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黒犬ツアーへようこそ  作者: 緋龍
始まりの国マーレ=ボルジエ
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二日目……正義の味方……?

「いたたたた……す、すみません前を見ていなかったもので」


 額をさすりながらぶつかった相手を見ようと顔を上げる。と、そこに女性の叫び声が響いた。


「そいつ泥棒よっ! 誰か捕まえて!」


「え?」


「くそっ!」


 ぶつかった相手は私のことなど見向きもせずに人ごみの中を駆け出した。すぐにいたっ、何なのよ、という苛立った声がいくつも聞こえてくる。 


「少年に見えたけど、泥棒?」


 一瞬しか顔は見えなかったが、十五、六の男の子だった。何を盗んだのだろうかと叫んだ女性がいる方に顔を向ける。が、その前にナナが腕からするりと飛び出した。


「きゅ!」


「ナナ!?」


 たたっ、と少年を追うナナ。彼女の小さすぎる姿はあっという間に人ごみで見えなくなってしまう。


「ま、待って!」


 こんなところではぐれたら二度と再会出来ないかもしれない。私は慌てて走り出した。

 おしくらまんじゅう状態の聖堂周辺からはずれているとはいえ、ここは王都。どこの通りも人通りが激しいことこの上ない。少年と同じように道行く人にぶつかりながら、前方から聞こえてくる怒声を頼りに見知らぬ土地を走り続けた。


「はぁっはぁっ、ど、どっちに行った?」


 両ひざに手を置き、荒い呼吸を繰り返す。

 追いかけるうち何度も角を曲がり、いつのまにか入り組んだ路地に入っていた。背の高い灰色の壁にぶち当たり、左右には細い道。耳を澄ませてみても、怒鳴り声は聞こえない。


「ナナー、どこにいるのー? っていうか、私はどこにいるのー?」


 後ろを振り返っても見えるのは細い道とその両脇に並ぶ家々だけで、商店の並ぶ通りが近くにありそうな気配は全くない。ときおり人が前を通り過ぎていくが、一様に怪訝けげんな顔で私を見てきた。

 周りの景色から察するに、ここは王都で暮らす人たちの居住エリアなのだろう。王都の外から来た人間が用もなく来るところではないのだ。


「誰かに訊けば大通りまで戻れるだろうけど、その前にナナを見つけないと」


 やれやれ、一体彼女はどこにいってしまったのだろうか。おそらく悪漢を成敗する勇者になったつもりで少年を追っていったのだと思うが、もし追いついたとしてその先はどうするのだろう。まさか本当にやっつけてしまうなんてことは……。

 倒れた少年の上で剣ならぬ針を掲げポーズを決めるナナの姿を想像し、あり得なくもないかもと思ってしまった。


「いやいやいやいや、流石にそんなことには――」


「いってぇっ! な、なんなんだこい、ってぇ!」


 右側から聞こえてきた少年と思しき声に、はっと顔を上げてそちらを見る。道の先にはまた曲がり角が左右にある。左に一つ、右に二つ。どこだ、どこから聞こえた?


「いい加減にし、いてっ!」


「左っ!」


 注意して耳を澄ましていたおかげで分かった。声の主は正面の高い壁が途切れる曲がり角の先にいる。 

 私は急いで向かった。


「ナナっ、いるの!?」


 ざざざっと足を滑らせながら角を曲がる。誰もいない。だが、すぐ近くにいるのは間違いない。

 突き当たりにまた分かれ道がある。そのどちらかだろうと思い、私はとりあえず右に行こうとした。


「わあぁっ!」


「うえぇっ!?」


 曲がる直前、急ブレーキをかけて止まる。角から突然人が転がり出てきたのだ。

 

「あ、危なかった……」


 驚きすぎて心臓がフル活動状態になる。胸を押さえながら地面に尻餅をついている人物を見ると、さっきぶつかった少年だった。短く切られた灰色の髪に黒い瞳、着ている服はあちこち擦り切れている。喧嘩好きなのだろうか。今は怯えた表情をしているが、普段は負けん気の強い顔をしているのかもしれない。


「きゅきゅっ!」


 声と共に小さな影が角から飛び出てくる。途端に少年はひいっ、と顔をこわばらせた。


「ナナ!」


「きゅ」


 少年の腹の上でフェンシングのような構えをするハムスターの名を呼ぶと、彼女は針を腰に戻し何事もなかったかのように差し出した私の手に飛び乗り、腕の中に収まった。


「もう、急に走ったら駄目じゃない。ここには携帯とかないんだから、はぐれたら大変なのよ?」


「きゅう」


「分かればよろしい。それで、この子が盗っ人君なのね?」


 反省の色を見せた気がしたので許すことにする。――また同じことをしてくれそうな気がしないでもないが。


「きゅ」


「君、名前は?」


 少年に手を差し伸べながら訊ねる。彼は私の手を取らずに立ち上がると「……ザン」と、これ以上ないほどふてくされた顔で答えた。

 思った通り、なかなかいい根性をしている。


「ザン君ね、ヒュリとナナよ。彼女がちょっと張り切り過ぎちゃったみたいで、まずは謝るわ」


「……何なんだよ、そいつ」


 ザンの視線はナナに一直線だが、彼女は素知らぬ顔で眼を閉じている。あとは私に任せたといったところか。やれやれ。

  

「それを説明するのは時間がかかるから、できれば遠慮したいのよね。それよりも、君にこそ説明してほしいわ。どうして物を盗んだりしたの?」 


 触れられたくない話題をするりとかわし本題に入る。いや、特に本題などないのだが、ここまでした――やったのはナナだが――以上知らんぷりをするわけにもいくまい。問答無用で警察、ではなく兵士に突き出すべきなのかもしれないが、それは彼の言い分を聞いてからでも遅くないだろう。ナナを恐れてか、もう逃げる意思はないようだし。 


「ほら、とっとと言いなさいな。黙ってたって君の思いは誰にも伝わらないよ?」


 唇を噛みしめて俯くザンにもう一度声をかける。すると少年は、ぱっと顔を上げた。言いにくそうに唇を歪め、それでも話そうと口を開こうとする。だが、ザンが声を発する寸前、複数の走ってくる足音がしたかと思うと、小さな影が三つ、私の前に飛び出して来た。 


 

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