七日目……狼が啼いている
『どどど、どうしよう! 雷華と鉢合わせになる! ……って、私は見えないんだった』
あたふたしている間に男が開けた扉から雷華が姿を現した。
『うっわー……びっじーん……』
長い銀の髪、整った顔立ち、すらりとした体型。初めて眼にする雷華は、ボロボロの城の暗い廊下で輝いて見えた。何もかも忘れて思わず見惚れてしまうほどに。
『これはルークが一目惚れするってものよね。眼福、眼福、って言ってる場合か』
自分で自分に突っ込む虚しさを噛みしめつつ二人の横を歩く。彼らが今から向かうのはレヴァイアのいる謁見の間。探す手間が省けて助かった。
「こんなところに連れて来られて怯えもしねえなんて変な女だな」
男が歩きながら振り返って雷華を見る。
「それはどうも」
雷華は睨むように男を見返し、すぐに視線を逸らそうとした。が、あるところでぴたりと止まる。
「狼の刺青……」
「そう、これが嘲狼の証さ」
『どれどれ』
男が自慢げに手の甲に彫られた刺青を雷華に見せる。それを私も横から覗き込んだ。かなり変な光景だが、私の姿は誰にも見えないので特に問題はない。
二人ともまさかこんな近くにもう一人いるなんて夢にも思わないんだろうなぁ。
なんて感想はさておき、男の手の甲には力の限り吼える眼の潰れた狼が彫られている。
『確かに啼いているようにも見えるわね』
この狼は、彼ら嘲狼の言わば分身のようなもの。力の限り世界全てに牙を向ける。眼が潰れているのは、この世界を直視するのが辛すぎるから。どうしようもない怒りとどうしようもない哀しみを、この小さな狼が代弁しているのだ。
復讐を誓った者たちの哀しい覚悟の証。
「着いたぜ」
何となく眼が逸らせなくて、ずっと刺青を見ながら歩いていたらいつの間にか謁見の間に着いていた。
『立派な大扉だけど……ちょっと不気味ね。夜だからかな?』
「一つ忠告しといてやろう。お頭を怒らせないことだ」
「それはそれは、ありきたりな忠告をありがとう」
全くありがたいと思っていない顔で礼を言う雷華。うん、記憶にあるやり取りだわ。
「けっ、そうかよ……お頭、女を連れてきやした!」
男が扉を叩いて叫ぶと、中から低い声で返事が返ってくる。男は大扉を押し開け雷華を中に通した。彼女に続いて私も身を滑り込ませる。すぐに大扉は閉じられた。
『危ない危ない。もうちょっとで挟まれるところだったわ』
部屋の奥に向かって直列する円柱が五対。その先、大扉と反対の位置にあるのが、領主が座る椅子が置かれた壇。椅子には男が腰かけている。
私が助けようとしている相手、レヴァイアだ。嘲狼のリーダーであり、娘を貴族に殺された父親。
レヴァイアと相対した雷華は警戒しながら彼と言葉を交わしている。二人の声を聞きながら、私はレヴァイアを救う具体的な案を練ることにした。
『この柱が倒れるのよね……』
叩いてもびくともしない。当たり前だ、この部屋を支えている支柱なのだから。
下敷きになれば絶対に助からない。どんなに強い人間だったとしても。
レヴァイアは雷華を庇って死ぬ。ということは、私が下手に動くと雷華が死んでしまうかもしれない。彼女は主人公だから死なないのかもしれない……が、それを確かめようとは思わない。
『レヴァイアと雷華、二人ともが助かるには……あの人に入るのが一番確実、よね』
視線の先にいるのは、雷華に過去の悲劇を語り聞かせている男。そう、私が選んだのはレヴァイア本人の身体に入る方法。これならきっと彼を助けられる。
『柱が倒れてくるのは地震の直後。だから、えっと……あの二人が来て……それでレヴァイアが短剣を取り出して……うん、そのすぐ後に入ればいいはず』
地震までの流れを記憶の引き出しから引っ張り出し、間違いないか何度も頭の中で確認する。絶対に失敗は出来ない。チャンスは一度しかないのだ。
「貴方が光だと言う道、それは光なんかじゃなく闇に繋がっている! 親を殺した子供の未来が光に溢れていると本当に思うの!? 幸せになれると思うの!?」
雷華の叫びが謁見の間にこだまする。貴族にどうやって復讐しているのかを聞かされた彼女の、感情そのままの激しい声。続けて彼女は叫ぶ、“貴方は間違っている”と。
追い詰められてもなお真っ直ぐに雷華はレヴァイアを見返す。相手が誰であろうと、間違っていることは“間違っている”と言える強い意志と心。フェリシアも同じように持っていた。
『雷華の中にフェリシアを見たのよね……だから彼女を助けた』
あの日助けてあげられなかったから。
『貴方は満たされて逝った……けど、未来を変えさせてもらいます』
自分勝手な創造主でごめんなさい。私は雷華に狂気に満ちた怒りをぶつけるレヴァイアに謝った。




