五日目……何かのドッキリですか
大捕り物――サキューズ・リーグエ男爵の人間性を考えれば小捕り物と言った方が正しいかもしれない――の翌日、私とナナは再び城を訪れていた。
エルに会いに来たときは真っ直ぐ目的の場所に向かってしまい観光も何もなかったので、改めてじっくり見たかったからだ。
こんな城を間近で見れる機会なんてそうそうない。せっかくこの世界に来たのだから、見れる物は全部見なければ。後で行っておけばよかったと思っても、もう二度と戻ってくることは出来ないのだから。
……というか、ちゃんと帰れるよ……ね?
「きゅきゅっきゅー」
「え、ああごめんごめん、あっちに行きたいのね」
ぼうっとしていたら腕に抱いていたナナに服を引っ張られた。いま私たちは城門を入ってすぐの庭園にいるのだが、彼女はもう花の鑑賞には飽きたらしい。短い前脚で城に続く門をチョイチョイ指している。
「あそこってエルさんに会うために通った門だよね。入ったところで相談窓口にしか行けないと思うけど」
「きゅきゅ!」
「わかった、わかったから爪をたてないで! ……やれやれ、相談することなんて何もないんだけどなあ」
ハムスターに脅されるってどうなんだろ、などと思いつつ門兵にエルに会いたいと言って通してもらう。
緑が一面に広がるこの場所は確かに心に響く光景だ。何度見ても美しいと思う。
女性が両手を掲げている噴水と緑一色の芝、それに天高くそびえる城。ああ、写真に撮りたい! でもカメラがない! ……もし持っていたとしても堂々と使うわけにはいかないんだけど。バッグの中に入っていた携帯はこの世界に来た直後から電源が入らないし、本当に残念だわ。
「きゅっきゅきゅー、きゅっきゅきゅー」
門をくぐるなり腕から飛び出していったナナは、噴水の前で小躍りしている。どうやらこれが目的だったらしい。
「なんだ、この噴水が見たかったのね。はあぁ、それにしても高い城ねえ。何階まであるのかしら」
噴水の縁をちょこちょこ動いて様々な角度から女性の像を食い入るように見ているナナを横目に、私は白と青に輝く城を見上げた。尖塔など空に届いているのではないかと思うほど高い場所にある。あの塔の一番上からの景色はさぞ素晴らしいに違いない。
「行ってみたいけど無理だし。いや、もし可能だったとしても体力が……」
あそこに辿り着くまでにいったいどれほどの階段を上らなければならないのか、想像しただけで行く気がなくなる。エレベータでもあれば別だが、この世界にそんな便利なものはない。
「ってそうか、あの塔に登らなくても同じ高さに行くことは出来るじゃない」
上空を旋回する翼竜を見て気が付いた。翼竜に乗ればいつでも高い場所に行けるのだと。……便利で楽な代わりに落下という危険がつきまとうが。
「ナナー、あんまりはしゃぐと縁から落ちるわよー」
「きゅきゅっ……うきゅ!?」
そんな鈍くさい真似はしない、というような仕草をしようとしたナナが、後ろ足を滑らせて芝の上に転げ落ちる。だから言ったのに。
「大丈夫?」
「きゅー」
茶色いカビの生えた丸餅のようになっているナナは、気まずそうに返事した。
「怪我はなさそうね。じゃあ帰りましょうか。城の中を見てみたいけど、見学ツアーなんてやってるわけな――」
「すみません」
「ひょわっ!?」
突然後ろから話しかけられ、私は飛び上がって振り向いた。舗装された通路を歩いて城内に向かう、あるいは帰って行く人たちは何となく視界に捉えていたが、まさか背後に人がいるとは思わなかった。芝の部分って歩いても良かったのね。
「すみません、驚かせるつもりはなかったのですが」
後ろに立っていたのは真っ黒の外套を纏い、フードを目深に被った人だった。声で男性だということは分かるが……真っ昼間に雨も降っていないのにこの恰好、怪し過ぎる。何らかの罪を犯すのに特化してそうな……いや、そんなはずないわよね。そんな人がこんなに堂々としてるわけないもの。気配は感じなかったけれど……。
「え、ええ、ぜ、全然大丈夫ですけど?」
平静を装うつもりが、声が上ずって台無しになってしまった。警戒してます感丸出しで逆に恥ずかしい。
「ああ、この恰好ですか。なるべく顔を出さずにいたいのでこのようなものを纏っているのですが、声をかける前にフードを取るべきでしたね」
そう言って男はフードを取ったのだが……現れた顔を見て私は卒倒しそうになった。
「な、なななななっ」
「きゅ?」
自分が呼ばれたのかと思ったナナが丸餅からハムスターに戻り、そして銅像のように固まった。
さらさらと風になびく薄緑の髪に、どこまでも澄んだ蒼い瞳、全人類を魅了する類まれなる美貌。こんな完璧人間、一人しかいない。
「リ、リオン……グレアス……様」
「ええ、そうです」
呆然とする私に、美貌の聖師はにっこりと微笑んだ。