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黒犬ツアーへようこそ  作者: 緋龍
二度目のイシュアヌ国で出会う
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二十一日目……ようやく会えました

 パチッ、パチパチッ。

 野営地の周囲に焚かれている篝火が爆ぜる音が聞こえる。

 星が瞬く夜、乾いた風を感じながら、私はナナと天幕から少し離れたところを散歩していた。

 

「今日で三日目かー、さすがに疲れてくるわ。でも明日は町に、えっと何て名前だったかな……ああそうそう、フラウに着くんだよね」


「きゅきゅっ」


「そうだねえ、お風呂に入りたいねえ」


 ナナが湯船に浸かる仕草をしたのを見て同意する。

 濡れた布で簡単に身体を拭いてはいるけれど、それが三日も続けば流石に風呂に入りたいと思わずにはいられない。髪の毛だってパサついてるし。

 しばらく歩いていると座るのに丁度いい大きさの岩があったので、野営地に背を向けて腰かける。

 後ろを振り返れば灯りがたくさんあって、人もたくさんいる。でも前に広がるのは、静かで深い孤独の闇。

 

「こんなところに置き去りにされたら、お風呂がどうとか言ってられないわね」


「きゅー!」


 膝の上にいるナナが、腰に前脚を当てて睨んでくる。怖いこと言うなと言いたいらしい。


「あはは、ごめんごめん」


 謝ってポケットから包みを取り出して中身を渡すと、彼女はがしぃっと前脚で掴んで勢いよく食べ始めた。夕食のときにどうぞと出された焼き菓子を、食べきれなかったから取っておいたのだ。

 結構な量のパンを食べていたのに、よく入るなぁと感心しつつ空を見上げる。

 数えきれない星とちょうど半分くらいの月。どこの世界でも夜の空は同じ。綺麗で、少し寂しい。


「でも、それを知っているのは私一人……」


 呟いて、ふと頭に歌詞が浮かんだ。自分で考えた、誰も知らない歌。


「わたしは一人、誰とも話さず誰とも語らず――」


 一節目を口ずさむと、あとは自然にするすると言葉が出てきた。


  わたしは一人 

  誰とも話さず 誰とも語らず

  誰とも会わず 孤独を生きる

  花に 草に 風に 大地に

  海に 砂に 月に 星に

  愛を注ぎ 慈しむ

  だけど陽光だけは 愛せない 

  その眩しさは わたしの鼓動を止め

  そのぬくもりは わたしの息を止める


  わたしは独り

  喜びも感じず 幸せも知らず

  涙も流さず 静寂を生きる

  春が 夏が 秋が 冬が

  朝が 昼が 夕闇が 夜が

  訪れては 消えていく

  だけど未来だけは 訪れない

  優しき骸が わたしを呼び止め

  哀しき骸が わたしを繋ぎ止める


  悠久の檻に囚われ 永劫のしとねに眠り

  不変に惑い 不変に沈む


「それでも、それでもわたしは――っ!?」


 ジャリ。

 すぐ近くで砂を踏む音が聞こえて、私は、はっとなった。慌てて後ろを振り返ると、そこには初めて見る男性が立っていた。 


「す、すまない。夜風を感じたくて歩いていたら、声が聞こえたものだから」


 申し訳なさそうに謝る男性は、私と眼が合うとさっと顔を横に向けた。長めの黒い髪が揺れて、彼の顔を隠す。

 その動作で彼が誰なのかが分かった。私はナナを膝から降ろして立ち上がり、深く頭を下げた。


「申し訳ございません、近くには誰もいないと思っていたものですから。大変失礼いたしました、リーシェレイグ殿下」


「いや、君は何も悪くない。勝手に聞いていたのは私の方なのだから。……それにしても、何故私が誰か分かったんだい?」


 髪の間からこちらを見る男性――リーシェレイグ第一王子――の黒い瞳には、驚きの色が浮かんでいた。


「私は特務騎士ミシェイス・サーゲイト様のご厚意により、キュクリムから殿下の御一行に同行させていただいております。しかし、殿下のお顔を拝見したことは一度もございませんでした。ですから、眼の前にいる初めて見る御方を、殿下と判断したのでございます」


 本当は顔を背けた動作と、その前に見た顔がルークに似ていたからなのだが、それを言うとややこしいことにしかならないので、一番彼が納得できる説明をする。


「そう、か、確かに言われてみればそうだね」


「騎士の方と一緒にいらっしゃらなくてよろしいのですか? お一人で歩くのは危険では?」


「一人でいたかったんだ。それに、一人なのは君も同じだろう?」


「それは、そうですが……」


 私と貴方じゃ立場が違うとか、騎士が心配してるんじゃないのとか、そもそも私は一人じゃないとか、色々言いたいことはあったけど、そして実際に言おうとして喉まで出かかったけど、結局私は言葉を飲み込んだ。

 誰にだって一人でいたいときはある。王子なんだからわがまま言うなととがめなきゃいけないのかもしれないけれど、それは私の役目ではない。私は彼の臣下ではないのだから。


「それよりさっきの歌だけど、随分と寂しい歌だったね。どこの歌かな?」


「どこの?」


「初めて聞く歌だったから。クルディアかな?」


「ああ、いえ、どこの国の歌でもありません。私が作ったものです」


「君が? それは凄い。でもどうしてあんなに寂しいんだい?」


 いつの間にかリーシェレイグが真っ直ぐこちらを見ていた。人に顔を見せるのを嫌っているはずなのに。よほど歌のことが気になるらしい。


「あれでも愛の歌なんです。最後の歌詞は“それでもわたしは光に憧れる 全てを打ち消す終焉しゅうえんの光に”。深い孤独を生きる人間が、全てを壊すほどの愛をたった一人に捧げる……下手な歌ですけど」


 思い付きで作った歌詞の意味を説明することほど恥ずかしいものはない。顔が爆発しそうなほど熱い。

 ああ、何でこんな歌思い出したんだろ。っていうか、何で野営地の方を向いてなかったんだろ。そうしてたらリーシェレイグの存在に気付いたはずなのに。


「いや、下手なんかじゃないよ。確かに城付きの歌い手の方が声はいいけれど、何ていうか、胸に響いた」


 城付きの歌い手って、それプロ中のプロじゃない。そんな人とド素人を比べないで下さい……。うう、穴があったら埋まりたい。


「ねえ、もう一回歌ってくれないかな。さっきは途中からしか聞けなかったから、最初から聞いてみたいんだ」


「いや、それはちょっと――」


「殿下」


 リーシェレイグ以外の声がして、びくっとなる。ゆっくりと左に顔を向けると、野営地をバックにミシェイスが立っていた。 



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