五日目……緊張の会話
「え、いや……今のはその、つまらない戯言でして、聖師様にお聞かせするようなことでは」
あははは、と笑ってみたものの、リオンは私を執務机の前にある椅子に座らせ、持っていたお茶を置くと自分も腰を下ろし、神々しいまでの笑みを浮かべて「さて」と言った。
……ですよね。彼に誤魔化しなんて通用するわけないですよね。
「物品配達に取り寄せですか。どうやって思いついたのですか?」
どうやってと言われても。そういうサービスがすでにある場所から来ました、なんて言えるわけないしねえ。
「何となく……そう、何となく頭に浮かんだんです。そういうのがあったら便利かなって」
「そうですか……。貴女は、とまだお名前を聞いていませんでしたね」
そういえば名乗ってなかったっけ。すっかり忘れてたわ。
「あ、ヒュリと言います。彼女はナナ」
「きゅ」
膝の上にいるナナが頭をちょこんと下げる。が、リオンからは机に隠れていて見えていないだろう。
「ヒュリさんは準聖師の試験を受けに来た方ですか?」
「はいぃ? ぜ、全然違いますけど」
突然何を言い出すのだこの人は。
「何か特別な教育を受けられたのかと思ったのですが。発想が常人とは異なりますしね」
褒められてるのかそうでないのか微妙なところだ。私が異常だと言っているように聞こえなくもない。
「私はご――」
ごく一般的な生活を送ってきたと言いかけて、咄嗟のところで思いとどまった。
エルは私を“翼竜に育てられた捨て子”だと思っている。こんな作り話が通用するとは思わなかったが、彼が信じてしまった以上それで通すしかない。
リオンとエルが私について話すことなどないとは思うが、絶対にないとも限らない。話が食い違えば私は不審人物になってしまう。誰がどう考えても“翼竜に育てられた捨て子”は一般的な生活を送ってきてはいないだろう。
「ご、ごめんなさい、私はあまり(この世界の)人に言えるような人生を歩んできてないもので……だから考え方が人とは違うのかもしれません」
実際は一般街道まっしぐらな人生なのだが……正確には“だった”のだが、まあこう言えばよほどの無神経人間以外はこれ以上追及してこないはず。
「それは失礼しました。……でしたら尚更驚きですね。ヒュリさんの発想力は準聖師に引けを取らない。それどころか勝っているとさえ言えます」
「は、はあ。お褒めにあずかり光栄です……?」
気のせいか、台詞に熱が入っているような。姿勢よく座っていたのに、前のめりになってるし。
今までの会話のどこにスイッチがあったのかは分からないが、あまりいい予感はしない。少し気持ちを落ち着けようと、私はティーカップを手に取りお茶を飲んだ。
何のお茶だろう、柑橘系の味がほのかにする。悪くないが、味が薄いのが残念だ。
「唐突ですが、ヒュリさんはこの国をどう思いますか?」
「マーレ=ボルジエを、ですか?」
本当に唐突な質問。でも真剣に答えを求めてる感じがする。私がどんな人間なのか見極めるつもりなのかしら。
とはいえ、自分が創った世界をどう思うか訊かれても、正直なところ答えに困るのだが。
私はティーカップを机に戻して眼を閉じた。
この世界を肌で感じて今日で五日。一番印象に残っているのは何かと訊かれれば、やはり孤児院の一件だろう。
この国は平和で豊かだが、決して全員が平等なわけではない。人が複数いる以上、真の意味で平等に暮らすなど不可能だろう。この国、この世界に限らず、どこの国、どこの世界でも同じことが言えるはずだ。
――でも、平等でないことと幸せでないことは同じではない、と私は思う。
「いい国だと思います。大半の人は、小さな不満はあれど、日々の暮らしに満足しているんじゃないでしょうか。ですが――」
「何です?」
「私はこの王都で、ある人たちに会いました。その人たちは、貴族のとても身勝手な理由で苦しい思いをしていました。幸いにして彼女たちは苦しみから解放されましたが、他にも同じ思いをしている人がきっといるでしょう。全ての人に同等の暮らしを、なんてことは思っていません。それは夢物語ですから。でも、己が権力を振りかざして他人の幸せを脅かすなど、許されることではないと私は思います。えっと、だから、つまり私が言いたいのは、そういうことです……」
どういうことなんだと、自分に突っ込む。ペラペラと偉そうに喋ってみたものの、どうにも答えになっていない気がする。いい国だけど、改善するべきところもあると言いたかったのだが……。
「なるほど、よく分かりました」
リオンは満足げに頷いて、ティーカップに口を付けた。
うーん、ただお茶を飲んでいるだけなのに絵になるわね。
「ヒュリさん、会ったばかりでこのようなお願いをするなど自分でもおかしいとは思うのですが……」
そこでリオンは一旦言葉を区切ると、カップを置き真っ直ぐ私を見た。
「は、はあ」
ものすっっごい恥ずかしいんですけど。心臓が破裂しそうなほど活発化してるのが自分でも分かる。何、一体何なの?
「私の助手になって下さい」