七日目……誰がための嘘
「ど、どうも」
「きゅ……きゅう」
意を決しおそるおそるレヴァイアの前に出ていく。
うう、やっぱりめちゃ恐いんですけど。狼並みに睨んでくるんですけど。
「何者だ」
「え、えとですね……」
考えろ考えろ考えろ。この場にいる合理的な理由を今すぐ思いつくんだ、私!
「私は……と、通りすがりのれ、霊能者でーす」
腕の中にいるナナが、ぎょっとした眼で私を見る。ちょっとそれ本気? とでも言いたいのだろう。私だってこんな訳の分からない嘘つきたくないけど、口からぽろっと出ちゃったんだからしょうがないじゃない。
「……斬られたいのか」
レヴァイアは腰の剣に手をかける。
「いやいやいやいや本当なんですって! 私死んだ人が見えるんですよ!」
本当に見えたら気絶するかな、とか思いつつ必死で彼にアピールする。霊が見えるのも嫌だが、斬り殺されるのはもっと嫌だ。
「よほど斬られたいらしいな」
レヴァイアは剣をゆっくりと抜き始めた。
「待って待って待って! 嘘じゃないんですって、現にいまも見えてますから! 貴方の隣に金髪の美人さんがいるんです!」
ぴたり、レヴァイアの動きが止まる。一瞬だけど私に突き刺さっていた視線が揺らいで、彼が動揺したのが分かった。
「彼女、貴方の娘さんでしょう? 名前は……フェリシア」
「……本当に、いるのか?」
身体が、声が、震えている。
「います。貴方のことをとても心配しています。それと……復讐は望んでない、と」
「嘘をつくな!」
「嘘じゃありません。私は彼女に貴方を止めてほしいと頼まれてここに来たんです。さっき地震がありましたよね。貴方は城の中にいた。でも気が付いたら外にいて助かった。何故だと思いますか」
何故も何も私が助けたからなんだけどね。真相を言ったところで信じるはずないし、言い方は悪いけどこの際だから彼女を利用させてもらおう。きっとレヴァイアも納得してくれるはず。
「……フェリシアが俺を助けたとでも言うのか」
「信じる信じないは貴方次第です。私はただ伝えるだけ。死者の望みを、死者の願いを」
うーん、思い付きでよくこれだけぺらぺら喋れるわね。自分でも感心するわ。私って実は詐欺師の才能があるんじゃ……。全然嬉しくないっての。
「――と言っている」
「はい?」
「彼女は……フェリシアは何と言っている」
レヴァイアの顔が哀しみと苦しみで歪んでいる。そして海のような蒼の瞳に浮かぶのは、微かな期待。
ああ、そうなんだ。この人はきっと――
「……死んでしまったのは哀しいけれど、あの日の自分の行いは後悔してない。だからお父さんも自分を責めるのはもう止めて、許してあげて。私の分まで、長く幸せに生きてほしい……ずっと見守ってるから」
死んでしまった人は墓の下で眠っている。霊なんていない。生きている人の願望にすぎない。でも、もし本当にいたら、彼女はきっとこう言うだろう。私の無念を晴らすために貴族を殺して、なんて絶対に言わない。
「……っ」
レヴァイアの膝ががくりと崩れ、私はびっくりして慌てて彼に駆け寄った。
彼は泣いていた。刺青の狼のように憎しみの中に哀しみを隠して啼くのではなく、涙を流して彼女を想って泣いていた。
「レヴァイア……」
かける言葉が見つからなくて、彼の肩にそっと手を置いた。
ごめんなさい、悪いのは私なんです。フェリシアが見えるなんて嘘ついて本当にごめんなさい。
すがるようにしがみついてきたレヴァイアの広い背中を撫でながら、私は心の中で謝り続けた。
さあぁっ、と暖かい風が吹き抜けていく。優しい風だと思った。風が優しいなんておかしな表現だけど、何故かそう感じた。
「このまま誰にも会わずにどこかに行くか、それとも嘲狼の人たちに自分が生きてることを教えるか、どちらを選ぶかは貴方次第です。でも一つだけ助言させてください。黒髪の二人組に会わないことです。理由は……言わなくても分かりますよね」
レヴァイアが落ち着いてきたのを見て、静かに告げる。随分遠回りしてしまったが、これで言いたかったことは全て言えた。警戒心剥き出しの最初のときにはまず無理だっただろうが、今なら素直に聞き入れてくれるはずだ。
「……それもフェリシアが言ったのか」
「それは……いえ、そうです。彼女は貴方に死んでほしくないと願っているから」
私から離れ、ゆっくりと立ち上がったレヴァイアは顔を伏せじっと佇む。もう涙はない。
何を考えているのだろう。これから自分がどうすべきか考えているのだろうか。死にたいと思っていたのに、娘にいきてほしいと言われたことに戸惑っているのだろうか。
後悔? 苛立ち?
どんな感情を抱いてもいい。ただ、生きることに少しでも前向きになってくれたなら。未来に一筋の光を見出してくれたなら。
ナナに視線を落とすと彼女はこくりと頷いた。これでいい、と言っているように見えたので私も頷き返してそっと体の向きを変えた。
これ以上この場にいる必要はないし、レヴァイアも一人になりたいだろう。
そう思ったのだが、十歩と歩かないうちに私は彼に呼び止められた。