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黒犬ツアーへようこそ  作者: 緋龍
始まりの国マーレ=ボルジエ
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五日目……穴があったら

 え、え、ええ? なんでこんなところにリオンが? いや、彼は聖師だから城にいてもおかしくないのか。

 むしろおかしいのは私の頭の方だ。あまりに突然のことすぎて頭が回ってない。

 

「大丈夫ですか?」


 何を言えばいいのか分からず、馬鹿みたいに口をパクパクさせていたからだろう。リオンが少し首を傾げて訊いてきた。


「あ、はい、大丈夫です。すみません、聖師様にお会いするとは夢にも思っていなかったものですから、びっくりしてしまって。ええと、私に何か御用でしょうか?」


 ああもう何を言ってるんだ私は。用があるから声をかけてきたに決まってるじゃないの。やっぱり思考回路がおかしくなってるな。


「ええ、貴女がその生き物に話しかけている姿が目に入ったものですから。……変なことを訊きますが、もしかしてその生き物は――」


 リオンの視線が、マーライオンみたいなポーズで固まったままのナナに向けられた瞬間、反射的に私は口を開いた。


「出来ません! 私はナナと会話なんて出来ませんから!」


「あ、いえ、新種の鼠なのですかと訊こうとしたのですが」 


「…………」


 いまはっきりと分かったことが一つ。

 私は馬鹿だ。

 自分から墓穴を掘るような台詞を吐くなんて、「お前がナイフで被害者を刺したんだろう」「し、知らない! 俺は果物ナイフなんて知らない! ……あっ」などと、口を滑らせて自ら犯人であることをばらしてしまうマヌケな奴と同じくらい馬鹿だ。

 訊かれてもいないのに否定するのは、肯定しているのとほとんど同じではないか。

 すでに彼は雷華と会っているのだから、私を違う世界の人間だと思うはずないのに。


「出来るのですか、会話が?」


「……出来ないと言ったら信じてくれますか?」


「常識では考えられない話だとは思います」


「そう――」


 そうですよね、それじゃ失礼しますと私が言おうとすると、リオンは「ですが」と言葉を繋いできた。


「ですが、私は常識には囚われない性質たちでしてね。動物と話せる人間がいても、嘘だと決めつけるようなことはしません」


「ですよね……」


 決めつけてくれていいのに。

 ようやく硬直が解けたナナと眼を合わせて、私は深い溜息を吐いた。


「場所を変えましょう。ここは目立ちますから」


 フードを被りなおしたリオンに促され、私とナナは城内に足を踏み入れた。

 図らずも城の中を見学したいという希望は叶ったわけだが、じっくり見物という気分には到底なれなかった。

 リオンが悪人でないことはもちろんよく分かっているので、身の危険を感じる必要がないことは知っている。何を聞かれるのかという恐怖に怯えているのだ。

 彼は素晴らしい美貌と頭脳の持ち主だが、素晴らしい探求心の持ち主でもある。気になったことは自分の気が済むまで追い求めるのだ。

 まるでサバンナで獲物を狙う肉食動物のように……って、褒め言葉じゃないわね、これ。

 

「私の執務室兼私室です。どうぞ入ってください」


 傷でも付けようものなら即牢屋にぶち込まれそうなほど綺麗に磨き抜かれた豪華な広い階段を上がり、ゴミでも落とそうものなら即出入り禁止を言い渡されそうなほど埃一つない無駄に広い廊下を歩き、何度か角を曲がって突き当たりの螺旋階段をひたすら上がったところでリオンは足を止めた。


「はあ、失礼します」


 今さら拒否できるはずもなく、躊躇いがちに部屋に入る。

 リオンが言った通り、部屋の中は本やら書類やらで溢れていた。正面にある窓からは空と雲しか見えない。近づいたらなかなかの景色が拝めそうだ。


「ここは聖師の塔なんです。本当はこんな最上階なんて不便な部屋、嫌なのですけどね。下の階は階段を上り下りするのが嫌だという年寄りがしぶとく居座っていまして。今お茶を淹れますね」


 そう言ってリオンは隣の部屋に入っていった。

 いやいや老人は労わってあげましょうよ、と突っ込める勇気のなかった私は、お構いなく、と呟いた。


「何か適当な言い訳を考えないと。でも彼はエルさんみたいに純粋じゃないから、そう簡単には騙されてくれないわよね」


「きゅー、きゅー」


「ああ、私にもリオンみたいな天才的頭脳があればなー。ぱっといい考えが閃いたりするんだろうけど……ん? この書類は」


 部屋の中をうろうろ歩きながら、リオンに聞こえないように小声でナナと話していると、机の上に無造作に置かれていた用紙の文字が目に入った。一番上に、文使ふみつかいの新たな可能性(案)、と書かれている。


「文使の制度を進化させようとしているみたいだけど……」


 題目の下には何かが書かれていたようだが、黒く塗りつぶされていて読めなくなっていた。

 文使はリオンが発案した制度で、簡単に言えば飛脚のようなものだ。他の町や村に手紙を届ける専門の職を新たに作り、誰でも簡単に手紙のやり取りが出来るようになった。彼はこの功績を認められて聖師になったのだ。


「新たな可能性ねえ……手紙だけじゃなくて物も配達するとか? ああ、取り寄せサービスとかあってもいいかもね。急いで商品が欲しい人向けに、商人から買うよりは割高だけど、文使に依頼すれば持ってきてくれるっていう」


「きゅ!」


「あとは買い物とかを代わりに行ってくれる代行サービスとかもありかも、ってだんだん本来の仕事から離れていってるわね」


 などと、本来考えなければならないことを忘れて色々と想像していると、いつの間にかリオンが隣の部屋から戻ってきていた。


「今の話、もう少し詳しく聞かせてもらってもよろしいですか?」 

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