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黒犬ツアーへようこそ  作者: 緋龍
世界を紡ぐ国ヴィトニル
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五十二日目……世界と彼女 Side:レヴァイア

「なるほど。あの特務騎士は操られていたのか」


「はい」


「……つまり、こういうことか? 俺とリマーラは世界にとって用無しとなったから命を消されそうになった。だが、寸前でヒュリが止めた。お前の叫びが起因となって」


「そう、みたいです」


 ライカの話を聞いた。途中で短足の黒い犬と黒髪の若者が、敵意剥き出しで襲撃かと思うほど荒々しく部屋に来たりしたが、とにかく聞き終えた。

 ライカとその仲間どもの正体も、その目的も、知ったところで動揺したりすることはなかった。興味がなかったと言った方が正しいか。……さすがに黒犬の正体には少々驚いたが。

 だが、ヒュリの正体と襲撃者の話には平静ではいられなかった。

 混乱、哀しみ、戸惑い、拒絶……絶望――そしてこの身を焦がしかねないほどの、怒り。

 

「ライカたちは《色のない神》に会うための旅をしている。しかし、ナナが言うには《色のない神》はおらず、神どころか世界そのものだという存在がいると。で、その名がクアラリエス」


「そうです、リマーラさん。さっきも言いましたけど私も混乱してるんですよ、びっくり仰天な話を聞かされて」


「そして、そのクアラリエスの目的が自身の消滅(・・)。それを実現するためにつくられたのが、ヒュリと……案内兼監視役のナナ。ヒュリの役目は……創造主として、世界の流れを変えること。だが……」


 リマーラの声が震え、同時に熱を帯びていく。


「だが! クアラリエスは、ヒュリには不可能だと判断。彼女を、彼女を……処分した! 処分! 処分だと!? そんな、そんなことが許されるのか!? 彼女は人形じゃない! 生きた人間なんだぞ!?」


 だんっ、と机に拳を振り下ろしたリマーラの眼には涙が滲んでいる。

 そう、許されることであるはずがない。許していいはずがない。

 心の中に暗い炎が生まれようとしているのが自分でも分かった。この感情のままに行動したい。ヒュリを奪った奴に苦しみを与えたい。

 

 コトッ。


 ふいに音が耳に飛び込んできて、はっ、となった。

 ライカがカップを机に置いた、ただそれだけの小さな音だったが、我に返るのには十分だった。

 そうだ、この女に言われたではないか。復讐など間違っている、と。

 それにヒュリも……いや、あいつはそんなこと言ってはいなかったな。それどころか、母親を死なせた相手に復讐したとしても止めも応援もしないと言われた、とリマーラから聞いた記憶がある。

 今この場にヒュリがいれば俺を止めるだろうか…………止める? 


『だが、寸前でヒュリが止めた』


 ついさっきの自分の言葉が脳裏に甦る。

 ああ、そう、そうだ、リマーラが殺されるのを防いだのは、あの特務騎士の剣の軌道を変えたのは、他でもないヒュリなのだ。 

 つまり――ヒュリはまだ生きている。

 心に生まれた暗い炎が消えていく。消した感情の名は……希望。

 希望など陳腐で幼稚。馬鹿馬鹿しくて、笑えてくる。


「レヴィ? 貴殿、笑っているのか?」


「ああ、ちょっと可笑しくてな」


「今の話の何が可笑しい! ヒュリが殺されたのだぞ!」


 だんっ! と再び机に拳を叩きつけて、リマーラが俺を睨みつける。今にも掴みかかってきそうな勢いだ。


「落ち着け、リマーラ。ライカの話を思い出せ。俺たちが殺されなかったのは何故か」


「それは、ライカが叫んで、それにヒュリが……応えたから」


「そうだ。ということは、つまり」


「ヒュリは……生きてる!」


 俺と同じ結論に至ったリマーラの顔は、みるみるうちに笑顔になった。


「リマーラ」


「なんだ?」


「顔」


「顔? 顔がどうした」


「笑っているぞ」


「え……あ」


 指摘されて気まずそうに視線を彷徨わせるリマーラを見て、俺はもう一度口元をゆるめた。


「ナナ、俺たちの認識は間違っていないな? ヒュリは生きている、そうだろう?」


「…………きゅ、きゅきゅ。きゅきゅきゅきゅきゅっ」


 ライカの肩でナナが鳴く。この数刻で、彼女の髪が光ることにも慣れてしまった。


「生きてはいる、けれど、死んでいないだけ。彼女はこの世界から消えつつある」


「どうすればいい? どうすれば彼女を取り戻せる。この世界から」


「きゅきゅきゅっ。きゅきゅきゅきゅ」


「彼女の傍で強く願い、叫べ。貴方たちの声が届けば、可能性はあるだろう、だそうです」


 言い終えたライカの髪から輝きが消えていく。

 願い、叫ぶ。たったそれだけで、ヒュリが戻ってくる。


「あいつの鼓膜が裂けるくらい叫んでやる」


「私の喉が枯れても、ヒュリが戻ってくるなら構わない」


「えぇ……あの、叫べっていうのは声の大きさ的なアレじゃなくて、もっとこう何ていうか比喩のようなものだと思うんですけど……」


 ライカが何か呟いていたが、よくは聞こえなかった。

 

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