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黒犬ツアーへようこそ  作者: 緋龍
始まりの国マーレ=ボルジエ
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四日目……堪忍袋の限界に挑戦

「ごきげんよう、イリエラ。具合は良くなったかい?」 


 二日前と寸分違わず髪をぴっちりと九対一に分けたサキューズ・リーグエ男爵が、存在感のない執事と存在感溢れる五人の人相の悪い男を引き連れ、気持ちの悪い笑みを顔に張り付けて孤児院に現れた。

 出迎えるのは顔をこわばらせたイリエラと、怒りを隠そうともしないザン。

 緊張で震える手を身体の前で固く握りしめ、イリエラは努めて平静を装って一礼した。


「おはようございます、サキューズ様。ええ、おかげさまで。お気遣いいただき感謝いたします。……そちらの方々はどなたですか」


「新しく雇った私兵だよ。君たちに紹介しておこうと思ってね。遠くないうちに彼らと親しくなる機会があるかもしれないからね」


「……そうですか」


「なにあれ、ほとんど脅しじゃないの」


「きゅきゅ!」


 孤児院の敷地内にある茂みの陰に隠れて会話を聞いていた私は、思わず腰を上げて出て行きそうになった。それを隣にいるエルが腕を引いて止めてくれる。


「落ち着いてください、ヒュリさん。今はまだ出るべきではありません」


「あ、す、すみません」


 慌ててあげていた腰を元に戻し、イリエラたちの会話に再び耳を傾ける。


「では今月分をいただきましょうか」


「……はい、お収め下さい」


「どうも。おや、少し足りないようだね」


 イリエラから受け取った小袋の中をちらりと覗いた男爵が大仰に首を振る。

 そのふざけた態度にザンがかみついた。


「何言ってんだ。毎月銀貨四枚、てめえがそう決めたんだろうが」

 

「そうだよ。でも今回は二日遅れただろう? だから利息を払ってもらわないとね」


「はぁ!? 今日来るって言ったのはてめえだろうが!」


「ザン、やめなさい。……いくら払えばいいんですか?」


 今にも掴みかかりそうな勢いのザンをイリエラがたしなめる。だが、男爵の次の言葉を聞いて、今まで冷静に対応してきた彼女が顔色を変えた。


「二日だから銀貨八枚だね」


「ば――」


 馬鹿じゃないのと大声で言いそうになり慌てて手で口を塞ぐ。

 二日で利息が100%!? どんなにあくどい闇金でもそこまで鬼じゃないわよ! そんな暴利がまかり通るとでも思ってんの!? ああもう、今すぐ出て行ってあのクソ野郎を殴りたい!

 ばっ、と横を向いてジェスチャーでエルに出て行きたい旨を伝える。だが、彼は厳しい顔で首を振った。

 まだ駄目だって言うの? もう私の堪忍袋は限界なんだけど。ナナなんかもう刺す気満々で練習してるし。

 

「そんな――そんな大金払えません」


「そう、だったら出て行ってもらうしかないね」


「ふざけるな! たった二日遅れたくらいでなんでそんな金を払わなきゃならないんだ! 俺たちをここから追い出したくて無茶苦茶言ってるだけだろうが! もう我慢出来ねえ! 王様にお前のことを言いつけてやる!」


 偉い、よく言った! 男らしくサキューズに立ち向かったザンに、私は音を立てずに拍手を送る。


「はっ、ここは僕の所有地だよ。何をしようが僕の自由だ。それに、君のような孤児に陛下がお会いになるわけないだろう」


 これだから馬鹿は嫌なんだと、ザンをあざけり笑う男爵。

 ……うん、今なら人を刺せる気がする。何で私はクーアから貰ったダガーを宿に置いてきたんだろう。

 

「そんなことやってみなけりゃ分かんねえだろ!」


「やれやれ……お前たち」


 サキューズが手をあげると、それまで後ろで黙って成り行きを見ていた強面の男たちがニヤニヤと感じの悪い笑みを浮かべながらザンに近づいていく。


「僕に楯突くとどうなるか、身体に覚えさせてあげよう」


「待って下さい! お金なら払いますから、どうかこの子を傷つけることだけは――きゃぁっ!」


 ザンの前に立って懇願するイリエラを男の一人が乱暴に横に突き飛ばす。


「先生!」


「こんな美人が孤児院の先生なんてもったいねえ。後で俺らとイイコトしようぜ」


 ザンに助け起こされるイリエラを見下ろしながら、ギャハハハハ、と下卑た笑い声を上げる男たち。


「それは駄目だ。――彼女には僕の相手をしてもらうからね」


 ……刺すなんて生ぬるいことを考えていた自分が恥ずかしいわ。どこかに狂暴な獣がいっぱいいるところはないかしら。あの頭の沸いた男を三日三晩吊るしておきたいんだけど。


「それじゃあ仕方ねえ、このガキで我慢するとするか。女なら買えばいいことだしな」


「こいつを“教育”した金でな」


 再び笑い声が上がる。

 ああもうこれ以上我慢できない!

 私は勢いよく立ち上がると、茂みから飛び出した。


「あんたたち、そこまでよ!」


 突然現れた私に驚いたサキューズと男たちが固まっている隙に、ザンとイリエラの許に駆け寄る。


「ヒュリさん……」


「あんたどっから……」


「細かいことは気にしちゃ駄目よ。――九一男! あんたの悪事もこれまでよ!」 


 困惑している二人に少しでも安心してもらえるよう笑顔を見せてから、私はサキューズに指を突きつけた。


「きゅういちおとこ……? いや、それより君は誰なの」


「通りすがりの観光客よ。でもあんたのことはよく知ってるわ。金遣いがとっても荒いんですってね。いくら財政難だからって孤児院から金を巻き上げようなんて……馬鹿じゃないの?」


「なっ!?」


「ああごめん違ったわ。金を巻き上げるのはただの……そう、言わばおまけで、本命はここに賭場を作ることだったんだっけ。会員制にして高額な会費を取るつもりなのよね」


「き、貴様何故それを――!」


 さっと顔色が変わるサキューズ。

 国の許可を得ないと賭場は開けないとエルから教えてもらっていたが、この慌てよう、絶対に無許可でやろうとしていたに違いない。

 その証拠に男爵はとんでもないことを言い出した。


「お前たち、そいつらを全員始末するんだ!」



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