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黒犬ツアーへようこそ  作者: 緋龍
二度目のイシュアヌ国で出会う
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二十六日目……王都クアラリエスを歩く

 迎賓館のある上層区画からひたすら下り坂と階段を歩き続け、ようやく下層区画に辿り着く。俯いたままだった顔を上げるのと同時に、王都らしい喧騒が耳に飛び込んできた。


「えっと……とりあえず宿を探さなきゃね」


「きゅー?」


「大丈夫、別に落ち込んでるわけじゃないよ。ただ、ミシェイスに悪いことしたなって思ってただけ。……さ、行くわよ」


「……きゅきゅ」


 腕の中から見上げてくるナナの頭を撫でる。私の想いは関係ない。未来さきのない恋など、お互い悲しい思いをするだけで何一ついいことなどないのだから。……私は正しい選択をしただけ。落ち込む理由など、ない。

 ナナに気付かれないよう息を吐き出し、適当に歩き始める。まだ陽は高いが、まずは宿を探すのがいいだろう。

 とはいえ、今いる場所が下層のどの区画なのか――区画は、東・東南・南・南西・西・北西・北・北東の八つに区分けされている――さっぱり分からない。そこで、目に入った土産物屋っぽい店の売り子にそれとなく聞いてみると、どうやら下層東区画にいるらしかった。

 ついでに宿の場所を教えてもらい、お礼代わりに木彫りの城の置物を買って、再び歩き始める。

 

「やっぱり王都だけあって、人が多いわね。生誕祭だからっていうのもあるんだろうけど」


「きゅっ」

 

 押しつぶされるほどではないけれど、全力で走るのは無理なくらいの人混み。客引きの声やら、犬の鳴き声やら、誰かの怒鳴り声やらが混じり合ったざわめきが耳を刺激する。

 マーレ=ボルジエの王都ユーシュカーリアに勝るとも劣らない賑やかさ。だが、ユーシュカーリアとは違う雰囲気を感じる。何が、と具体的には言えないが、何となく違うように思うのだ。道行く人々の笑顔が本心からではないような、心のどこかでは不安や緊張を感じているような、何とも言えない違和感。


「気のせい……かな」


 全下層区画の真ん中を一周している通り――中通り――をぼちぼち進んでいると、別の通りにぶつかった。中層区画から放射線状に延びる八つの通り――縦通り――の一つ。これを渡った先は下層北東区画となる。

 ちなみに、雷華たちが泊まっている、賞金稼ぎ御用達の宿『星狩り』は、下層南東区画にある。


「広い王都だけど、通りで区切られてるから細い道に入らなければ迷うことはなさそうね。」


「きゅ」


 キョロキョロしながら北東区画に入る。途中、野菜が山盛りの籠をもった女性とぶつかりそうになってしまった。 

 

「えっと、あのお姉さん北東区画に入ってすぐにあるって言ってたわよね……宿……宿……あ、あそこかな」


 今度はぶつからないよう気を付けてキョロキョロする。縦通りから二分ほどのところに宿はあった。

 軒先に吊るされた看板には『花灯り』の文字。風に揺られてキィキィ音を立てている。

 中に入り部屋を頼む。空いているか不安だったが、運よく一部屋空きがあった。どうやら生誕祭目当ての客が、急用で自分の町に帰ったらしかった。

 案内された部屋に入り、荷物を置いてベッドに腰を下ろす。飾り気のないシンプルな部屋だが、掃除は行き届いているようで清潔さを感じた。

 座ったまま後ろに倒れる。ベッドがギシリと軋んだ。

 これからどうしよう。生誕祭まではまだ数日ある。何をして過そうか。


「…………駄目だ、全然思いつかない」


 何かを考えようとすると、ミシェイスの顔がちらつく。自分で思っているよりも未練があるらしい。

 馬鹿だ、想いを引きずったところでどうしようもないというのに。

 涙が出そうになって慌てて眼を閉じる。私は傷付けた側であって傷付いた側じゃない。泣くのは間違ってる。


「……明日……明日考えよう」


 


 気が付くと夜になっていた。いつの間にか眠っていたらしい。

 起き上がって机の上にあるランプに灯りを点す。ナナはどこかと部屋を見渡せば、窓の縁にその姿があった。私が近づくと、彼女はこちらを振り返ってきゅっと鳴いた。


「へえ、ここからお城見えるんだねー。……じゃなくて、ナナごめんね、寝ちゃって。お腹空いたでしょ、ご飯食べに行こうか。って今何時なんだろ」

 

「きゅきゅっ」


 ナナが前足を私に見せる。片方はパーでもう片方は……プルプル震えてて分かりにくいけど三、かな。


「夜の八時ってことね。そういえばさっき鐘の音が聞こえたような――」


 くきゅるるるる。

 ……睡眠に食事。どれだけ思い悩んでいても、私の身体は生きることに正直なようだ。食事が喉を通らないような繊細な姫にはなれないということらしい。……別になりたいとも思わないけれど。

 

「あはははは……食堂に行きましょうか」


「きゅ」


 ナナは頷いて私の腕に飛び乗る。文句を言われるかと思ったのに、彼女は何も言わず怒ってもいないようだった。

 小さな小さな身体だけど、私にとって彼女は大きな大きな存在。ナナが一緒で本当に良かったと、私は彼女を連れて来てくれたクーアに感謝した。



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