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黒犬ツアーへようこそ  作者: 緋龍
始まりの国マーレ=ボルジエ
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二日目……王都に入れたと思ったら

「では私はこれで失礼します。くれぐれもお気を付けて」


「本当にありがとうございました。エルクローレンさんも任務頑張って下さい。……ヴィシュリも気を付けてね」


 グオオォォォン! と元気よく咆えるヴィシュリの背に乗って、エルクローレンは空高く去っていった。

 あっという間に小さくなっていく翼竜の姿を眺めながら、私は盛大に息を吐き出した。

 危なかった。上空で待機していた騎士がエルクローレンを呼びに来てくれなければ、絶対に見つからない母親捜しをしなくてはならないところだった。

 控え目にだが何度も断ったのに、全く引こうとしないとは。押しが強いというかなんというか。

 あの性格は間違いなく父親のディナム侯爵譲りだろう。やれやれ……。


「なんか『大丈夫ですから』『遠慮なさらずに』のやり取りですごい疲れたわ。とっとと中に入ろう」


「きゅきゅ」


 すっかりナナも回復している。それだけエルクローレンが粘ったということだ。まあ、彼は純度100%の善意で協力を申し出てくれていたのだから責める気持ちは全くないのだが。というか責められるべきはむしろこちらなのだが。


「えっと、通ってもいいですか?」


「ああ、これが許可証だ。落とすなよ」


「はい、ありがとうございます」


 運転免許証より一回り大きくてぶ厚い紙を兵士から受け取ると、私はそそくさと門を通り抜けた。視線が背中に突き刺さって痛いことこの上ない。特に若い女性からの視線がきつく、身体を貫通されそうなほど鋭く感じる。

 騎士と長々と――私は早く終わらせたかった――親しげに――そんなつもりは毛頭ない――話していたのがまずかった。あと、エルクローレンに「何かあればいつでも会いに来てください」と言われたことも、彼女たちの視線の強化の一因となっているに違いない。

 とはいえ、こちらには戦闘する意思も対抗する意思もないので、さっさと彼女たちの視界から消え去るのが一番の解決法だろう。決して敵前逃亡ではない。まず、敵ではないし、私は女子高生でもない。

 万が一「ちょっとアンタ、〇〇君に近づくのやめて」「何様のつもり? 生意気なのよ」などとスクール恋愛もののお約束みたいなノリで詰め寄られでもしたら対応に困る。


「はぁ、早いとこ雷華を捜そう。えっと何て名前の宿に泊まってたっけ?」


「きゅ……」


 見渡す限り人しか見えない通りを歩きながら、宿を見つけるべく看板などの目印がないかと探そうとしてはたと気が付く。

 雷華たちが泊まっているはずの宿の名前が思い出せない。


「どうしよう、名前が分からないんじゃ誰かに訊くことも出来ないわ――ん?」


 一難去ってまた一難、どうして私はこう記憶力がないのだと自分の頭の悪さを呪っていると、遠くの方で人がざわめいてる声が聞こえてきた。

 偶然にもそちらに向かう人の流れの中にいたらしく、だんだんと声が近づいてくる。ざわめきの原因にそれほど興味があったわけではないが、流れに反発することも出来ないため、諦めて周りの会話に耳を傾けてみることにした。


「さて、今年は何人受かってるかな」


「雑貨通りの帽子屋の息子が受けたって聞いたけど、どうなったかねえ。ええと、何て名前だったかしら」


「ああ、リオン様の御姿が見られればいいのに!」


「あんたそれ毎年言ってない?」


 なるほど、今日は準聖師の試験の合否の発表日なのか。似たような会話があちこちから聞こえてくる。

 聖師せいしとは、簡単に言えば学問に秀でまくった人しかなれない職業のことだ。天才中の天才とも言える。正確には勉強だけが出来ても聖師にはなれないのだが、まあ細かいことはいいだろう。

 で、準聖師というのは名前のとおり聖師に準ずるくらい、というか職業でこちらは試験にさえ合格すれば誰でもなることが出来る。――もっとも、その試験も超難問だが。


「合否の発表場所は聖堂だから、このまま行くと聖堂に着くのか。特に用もないけど、ま、せっかくだし見ておきますか。聖師様にばったり出くわす、なんてこともないだろうし」


「きゅう……」


「ん、なんか残念そうね。もしかしてナナはリオンに会いたいの?」


「きゅ!」


「そっかぁ。まあ私も興味はあるけど。何と言っても神がかった美形の持ち主だからねえ」


 リオン・グレアス。マーレ=ボルジエが誇る聖師の一人だ。頭脳はもちろん、容姿も超一流というまさに完璧と表現するに相応しい人物。――性格に少々問題がないこともないが。

 ルークが黒犬になったときに最初に相談したのが彼であり、雷華の旅を手助けしてくれる心強い仲間だ。


「おっ、なんだか開けた場所に出たみたい――うわぁ、もの凄い人の山!」


 広場のようなところまで来たと思ったら、そこには元旦の初詣のような人だかりが出来ていた。その先には等間隔に並んだ円柱が目立つ、神殿のような建物がある。聖堂だ。

 大きく開かれた扉の脇にはフード付きの外套を纏った人たちの行列が出来ており、順番に聖堂の中へと入っていく。そしてすぐに出てくるのだが、そのほとんどが遠目からでも分かるほどがっくりと肩を落としていた。


「千人近くが試験を受けて、合格者が数人から十数人だもんね。ちょっと狭き門にし過ぎたかしら。とは言え今さらどうすることも出来ないしね。さて、聖堂も見たことだし、当初の予定に戻って宿を探しますか」


「きゅっ」


 ナナが腕から落ちないよう気を付けつつ、人だかりをかき分けて聖堂から遠ざかる。はっきりと視界が確保できる場所に出るまでに、たっぷり十分以上はかかっただろう。

 自分のペースで歩けるようになって、私はほっと息を吐いた。


「うう、体力を無駄に消耗したー。ほんと人の多いところって疲れる――わぶっ!」


 ぶつぶつ文句を零しながらよそ見をしていたのがいけなかった。路地から飛び出してきた黒い影に、私は顔から突っ込んだ。


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