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黒犬ツアーへようこそ  作者: 緋龍
二度目のイシュアヌ国で出会う
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二十七日目……彼女と串焼きと私

「そこまで! 勝者、マクスナー!」


 うおぉぉぉぉおおぉぉぉっ!

 勝敗が決するたびに歓声と怒声が沸き起こる。試合に負けた当人以上に喜んだり悔しがっている人もちらほら。

 それには理由があって、観衆は誰が優勝するかを予想してそこにお金を投じているんだよね。簡単に言えば賭けをしているってこと。


「うーん、賭けをするのはいいんだけど、うるさいったらないわ」


 一喜一憂が激し過ぎて鼓膜が破れそうだ。純粋に応援している人なんかいるんだろうか。

 前にいる職人風の恰好をしたおじさんなんか、額に浮き出た血管がパーンとハジけそうなほど顔を赤くして今の試合を応援していたのに、終わった途端に今度は全身の血を抜き取られた死人みたいに顔を青くしている。おそらく財産がパーンとハジけたのだろう。

 私には何もしてあげられることがないので、心の中で合掌だけしておいた。おじさん、賭けるのはほどほどにしようね。


「次、ロンバルトン対……リマーラ! 両者、前へ」


 歓声のなか現れたのは、黒光りする胸当てをした筋骨隆々の男と、さっき見かけた黒髪の美女。

 

「彼女、リマーラっていうんだ」


 バカでかい曲刀を手に、自信たっぷりにニヤついている男を前に、彼女は全く動じることなく、自分の身長とほぼ同じ長さの槍を地面と垂直に持ったまま静かに立っている。


「双方、構え」


 審判の一言で会場が静まり返る。これで六試合目だけど、どの試合のときもそう。常に何かを叫んでいる観衆も、試合開始前の数秒間だけは揃えて口を噤む。きっと、この独特の緊張感がそうさせるのだろう。


「この勝負、もらったな」


 ムキムキ男がそう呟いたのが、唇の動きで何となく分かった。言葉は合っていないかもしれないけど、あの男がリマーラを簡単に倒せると思っているのは確かだ。


「違う……彼女が勝つわ」


 直感的にそう思った。でも不思議と確信が持てた。


「始めっ!」


 開始の合図の直後、曲刀を振りかざして斬りかかったムキムキ男は、脇腹を槍の柄で強打されよろめき、さらに跳躍したリマーラに真上から背中を石突きで突かれて膝をついた。

 私が瞬きを一回する間のことだった。

 

「……そっ、そこまで! 勝者、リマーラ!」


 審判が上擦った声で試合終了を告げる。一瞬の後、会場は今日一番の歓声に包まれた。

 皆が信じられないといった顔をしている。負けた本人も呆然としたまま動けないでいる。ムキムキ男に賭けていたと思われる人たちですら、悔しさよりも驚きの方が勝っているように見えた。


「やっぱりね……ん?」


 自然と口をついて出たが、どうして私は“やっぱり”なんて思ったのだろう。彼女を見るのはこれが初めてで、どこの誰かも知らないのに。

 そんなことを考えている間に、彼女は参加者たちに紛れてしまい姿が見えなくなった。


「あんな目立つ美人さん、一度見たら忘れないわよね。うーん、気になるわー」


「きゅきゅっ」


「次、ターナー対――」


 試合は順調に行われ、全十六組の勝敗が決まっていった。


「第二回戦は明日、昼三の刻より始める! 出場者は四半刻前には集まるように。遅れた者は失格とする。以上だ」


 主催者の言葉とともに観衆が散らばっていく。

 もうすっかり夕暮れ時だ。最後まで観るつもりはなかったんだけどなー。まあ、見ごたえ十分だったからいいんだけど。

 キョロキョロと人の少なくなった広場を見回す。話してみたかったのだが、リマーラの姿は、ない。

 彼女と何の話がしたいのかは自分でもよく分かってないのだけど……。


「仕方ない、また明日観にこよう。特に予定もないしいいよね、ナナ?」


「きゅっ!」


 何度も頷くナナ。どうやら戦っている人たちを見て、彼女の中の闘魂的な何かがたぎっているらしい。暴走してその辺の小動物に勝負をふっかけに行かなきゃいいけど……心配だわ。


「はいはい、燃えてるとこ悪いんだけど宿に帰るわよ。今日のメニューは一番人気の串焼きって、出るとき女将さんが言ってたから早く帰らないとなくなっちゃうかも」


「きゅ!? きゅきゅっ! きゅきゅきゅきゅきゅー!」


 串焼き!? 何でそれを早く言わないの! 今すぐ帰るわよ、ほら全速力!

 多分こんな感じで合ってると思う。串焼きという言葉を聞いた瞬間、ナナの頭の中が闘魂一色から食欲一色にチェンジされたのが、ものすごくよく分かった。

 その証拠に、何故か宿まで走り続ける羽目になった。私は辻馬車を拾いたかったのに……。

 おかげで串焼きにはありつけたけど、クタクタで味がよく分からなかった。ナナは一心不乱に串に刺さった肉を齧り続けていた。

 その姿を見ながら、私が彼女を串焼きにしてもいいよねと思ったのは、言うまでもない。

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