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黒犬ツアーへようこそ  作者: 緋龍
始まりの国マーレ=ボルジエ
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一日目&二日目……現状を受け入れ前向きに検討

「え、えーっと、クーア……さん?」


 可能性はもの凄く低いが、バルーレッド本人であるかもしれないので一応確認する。


「はい」


 壮年の執事は、その見た目に相応しい優雅な仕草で一礼した。


「そ、その方はバルーレッドさんですよね? ヴォード家の執事の」


「ええ、その通りです」


「なんでまた彼に憑りつい……いえ、彼の身体を借りたんですか?」


 悪霊みたいな言い方をしそうになり、慌てて言い直す。

 

「深い意味はありません。さあ、どうぞ馬車にお乗りください。この者の主には遠縁の娘が来ると言ってあります」


「そ、そうですか」


 気のせいではない頭痛を感じながら私は、ナナを腕に抱いてバルーレッド――の姿をしたクーア――の後ろをついて階段を下りた。

 御者台に座る男性が、変なものを見るような眼でこちらを見てくる。

 なんだこの変な格好をした女は、といったところか。

 ……気持ちはよく分かる。逆の立場だったら私もそういう態度になるだろう。

 彼は私と眼が合うと、さっと視線を逸らした。


「足許にお気を付けください」


 クーアに差し出された手を取って馬車に乗り込む。広くはないが座席はクッションがきいていて快適だった。

 ぱしっ、という音がして馬車がゆっくりと動き出す。

 しばらくはナナと一緒に外の景色を眺めていたが、ふと気になったことがあり、向かいに座るクーアに向かって口を開いた。


「今はいつなんですか?」


「どういう意味でしょう?」


「……雷華はいるんですか?」


 御者に聞こえるとは思えないが、念のため顔を近づけて小声で訊ねる。


「はい、います」


「どこに?」


 まさかとは思いながらも、不安な気持ちが湧きおこる。


「ユーシュカーリアです」


「ユーシュカーリア……」


 口の中で何度も呟いて、それがどこなのかようやく思い出した。

 私たちが今向かっているソルドラムの町は、マーレ=ボルジエという国にある。ユーシュカーリアはマーレ=ボルジエの王都の名だ。

 私はほっと息を吐いた。

 正直に言って雷華たちのことは気になる。どんな風に旅をしているのか見て見たいと思う。

 だが――。

 私は視線を窓の外に戻す。

 青い空の下、気持ちよさそうに鳥が飛んでいるのが見える。 

 私が作った世界。

 彼女は、彼女と仲間たちは今、必死の思いで旅をしているのだ。それを邪魔することは出来ない。

 何故なら――それは彼女たちの物語なのだから。


「それも結末の決まった、ね」


「きゅ?」


 腕の中でナナがもぞりと動いた。自分に話しかけているのかと思ったのだろう。私は、何でもないと言ってナナの小さな頭を撫でた。


「彼女たちには関わらないようにしないと」


 ふと、視線を感じて前を見ると、クーアがじっとこちらを見ていた。「何か言いたいことでも?」とでも訊けば、彼は口を開くだろう。むしろ私が訊くのを待っているように見える。

