七日目……決死の救出劇
地震の話が出てきます、ご注意ください。
扉の外から騒がしい音が聞こえてきて、私の手が緊張で震え始めた。こんなに緊張するなんて生まれて初めてかもしれない。でもしょうがない、これから人を死から救うのだから。
デリートキーもリセットボタンもない、たった一度のチャンス。
「何事だ?」
雷華に心を読まれて動揺していたレヴァイアが、手で顔を隠したまま壁から離れて扉の方に向けて足を踏み出そうとする。が、その前に勢いよく扉が開いて、男が転がり込むように入ってきた。
「お、お頭っ、し、襲撃ですっ! おっ、男が、ふたっ、二人っ!」
焦り過ぎて舌が回っていない。ルークとロウジュの強さを目の当たりにして、パニック状態になっている
「たった二人だと? ここには二十人以上いるのだぞ」
顔から手を放したレヴァイアは、表情こそ無に戻っていたものの、その声には信じられないという感情が多分に含まれていた。
「そっ、それが二人とも、異常な強さで、ぎゃっ!」
『ひぃっ!』
喋っていた男がいきなりぶっ倒れる。分かっていてもびっくりするわね……。
「ライカっ! いるのか!?」
「ライカ!」
男の側頭部に石つぶてを命中させた人間ともう一人が謁見の間に飛び込んでくる。
黒髪黒眼の長身、基本は黒犬、ときどき人間。その正体はマーレ=ボルジエ国の第二王子、ルークウェル。
黒髪紫眼の美形、基本は無口、雷華だけ例外。その正体は一流の(元)暗殺者、ロウジュ。石つぶてを放った男でもある。
ついにこの二人にも会えた。でも感動する暇もじっくり観察する暇もない。私は小走りで雷華の腕を掴むレヴァイアに近づく。
「ライカ! 無事、ではないようだな」
ロウジュが恐ろしく冷たい眼でレヴァイアを睨みつける。ルークも怒りに満ちた眼で同じように睨んでいる。
触ればいいだけなのよね? 触ればレヴァイアの中に……意識を乗っ取ることが出来るのよね?
「たった二人でここに辿り着くなど――貴様ら何者だ」
「貴様が知る必要はない。今すぐライカを放せ。そうすれば殺さずにいてやる」
感情の籠らぬ声でロウジュが言い放つ。彼の手にはいつの間に取り出したのか、短剣が握られていた。
「ロウジュ!」
「すまないライカ、俺も同じ気持ちだ」
そう言ってルークも攻撃の構えをとる。手にしているのは雷華の木刀。
緊迫した状況。誰もこのあとに起こる惨事を知らない。知っていたら……いや知っていても何も変わらない気がする。少なくともルークとロウジュは城が崩れることよりも雷華を助けることを優先するだろうし、レヴァイアもこの状況を放棄して逃げ出したりはしないだろう。
みんな頑固な性格だからね……。
「ルークまで何を言い出すの!? 二人ともやめなさい!」
雷華はレヴァイアに生きて欲しいと思っている。どれだけ辛くても、どれだけ哀しくても生きるべきだと。
『死にたがってる人に生きろなんて残酷だけど、私も同じ気持ちだよ』
「レヴァイア、手を放して!」
「……それは出来ない」
よし、今だ! 私はえいっとレヴァイアの背中に触れた。次の瞬間眼の前が真っ暗になり、その次の瞬間にもの凄い速さで光が現れて、黒髪の二人の殺意に満ちた顔が見えた。瞬きをして視線を動かしてみると、すぐ横に雷華がいる。彼女の手を掴んでいるのは……私。
成功、したみたいね。って、ほっとしてる場合じゃない。むしろ本番はこれから。
「放してっ! でないと貴方が……っ!」
雷華は掴まれている腕を解ほどこうと私の手に触れる。
その時――
ごごごごごごという音とともに建物が大きく揺らいだ。
来たっ!
「くっ」
それぞれが膝をついて身体が放り出されないように耐えている。
思っていたより揺れが大きい!
ビキビキビキッ、と亀裂が走る音がして顔を上げれば、天井から落ちてきた破片が顔に当たった。
柱が、倒れるっ!
私は突然のことに動けないでいる雷華の背中を力いっぱい押して、自分も大きく後ろに跳んだ。が、着地するときに何かを踏んでしまい、地面に尻餅をついてしまった。
ほぼ同時に、もの凄い音を轟かせて支柱が倒れ、砕ける。
「ぎ……ぎりぎりセーフ」
あと十センチずれていたら足が柱の下敷きになっていた。安堵で腰が抜けそうになったが、どうにか気力を奮い立たせ、私は壁が崩れて外が露わになったところから何とか城を脱出した。
「上手くいった。めちゃくちゃ怖かったけど上手くいった……」
地面にへたり込んで瓦礫の山となった城を見上げる。あちこちから叫び声がしている。嘲狼の人たちだろう。
「レヴァイアが無事だって教えてあげないと。あー、自分が喋ってるのに自分の声じゃないって変な感じ。えっと、出たいと思えばいいんだったわよね」
眼を閉じて身体が離れるイメージを思い浮かべる。ゆっくりと眼を開けると眼の前にレヴァイアが倒れていた。