見えるのかな。まだ三十なんだけど……。いや、三十はおばさんと呼ばれてもおかしくないのか? ……ちょっと落ち込むわ。
「お前らあっち行ってろ!」
「嫌だ!」
年長の少年はぶるぶると首を振って、こちらをきっ、と睨みつけてくる。その明るい茶色の瞳には明らかに怯えの色が浮かんでいるのに、なんともまあ勇ましいことで。
「えっと、誤解しているみたいだけど、私は彼と話してただけでいじめてたわけじゃないよ」
「嘘をつくな! ザン兄怪我してるじゃないか!」
まあ、確かに。
「かすり傷よ、かすり傷。そもそも、物を盗んだザン君を追って私たちはここまで来たのよ。私が悪者なら彼も悪者ってことになるんじゃない?」
彼をキズモノにしたのは私じゃないけど、と心の中で呟く。ちらりとナナを見ると、彼女は素知らぬ顔で地面に生えている花の匂いを嗅いでいた。
やれやれ、正義の味方は休息に忙しいらしい。まあ、彼女に説明させるのは無理だから構わないのだが。
「ザン兄ちゃん、もしかしてせんせいの……?」
少女が振り返ってザンを見る。
先生、か。どうやらザンが物を盗んだのには何か理由があるらしい。やれやれ、さっさと兵士に突き出そうと思っていたのだが。仕方ない、彼の言い分を聞いてみるとしよう。
「私も鬼じゃないしね。で? ザン君は一体何を盗ったの?」
「うるせえな、お前には関係ないだろ!」
警戒を解くつもりはないらしい。まるで手負いの動物のようだ。いつもこんな感じなのだろうか。相手に牙を向けることで己を守っているのか。子供たちからは慕われているようだが……。
「あらそう、言わないのなら今すぐ兵士のところに連れて行くけど?」
そう言うと、ザンは奥歯を噛みしめて顔を真っ赤にした。
「うっ…………ちっ、わかったよ、言えばいいんだろ言えば! グクイ草の粉末! これでいいか!」
「グクイ草の粉末ね……それって何に使うの?」
「はあ? 決まってるだろ、高熱を下げるために使うんだ。他に何に使うってんだよ」
心底馬鹿にした顔でザンが私を見る。少年少女も同じような表情だ。
くっ、腹立つ。
「そ、そうよね、解熱に使うんだった。えっと、じゃあその、先生? が熱を出してるのね?」
「もう三日も熱が下がらないんだ」
「このままじゃイリエラせんせい死んじゃう!」
「先生を助けるためにザン兄は……。グクイ草の粉末は高くてぼくたちじゃ買えないから。おばさん! ぼくが一緒に兵士のところに行く! だからザン兄を見逃して!」
一番年長の少年が拳を握りしめて私に訴えてくる。必死で力強くて、それでいて純粋な瞳。それを見れば分かる。ザンとイリエラという人のことが、この少年は大好きなのだと。
視線を感じて下を見ると、花と戯れていたはずのナナがじっとこちらを見ていた。つぶらな瞳が訴えかけてくる。助けてやらないのかと。
私は、笑顔で頷いてみせた。
「おいヴァル! 勝手なこと言ってんじゃねえ!」
「だって――」
言い合いを始めようとするザンたちを、手を叩いて注目させる。
「はいはいはい、落ち着いて。つまりこうゆうことね。イリエラさんという人が熱を出して倒れた。それで薬が欲しいけどお金がなくて買えない。だから盗むことにした。どう、合ってる?」
「……ああ」
「人を助けるためとはいえ、盗みをはたらくのはいけないことだっていうのは分かってるよね?」
「……ああ」
「よろしい。じゃあ、ザン君行こうか」
「行くってどこにだよ。詰め所か?」
ザンがそう言った途端、少年少女が喚きだす。ああもう、賑やかでうるさいなあ。
「君たち落ち着いて、兵士の詰め所には行かないから」
「じゃあどこにいくの?」
「ザン君が薬を盗んだお店。あ、騒がないで話を最後まで聞いてね。盗んだお店に行ってザン君は薬を返して謝る。それで今度は私がその薬、グクイ草の粉末? を買ってザン君に渡す。ザン君は薬をイリエラさんに飲ます。これでどう?」
私が言い終えるとザンたちは何とも言えない表情で顔を見合わせた。
「くれるっていうのか、銀貨一枚もする薬を?」
信じられないという顔でザンが私を見る。
銀貨一枚……一万円か。確かに子供が簡単に用意できる額ではないが、手が出ないほどでもない。大人に頼めば買えるだろう。ただの解熱剤なのに高額すぎるという気はするが。
大人に頼るでもなく自分たちで解決しようとしている子供。もしかするとこの子たちは……。
「そうよ。君を止めるためとはいえ怪我させたのは事実だしね。そのお詫びってことで。ただし、一つ条件があるわ」
「何だよ」
「盗みはもうしないって約束して。みんなもよ、兵士に捕まるようなことはしないと約束してちょうだい。そうしたら薬をあげる」
にこりと笑って四人を見渡す。少年少女はしばらくの間お互いを見合っていたが、やがて私を見ると、口をそろえて「約束する!」と言った。