 だが、私にはどうしてもその一言が言えなかった。訊かれたくない台詞を言われる気がしたのだ。

 ――何故、私――クアラリエスという存在を作ったのか、と。  



「よー、バルーレッドの親戚だって? なんだ、どんな気難しい奴が来るのかと思ったら、全然普通じゃねえか。全く似てねえな」


 ソルドラム領主、クレイ・ヴォード。燃えるような赤い髪が人目を引く爽やか好青年を前に、私は身を固くした。 

 自分で書いておきながらなんだが、彼は恰好よかった。一目惚れとかそういうのは全くないが、どうにも緊張してしまう。


「は、はじめまして、ヒュリと言います」


 この部屋に来る前に寄った小部屋でクーアに渡された服は、ドレスに近い長袖のワンピースで、裾をつまんで頭を下げるべきかとも思ったが、軽くお辞儀をするだけにとどめた。

 私は貴族ではないし、上手く出来るとも思わなかったからだ。それに、礼儀がなっていないと怒るような相手でもない。――そういう性格に私がしたのだ。


「おう、俺はクレイだ。よろしくな」


 赤髪の若き領主は、白い歯を覗かせて私に笑顔を向けた。


「それで、ヒュリはどこの生まれなんだ?」


「え、えーっと、私は、その……」


 まさか出身を訊かれるとは思っていなかった。

 どうしようかと狼狽えていると、クーアが助け舟を出してくれた。


「彼女はアフェダリアから来ました」


「アフェダリアだと? ……そうか、今までよく耐えたな」


 クレイは眼を見開いて驚き、それから同情するような眼で私を見た。

 アフェダリア……この館で雷華の命を狙ったロウジュが生まれた町だ。己の欲ために悪逆非道の限りをつくしてきた伯爵が治めていた――そう、治めていた町。雷華の過去を見る力により罪が暴かれたため、いま彼は檻の中だろう。というより、これから先、命ある限り檻の中だろう。

 母親を人質に取られ暗殺者となるしかなかったロウジュは、雷華の後を追って旅の仲間に加わり、ルークといがみ合いながらも彼女の大きな助けとなる。雷華とルークが王都にいるならば、今ごろはアフェダリアで母親と再会しているはずだ。


「お、お気遣いありがとうございます」


 どういう反応をすればいいか分からなかったので、私は無難だと思われる返事を返した。さらに突っ込んだ質問をしてくるかと思ったが、クレイは好きなだけ居ていいと言って私の肩を叩いた。



「はぁぁ、緊張したーーー」


 着替えをした小部屋に戻った私は、ソファに倒れ込んだ。


「きゅきゅ?」


 ハムスターが存在しないこの世界で彼女の説明をするのは難しいため待機してもらっていたナナが、頭の上に乗ってくる。なんで頭にと思ったが、彼女が動くと意外に気持ちよく、マッサージしてもらっている気分になった。

 ナナは見た目よりも体重がある。おそらく、というか間違いなく、元が人間だからだろう。


「これからどうしますか? ここで暮らされますか?」


 私がナナに癒されていると、一緒に戻ってきたクーアがおもむろに口を開いた。


「え、いや、いいです」


 ナナを持って上体を起こすと、私は迷いなく首を振った。

 確かに、こんな城のような館に住むなんて夢のようだと思う。バルーレッドの血縁と言っているのだから、当然働きながらということになるのだろうが、それでも凄いことには違いない。

 だが、そんなことに露ほども魅力を感じなかった。未だに信じられないが、とにかく私は自分の作った世界に来たのだ。だったら、世界を見て回らなければ。一箇所になど留まってはいられない。


「いろんなところを見てみたいので。……そういえば、期限はあるんですか? その、滞在の」


「彼女が私に会うまでとなります。彼女の選択にもよりますが」


「そう、ですか」


 私はクーアから視線を逸らした。彼は雷華が選ぶ道を知らないのだ。この世界の神と言える存在でも、未来まで予知することは出来ない。

 知っているのは私だけ。私だけが未来を知っている。


「……今日はここにお泊り下さい。必要なものを揃えておきますので」


 しばらくここでお待ちくださいと言って、バルーレッドの姿をしたクーアは部屋から出ていった。

 心のどこかがちくりと痛んだ。



「えっと、着替えと水と携帯食料とお金と、それから……これね」


 翌日、朝食を終えて動きやすい服――胸からお腹にかけて紐が格子状に付いている長袖のTシャツのようなものと両サイドにポケットが付いているカーゴパンツのようなもの――に着替えた私は、溜息を吐きながらベッドの上に置いていた剣を手に取った。

 剣といっても長剣ではなく、柄を入れても私の肘から指先までとほぼ同じ長さしかない。武器についてあまり詳しくは知らないが、おそらくダガーナイフと呼ばれるものに近いのだと思う。

