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黒犬ツアーへようこそ  作者: 緋龍
思いが交差する国クルディア
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三十三日目……夜の来訪者

 陽が落ちて夜になるまで私たちはケーバに乗って走り続けた。

 これ以上は危険だとリマーラが言い出したところで偶然にも小屋を見つけたので、ありがたく使わせてもらうことにした。

 私たちが小屋に入るのを待っていたかのように、雨が降り出した。

 古ぼけた小屋の中、暖炉の火が爆ぜる音が響く。


「ねえリマーラ」


 私は膝の上で丸くなって眠っているナナを撫でながら口を開いた。


「何だ?」


「もし……もし貴女のお母さんの死の原因が事故ではなかったとしたら……貴女はどうするの?」


 昼間に話を聞いてからずっと気になっていた。

 ヨクルチァが誰かに殺されていたのだとしたら、その誰かにリマーラは復讐するのだろうか。

 さあぁぁぁ、と雨の音が聞こえる。


「聞いてどうする?」


「どうもしないわ。ただ知りたいだけ」


 私がそう言うと、リマーラはふっ、と短く笑みをこぼした。


「やはりヒュリは相当の変わり者だな。普通は復讐するなら止めろと言うぞ」


「そうでしょうね。別に私だって復讐という行為を支持してるわけじゃない。争いは嫌いだから。でも、もし私の大事な人が誰かに殺されたら……憎しみの感情が湧き上がらないとは言い切れない。殺した人を殺したいと思うかもしれない。許すことが出来たらいいけれど、そんなに私の心は広くないもの。だから、貴女が復讐するというのなら、私は止めないし応援もしない。――それで、どうするの?」


 雨の音と火の音が混じり合って音楽のように聞こえる。

 復讐という穏やかでない話をしているというのに、私はこの埃漂う小屋の中で平穏を感じていた。


「……分からない。母の死の真相が知りたいと村を出てきたが、今の私には怒りも哀しみもないのだ。実感が湧いていないと言った方が正しいかもしれない。もちろん、母がもうこの世にいないということは理解しているのだが。……親の死を哀しめないとは、私は少しおかしいのかもしれないな」


 今度は自嘲気味に笑うリマーラに、私は首を振る。


「そんなことない、きっと全てを知ったら感情が湧いてくるはずよ。それが怒りであれ哀しみであれ、貴女は何かを思うはず」


「……ありがとう、ヒュリ」 


「やめてよ、礼を言われることなんて何もしてないわ。さあ、もう寝ないとね。明日も――」


「しっ」


 面と向かって礼を言われた気恥ずかしさを隠そうと、ナナを膝から移動させて横になろうとした私をリマーラが制した。彼女の茶色の瞳には警戒の色が浮かんでいる。


「どうしたの?」


「誰か外にいる。私の後ろに」


「わ、わかった」


 戸口の前で槍を構えるリマーラの邪魔にならないよう、全く起きる気配のないナナを抱えて壁際まで下がる。

 こんな夜更けにこんなところにいる人間……。私たち同様、リュネーに向かう途中の旅人か商人が、雨宿りできる寝床を探してこの小屋を見つけたのなら何の問題もない。一緒に一夜を過ごせばいいだけだ。

 問題はそうでなかった場合だ。もし外にいるのが友好的な存在でなかったら……。


「大人数の野盗とかだったら、リマーラでも危ないんじゃ……」


 ごくり。唾をのむ音がやけに大きく感じた。

 ドンドンドン、ドンドンドン。

 扉が叩かれ、全身に緊張が走る。


「何用か。この場は我らの所有する物ではないが、我らの身の安全のため問わせていただく」


「警戒するのは当然のこと。俺は――」


 リマーラの問いに扉の向こうから答えが返ってくる。その声に、おや、となった。この声には聞き覚えがある。

 だが、もし彼だとして、何故こんなところに?


「俺は旅人だ。リュネーに向かう途中雨に遭い、しのげる場所を探してここに辿り着いた。夜が明けるまで小屋を使わせていただきたい」

 

 リマーラが振り返って、声には出さずにどうすると訊いてくる。私は開けていいという意味を込めて頷くと、彼女は頷きを返し、また前を向いた。

 

「今から扉を開ける。おかしな真似をすれば、後悔ではすまなくなること、忠告させていただく」


「了承した」


 槍を床に置いたリマーラが、い棒を外し扉を開ける。降りしきる雨の中、佇んでいたのは外套のフードを目深に被った男。

 男はゆっくりと中に入ってくると、視線を巡らし……私で止めた。


「お前は!」


「待て!」

 

 私に近づこうとした男を、リマーラが肩を掴んで止める。どれほどの力を篭めたのか、男の足元で床がみしりと音を立てた。


「今しがたの忠告、もう忘れたか」


 リマーラの声は低く、殺気も含まれているような気がして、私は慌てて止めに入った。


「リ、リマーラ、その人は敵じゃないから……そうでしょ?」


 確かめるように男に問いかける。顔が見えないせいで確信が持てないが、多分間違っていないはず。

 彼の外套の裾から、ぽたりぽたりと水滴が落ちて床に染み込んでいく。


「……ああ」


 男は頷いて、ゆっくりとフードを取った。

 黄金の髪に蒼い瞳。周囲の者を無意識に緊張させる怜悧な顔。

 ああ、やっぱり彼だった。


「久しぶりね……レヴァイア」


「覚えていたか」


 

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