二十五日目……絶望の先にあるもの
活動報告に黒犬ツアーの舞台裏トークをアップしてます。よろしければお読み下さい。ネタバレはありません。
グルルルル……。
茂みが音を立てて揺れ、隠れていた獣が一匹、また一匹と姿を現す。
剥き出しの牙、滴り落ちる涎、鈍く光る殺意の篭った眼。何もかもが怖い。無意識に身体が後退しようとして、背中に倒木が当たる。
逃げ場は、ない。
「雷華だったら……」
もし、ここにいるのが雷華だったら? 今の私みたいに絶望で眼の前が真っ暗になっているだろうか?
いや、きっと違う。彼女は絶対に諦めない。どれだけ怖くても、どれだけ望みが薄くても、彼女は諦めたりしない。この状況を覆せる方法を考え、実行するだろう。
それが紫悠雷華という人間。……私の理想。
「でも……私は……」
彼女じゃない。彼女にはなれない。彼女のように強くありたいと思っても、思うだけで実際になれはしない。
私は弱い。
膝はがくがく震えてるし、腕も凍ったみたいに動かない。武器も持ってないし、戦う術だって知らない。怖すぎて涙も出ない。
「死にたく、ない」
ここで死んだらどうなるのだろう。私の身体はどこに行くのだろう、私の魂はどこに行くのだろう。
一歩、また一歩、獣たちが私との距離をつめてくる。
風向きが変わって変な臭いがした。色んなものが入り混じった、吐き気がする臭い。獣から漂ってくるその臭いが、私の恐怖を更に煽る。
「誰か――」
「……ゅー……きゅー……」
背後から聞こえてきた鳴き声に、私ははっ、となった。
何で! 何で戻ってくるの!
「ナナっ! 来ちゃ駄目っ!」
グルル……ガウガウッ!
まるで私が叫ぶのを待っていたかのように、獣が一斉に襲いかかってきた。
「ぃやあぁぁぁぁぁぁっ!」
私は咄嗟に枝を掴み、死にもの狂いでめちゃくちゃに振り回した。嫌だ、嫌だ、嫌だ、怖い、死にたくない。死にたくない!
ギャウッ! キャゥンッ!
「もたもたするな! そっちにも三匹いるぞ!」
「俺は左を! ルベラ!」
「分かってるよ!」
獣の悲鳴と誰かの声。一人はミシェイスのようだったけど、私は周りを見ることなんて出来なかった。怖くて怖くて、ただ下を向いて震えていた。
「ヒュリ! おい、ヒュリ!」
どのくらいの時間そうしていたのか。
肩を揺さぶられながら名を呼ばれて、ようやく私は眼を開けてゆっくりと顔を上げた。その拍子に手からポトリと枝が滑り落ちる。
「どこか怪我でもしているのか!?」
「え……いえ、大丈夫で――いたっ」
肩にあるミシェイスの手に触れた瞬間、ぴりっと痛みが走り慌てて手を離す。手のひらを見ると、小さな擦り傷がいくつもあった。
無我夢中で気付かなかったけれど、枝を握っていて出来たらしい。
「傷があるのか! すぐに手当てを!」
「大丈夫……大丈夫で、す……っ」
私の眼からポタリと涙が流れ落ちた。
「あれ、なんで……」
手の甲で拭っても、全然止まってくれない。
「ヒュリ」
「ミ、ミシェイスさ……う、うううっ」
ミシェイスに抱きしめられて、びっくりして涙が止まりかけたけれど、彼の体温を感じてまた溢れてきた。
本当に死んだと思った。もう駄目だと絶望した。
でも、助かったんだ。私、まだ生きてるんだ。
「お前を失うかと思った、ヒュリ」
背中に回るミシェイスの腕に力が篭る。痛いくらいだったけれど、今は嬉しさの方が強かった。
「ミシェイス様、獣の気配はもうないようで――失礼しました!」
ガサッ、と落ち葉を踏む音とともに誰かが現れた。その誰かは、眼の前の光景に驚いたらしく、すぐに去ろうとしたようだったが、ミシェイスがそれを制止した。
「構わんルベラ、続けていい」
「はっ、付近から獣の気配は消えました。念のため、フィデレスと兵士が森を見回っています」
「負傷者は」
「三名。いずれも軽傷です」
二人の会話を聞いているうちに、段々と冷静になっていくのが自分でも分かった。今さっきまでパニック状態だったから嬉しさの方が勝っていたけれど、これはかなり恥ずかしい状況のような気がする。
「分かった、殿下に報告を頼む。私もすぐに戻る」
「畏まりました」
足音が遠ざかっていく。騎士のルベラが野営地に戻ったのだろう。
再びミシェイスと二人だけになる。といっても、そう遠くないところで人が動いている気配がするから、厳密には二人だけではないのだけど。というか、気付く余裕がなかっただけで、最初から違ったのだろうけど。
「…………」
どうしょう。
ミシェイスの胸に顔をうずめたまま、私は固まった。恥ずかしいから今すぐ彼から離れたい。けど、泣きまくった後の顔を見せるのも恥ずかしい。
どうしよう、どうしよう。
「少し落ち着いたか?」
「は、はい」
「なら野営地に戻ろう。傷の手当てをしなければな」
「……分かり、ました」
ミシェイスが少し身体を離して顔を覗き込むようにして訊いてきたので、俯いたまま答えて頷く。顔を見られたくないことを悟ってくれたのか、まだ泣いていると思ったのか、彼は何も言わず私の手を引いて歩き出した。
これもまあまあ恥ずかしいけど顔上げられないし我慢我慢、と思いながら歩くこと数歩。すぐ後ろから彼女の鳴き声がして、私は足を止めて振り返った。
「きゅーっ!」
「ナナっ!」




