二十五日目……命の危機
51話目(十九日目)、タイトルも含めて一部分(主人公と怪我人のやりとり)書き直しています。
ご面倒ですがもう一度お読みいただければ幸いです。
読まなくても少しばかりあれ? となるだけですのでそんなに支障はないと思います。
がさがさがさっ、と前方の茂みが動いて男性が飛び出してくる。馬の世話や馬車の手入れをしている雑用係の一人だった。名前は知らないけれど、顔は知っているし何度か挨拶程度の会話もしたことがある。
確か、彼は森の中にある泉に水を汲みに行っていたはず。私は危ないから行くなと騎士の一人に言われてそれに従ったけれど、彼は違った。すぐ戻るから大丈夫だと、木桶を持って私よりも先に森に入っていった。兵士に同行を頼んだりもしていなかった。
「どうしました!?」
「け、獣っ、たっ、大群が! 向かってくるっ!」
「ええええっ! き、騎士に知らせないと! ナナっ、ナナっ! 走って! 早く!」
「きゅー!」
枝を抱えたまま野営地に向かって走り出す。葉や草が顔や腕に当たって痛いけど、気にしてる余裕なんてない。
「あと少し――うあっ!」
落ち葉で隠れていた木の根に引っ掛かって地面に倒れる。その拍子に持っていた枝は宙を飛び、散らばって地面に落ちた。
いったー……ああもう、なんて鈍くさいんだ私は!
「おいっ」
「大丈夫! 先に行って下さい!」
「わ、分かった!」
雑用係の男性は頷いて走っていく。
野営地はもうすぐそこ、私も早く逃げないと。……でも待って、このまま戻ったら野営地に獣を案内することになるんじゃ……リーシェレイグたちに危険が及ぶんじゃないの?
「きゅきゅきゅきゅきゅーっ!」
何してるの、早く立ち上がって! とナナが私を急がせる。
「分かってる! ナナ、野営地から離れるわよ!」
「きゅっ!?」
「騎士や兵士はいるけど、絶対に安全とは言えないでしょ! 戦えない人たちだっているんだから」
私は近くにあった枝を二本掴んで立ち上がり、それをカンカン打ち鳴らしながら駆け出した。森と平野の境を走れば遠く離れても迷うことはないはず。とにかく野営地から獣を引き離さないと!
「こっちよ! こっちに来れば美味しいハムスターがいるわよー!」
「ぎゅっ!?」
並走していたナナが急停止してこちらを見てくる。が、すぐにまた走り始めた。私の顔を見てすぐに冗談だと分かったのだろう。
「冗談言ってられるのも今のうちね」
枝を打ち鳴らしながら走り続ける。太陽はほとんど大地に隠れてしまっていて、もう少しで何も見えなくなりそうだ。
どこまで行けばいいのかなどと考えているうちに、後ろの方からガサガサと枝葉が揺れる音が聞こえ始めた。それと一緒に背中に嫌な空気を感じる。初めてのことだが、多分これが殺気というものだろう。
「殺す気って、書くだけのことは、あるわ……」
怖いと思ったことは何度もある。
孤児院で九一頭のサキューズと対峙したときも、廃城でレヴァイアを助けようとしたときも本当に怖かった。怖くて身体が震えた。
けれど、どちらのときも恐怖は感じなかった。孤児院ではエルが助けてくれると分かっていたし、廃城では何が起こるか分かっていた。
「でも、今回はっ、マジでヤバい、かもっ」
額に汗がにじみ出す。私の感じている恐怖が形になって現れ始めたらしい。体力も限界近いのにまだ走れるのは、恐怖という名の燃料のおかげだろう。これが火事場の馬鹿力か。
とはいえ、いくら燃料があっても永遠に走り続けられるわけもなく、行く手に現れた倒木を前にして、私の足は走ることを止めた。
「っはぁっ、はぁっ、も、もう無理っ……」
「きゅーきゅーきゅー!」
「ナ、ナナ、逃げて! ま、まだ、走れる、でしょ」
倒木は胸の高さまであって、私はよじ登らないと通れない。けれど、ナナは違う。木と地面の間にある僅かな隙間を、ハムスターの彼女なら通り抜けて行けるはず。
「きゅきゅっきゅ!」
「いいから、行ってっ!」
「きゅっ!」
ナナは首を振って頑なに動こうとしない。
何かは知らないけど、奴らはすぐそこまで来てるっていうのに、何で行かないのよ! どんな獣だったとしてもほぼ間違いなく丸飲みコース決定なのよ!?
「……分かったわよ。そんなに、行きたく、ないなら、無理矢理、行かせて、あげるわ!」
「きゅ?」
私は持っていた枝を地面に捨て、代わりにナナをがしぃっと掴んだ。
「先に、謝っておくわ。ごめん、ナナ……飛・ん・で・けーーっ!」
「きゅーーーーーー!」
微かに残っていた力をかき集めてナナを投げる。彼女は綺麗な放物線を描いて私の視界から消えていった。
「はぁっ、はぁっ……はぁ……これで良し……」
倒木にもたれかかって荒い息を吐く。もう体力なんてどこにも残ってない。でも逃げないと待っているのは死。
「この木……登れるかな…………っ!」
何気なく見た茂みがきらっと光って、心臓がどくんと飛び跳ねた。
光の正体はすぐに分かった。
眼だ。鋭い獣の眼。それも一対じゃなくて、あちこちから視線を感じる。
私が気付かなかっただけで、奴らはとっくに追いついていたのだ。
恐怖で息が出来ない。汗が背中を伝っていく。怖い。怖い。怖い。死にたくない。
冷静に考えればクーアを呼べばよかったのだろう。だけど、そんなことを考えられる余裕なんてなくて、私はただひたすら願うことしか出来なかった。
「お願い早く来て、ミシェイス!」