 必要ないと断ったのだが、護身用だとクーアに押し切られ私の所持品となった。

 短いのにずしりと重く、黒く塗られた鞘から引き抜くと鈍色の鋭い刃がギラリと光って、これが本物だということを教えてくれる。


「こんなもの持っていても役に立つとは思えないけどねえ」


 私に剣術の心得はない。これで戦えと言われても構えることすら出来ない。果物の皮を剥くのに使うくらいだろう。……果物を剥くのに適した刃物とも思えないが。


「しょうがない、言われたとおりに持っていきますか。意外なところで必要になるかもしれないしね。――って、ナ、ナナ……さん? 何を腰にぶら下げているのかな?」 


 他の荷物と一緒に鞘に戻したダガーを薄茶色の布製の袋に押し込んでいると、視界の隅にナナが入ってきた。

 なんと、彼女は武器を装備していた。細い紐を腰に括りつけ、そこに裁縫用と思われる針を差していたのだ。

 

「きゅ、きゅきゅっきゅー!」


 後ろ足で立ち、腰の針を抜いて勇ましく構えるハムスター……いや、ナナ。

 朝食の後、姿が見えないと思っていたら、まさか装備品を調達していたとは。戦う気満々のようだ。

 なんと頼もしいことだろう。武器を持つことに後ろ向きな私とは大違いだ。

 ……実際に戦いになったとき、小指ほどの長さの針がどれほど役に立つかは未知数だが。


「蝿くらいなら……あ、いやいや、恰好いいよ、うん。どこで手に入れてきたの? 侍女さんの部屋?」


「きゅ」


 すちゃっ、と針を腰に戻したナナは、前足を床に下ろしながら首を縦に動かした。

 許可を取ったとも思えないのでこっそりと拝借したのだろうが、クーアに報告した方がいいのだろうか。


「……ま、いっか」


 人間なら窃盗になるが、ナナなら大丈夫だ。罪に問われることはない……はず。

 もしクーアに何か言われたらそのとき謝ろう。

 私はそう決めて、リュックサックのような布袋の口を閉じ、それを肩に担いだ。


「さてと、行きますか」


「きゅ!」


 ナナを腕に抱え、扉を開けて廊下に出る。少しだけ間をおいてから扉を閉めた。

 必要最低限の物が置かれた、必要最低限の広さの部屋。空いていた使用人用の部屋に泊まらせてもらったのだが、なかなかどうして居心地が良かった。どうやら私は根っからの庶民らしい。

 貴族の暮らしに憧れないわけではないが、数日で逃げ出したくなるに違いないと、使用人が出入りに使う裏口の扉を押し開けながら、私は笑いを噛み殺した。


「準備はよろしいですか」

 

「ええ、大丈夫よ」 


 外にいたバルーレッド――の姿を借りたクーア――に親指を立ててみせる。

 彼は私たちに同行せず、自分の身体に戻るのだ。朝食の時に聞かされたときは驚いたが、この世界のことは知っているし、呼べば来ると言うので素直に頷いた。

 ガイドのいない女二人のフリープランの海外旅行だと思えばいい。……色々と突っ込みどころはあるが。


「こちらをお持ちください」


 クーアから差し出されたものを受け取る。ペンダントだった。模様のある二重円の中に一枚の羽根が描かれている。いや、羽根と言うよりもこれはむしろ――


「翼?」


「それを身に付けていれば、翼竜も地竜も貴女の意に従います」


「へええ、それはまた便利なアイテムね。ありがとう、すごく助かる」


 首からかけ、落とさないように服の中にしまう。移動手段は馬車とばかり思っていたので、このプレゼントはかなり嬉しい。


「それではお気を付けて。必要な際はお呼び下さい」


「色々用意してくれてありがとう。――行ってきます」


 言うべきか否か少し迷ったが、私は「行ってきます」と言って軽く頭を下げた。腕の中でナナも「きゅきゅ!」と行儀よく頭を下げている。きっと、ありがとうございましたと言っているのだろう。

 クーアに見送られて、私とナナはクレイの館を後にした。  

 歩きながら空を見上げる。透き通るような一面の青。

 いい一日になりそうだ。


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