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黒犬ツアーへようこそ  作者: 緋龍
始まりの国マーレ=ボルジエ
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五日目……厄介な症状

 心地よい陽の光、甘い花の香りを運ぶ風、白く輝く城と周りに溢れる鮮やかな緑。

 どれもが心に深く響く……はずなのだが、正直なところ私はそんなものに注意を向ける余裕はなかった。

 隣を歩くミシェイスとの距離が近くて近くて、服が擦れる度に私の心臓が大ジャンプする。

 困ったな、もしかして私としたことが一目惚れしてしまったのだろうか。絶世の美男であるリオンにもときめかなかったというのに。……まあ、彼の美貌はもはや別次元だから、無意識に恋愛対象から外してしまっていた可能性が高いけれども。

 綺麗に整えられた深海を思わせる深い蒼色の髪も、吸い込まれそうになる黒い瞳も、時折ちらりと見える白い歯も、何気ない動作も、何を見ても胸がときめく。

 

「ヒュリはどこでグレアス殿と知り合ったんだ?」


「ぇはぃぃ!?」


 突然話しかけないでほしい。声が頭の後ろあたりから出てしまったではないか。


「あの方はあまり外に出られないし、出ても姿を隠しておられることが多いからちょっと気になってな」


 顎に手を当てて考える素振りを見せるミシェイス。はぁぁ、恰好いいなあ。きっと、あくびをしてもくしゃみをしても鼻をかんでも恰好いいんだろうなあ……って妄想してる場合じゃなかった。彼の質問に答えなくては。

 

「ええ、えっと、私が相談受付? に行くための通路にある噴水を見ていたらリオン様がいらっしゃったんです。ナナのことが気になったそうで」 


「きゅきゅ」


 私がナナよ、と前脚をぴょこぴょこあげてアピールするハムスター。

 あんまり動くとまた腕から落ちるからほどほどにしようね。


「そうだったのか。では向かうのは通用門ではなく城内だな。何か用があってきたのだろう?」


 ミシェイスは身体の向きを変えて、通り過ぎようとしてたガラス張りのテラスのようなところに入ろうとする。中で掃除をしていたらしい女性とガラス越しに眼が合い、もの凄く驚いた顔をされた。

 

「ああいえいえ、大丈夫です。お城へは見学にきただけですから。王都に来た記念にと思って」


 部外者は絶対に入れなさそうな場所を通れるのは魅力的だが、用もないのに受付に行っても仕方ない。 


「ん、ヒュリは王都に住んでいないのか。どこから来たのだ?」


「えーーーっと、それは…………秘密です」


 アフェダリアと言おうとして止めた。

 本当のことは言えないけれど、嘘もつきたくないと思った。クレイやエルには言えたのにミシェイスには言えないなんて、きっと私は本当に彼が好きなんだ。

 不思議なことに、自覚した途端、それまで火照っていた身体が急速に冷えていった。


「何故?」


「言いたくないから、では駄目……ですか?」


 緊張して見ることが出来なかった彼の眼も、今は真っ直ぐ見れる。心臓は変わらずうるさい。だが皮肉なもので、その音が逆に私を冷静にさせてくれた。


「…………」


「…………」


 見つめ合ったまま沈黙が続く。

 頭上を流れる雲が己の影で私たちを包み、去っていく。視界の隅で銀色の蝶が細い木の枝にとまるのが見えた。

 先に眼を逸らしたのはミシェイスだった。ふっ、と身体の力を抜くように息を吐いた彼は、一度視線を空に向けてから私に戻した。


「俺の負けだ。無抵抗の女性に武力行使するわけにもいかないからな」


「おかしいですね。先ほど剣を突きつけられたと思ったのですが、あれは夢だったのでしょうか」


「ふむ、そうか。俺は嫌なのだが君が望むなら仕方ない。先刻の続きをするとしーー」


「すみませんでした」 


 剣に手をかけるミシェイスを見て、私はすぐに謝る。すると彼は声を出して笑った。また私の心臓がどくんと脈打つ。


「本当に君は面白いな。聖師や騎士相手に気後れすることなく堂々とした態度で接する。己の意思を曲げず頑固で強気。だが、戯れにはすぐ両手を上げてみせる。グレアス殿が君を気に入った理由が分かった気がするな」


「それは……どうも」


 そんな気は全くしないが、おそらく彼は褒めているつもりなのだろう。


「君がどこの生まれでも構わない。人は生まれた場所でその価値が決まるわけではないのだからな。……君がこの国に害を及ぼそうとしているのなら別だが?」


 睨んでくるミシェイスはどこか楽しげに見える。本気で訊いているわけではないようだ。


「そのような予定は、蟻の触覚ほどもございません」


 百万歩くらい譲ってそんなことを企てていたとしても、平々凡々な私は間違いなくすぐに見つかって牢屋にぶち込まれる。さらに、一千万歩くらい譲って私に元暗殺者のロウジュ並みの身体能力があってヤバい計画を立てていたとしても、素直に「はい、そうなんです」とは言わない。


「くくっ、蟻の触覚とはな。よほど俺を笑わせたいらしい」


 そんなつもりも蟻の触覚ほどもございませんが。


「何だかこのまま別れるのが惜しいな。……どうだ、少し城内を歩かないか? 案内してやるぞ」


「きゅきゅきゅきゅー!」


 ミシェイスのびっくりな申し出に、それまで大人しかったナナが腕の中でぴょーんと飛び上がり、全身で賛成の意を示しながら地面に落下していった。

 いつの間にか銀色の蝶はいなくなっていた。

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