五日目……さらばユーシュカーリア
「ありがとうございました、ミシェイス様。とても楽しかったです」
通用門――名前から人一人通れるくらいの小さな門かと思っていたが、馬車も通れるほど大きかった――の前で、ここまで送ってくれたミシェイスに頭を下げた。
門前には兵士が立っていて、我関せずと仕事に集中している態を装っているが、耳を象のように大きくして聞き耳を立てているのが視線からバレバレだ。間違いなくミシェイスも気付いているので、もしかしたら後で怒られるかもしれない。頑張れ、兵士さん。
「ああ、俺も楽しかった。毎日通っているはずの場所が、君と一緒だと初めて見たかのように新鮮に感じたよ」
兵士がいるからか、二人――と一匹――でいたときよりも表情が硬い。
きっとお世辞でしょうね。まあでも確かに毎日見てたら当たり前の光景になるかもしれない。
迫力のある壁画に圧倒される大広間とか、天井がよく見えないほど高い吹き抜けの部屋とか、太くて丸い柱が等間隔に並んだ回廊とか、数えるのも億劫になるほどたくさんある大小様々な扉とか、私には驚きの光景ばっかりだったけれど。
興味があることをつい零してしまったら、尖塔にも連れて行ってくれた。階段が大変だからあまり行きたくなかった――実際もの凄く大変だった――のだが、自分で言った手前、嫌だとは言えなかった。
しかし、苦労した甲斐あって、尖塔の一番上から見た景色は本当に素晴らしいものだった。しばらくの間、言葉も、呼吸さえも忘れて見入った。眼の奥がつん、となった。きっと一人だったら泣いていただろう。人はあまりに感動すると自然と涙が出る。何かで聞いたことはあったが、初めて経験した。
ナナも私と同じようにじっと景色を見ていたから、きっと彼女も感動していたのだと思う。
確実に明日筋肉痛になるだろうが、とてもいい思い出になった。好きになった人と最高の眺めを一緒に見れたのだ。これ以上望むことはない。
「ではこれで失礼します。もし機会がありましたら、リオン様に私が改めて謝っていたとお伝えください」
もう一度頭を下げて、私はミシェイスに背を向けて歩き出す。城の中を歩き回ったおかげで足はくたくただし、それにお腹はぺこぺこだ。
通用門は結構離れたところにあって、まずは城門前広場まで戻らなくてはならない。多分十分くらいかかる。広場から宿までが三十分で、合計四十分。……無理、空腹で倒れる。
というわけで、辻馬車に乗って帰ることにしよう。
「お腹空いたね、お昼なに食べよっか?」
「きゅーきゅー」
「なになに、カエルの天ぷらが食べたいって?」
「きゅうきゅう、きゅきゅきゅー……っきゅっきゅーー!」
ナナはうんうん頷いてうっとりした顔になり、そして私の腕を思い切り叩く。
そうそう、あの触感がたまらない……ってちっがーう! と言ったのだと思われる。ノリツッコミもできるなんて、どれだけ優秀なんだ。
「わかってます、冗談だってば。そうねえ、魚料理はどう?」
「きゅ」
「賛同いただけて感謝感激ですわ、ナナハム姫様。それじゃ、早いところ辻馬車を見つけよう」
「きゅー」
おー、と前脚を空に向かって伸ばすナナ。同じように私も拳を突き上げた。
バイバイ、ミシェイス。バイバイ、私の好きな人。
――私は知らなかった。通用門の前でミシェイスがずっと私を見ていたことを。
「えっと、水と携帯食料とお金と護身用のナイフと、あとペンダント。うん、忘れ物はないわね」
「きゅっ」
ベッドの上でリュックサックの中身を確認していた私は、問題がないことを確かめると口を閉じて肩に担いだ。リュックサックの紐に括った蒼色のスカーフがふわりと揺れる。
宿の近くで昼ご飯を食べた帰り、露店で売っているのを見てつい買ってしまった。四隅に蝶の模様が小さく描かれたシンプルなものなのだが、一目見て気に入ってしまったのだ。
端切れも売っていたので、ナナにも新しい装備品を作ってあげることにした。といっても、正方形っぽく切って首に結んであげただけだが。
それでも彼女は白色のマントを非常にお気に召したようで、宿に戻ってからしばらくの間、鏡の前でいろんなポーズをとっていた。
「ではでは、行くとしましょうかね」
宿の主人に別れを告げ、私とナナは外に出る。時刻は夕方四時を過ぎたところ。まだ空は明るいが、太陽はゆっくりと地平線の彼方に姿を隠そうとしている。
これから私たちはイシュアヌに行く。翼竜に乗ってマーレ=ボルジエの隣国イシュアヌに密入国するのだ。
まるで犯罪者だが身分証を持っていないのだから仕方ない。
昼間は見つかるかもしれないと、夜に移動しようとしているところもますます犯罪者くさいと自分でも思わなくもないが……。
「色々あったけど、ようやく雷華に会いに行けるわね。ま、会うんじゃなくてこっそり見るんだけど」
「きゅきゅう!」
この世界に来て五日目の日、私とナナはマーレ=ボルジエの王都ユーシュカーリアを後にした。




