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黒犬ツアーへようこそ  作者: 緋龍
世界を紡ぐ国ヴィトニル
120/124

五十一日目……己を映す刃 Side:リマーラ

 ぐさり。

 男の剣が深々と突き刺さる。


「…………」


「…………」


「…………」


 時が止まったかのようだった。瞬きするほどの短い時が、永遠より長く感じた。

 男の攻撃を受け損ねた瞬間、死が眼前に迫った。


 だが……私は死ななかった。


 何故、生きているのだろう? いや、私は本当に生きているのか? 剣が突き刺さる音を聞いたのに?

 動くことを拒否する身体を無理矢理動かし、ゆっくりと視線を動かす。

 剣は、私の身体すれすれを通って床板に刺さっていた。

 ピリッとした痛みを腕に感じ視線を移すと、服が裂けて二の腕から血が滲んでいた。


 どさっ。


 音がした方を見れば、ライカが床にへたり込んでいた。


「はあぁぁぁぁっ、生きてるうぅぅぅっ!」


「きゅうぅぅぅ!」


 ライカとナナの声を聞いて、どくん、と心臓が動くのを感じた。ようやく自分が生きているという実感が湧いてきた。

 

「貴様ぁっ!」


 怒声とともにレヴァイアが男に斬りかかる。はっ、として私も床から跳ね起きた。

 一瞬でも戦いを忘れた自分が恥ずかしい。死ななかったからには、槍を振るい続けなくてはならないのに。

 しかし――


 男は、レヴァイアと私の攻撃を驚くべき速さでかわし、床板に深く刺さっている剣を易々と引き抜くと、一際大きく後ろに跳躍し、甲板の手摺りに音もなく着地した。


「欠片は未だ泡沫うたかたあらず。僅かなれど結末に揺らぎあり」


 誰にでもなくそう言うと、男は再び、今度は真上に跳躍し……戻ってくることはなかった。

 その代わり、大きな鳥が羽ばたくような音が、暗い空のどこかから聞こえてきた気がした。


「……ど、どういうこと? 諦めてくれたの?」


「きゅ。きゅきゅきゅっきゅきゅ。きゅきゅきゅきゅっ」


「ほんとに? 私の声が? ……は、ははは、震えてきた」


 座り込んだまま声を震わせるライカ。

 危険が去ったということは彼女の様子から分かったが、理由が全く分からない。私とレヴァイアを殺すために来て、それが可能だったにもかかわらず、なぜ実行寸前で去って行った? 


「説明してもらおう」


 剣を鞘に収めたレヴァイアが、ライカに近づきながら彼女を睨む。苛ついているように見えるのは、状況を理解できずにいるのと、あの男に勝てなかったからだろう。

 悔しい……か。

 当然の感情だが、今の私にはなかった。死にかけた恐怖のせいか、勝てない相手だと本能が拒否してしまったからか。

 認めたくはないが。


「え、ええ、もちろん。でもその前に――」


「おおい、あんたら。そんなところで何してるんだ? 危ねえぞ」


 頭上からガラガラ声が降ってきた。顔を上に向ける。暗くてよく見えないが、どうやら見張り台に船員がいるらしい。

 

「何をしているって、私たちは今ここで……気付かなかったのか?」


「何の話だ? 海はずっと穏やかだぜ?」

 

「海のことを言っているのではない。そうではなくて――」


「きゅ」


「あー、えっとリマーラさん」


 ライカが途中で遮ったので振り向くと、彼女は小声で「ナナが話を止めろと言ってるみたいです」と言った。

 

「…………すまない、何でもない。星を見ていただけだ。もう戻るよ」


「そうした方がいい。もし海に落ちたら大変だからな。俺たちが」


 船員は大きな笑い声を上げて、見張りに戻った。

 少しの沈黙をおいて、私たちも船内に入る。沈黙は部屋に戻り、ライカが水を飲み終わるまで続いた。


「ふぅ……すみません、勝手に部屋の水飲んじゃって。緊張で喉がカラカラもいいところだったので」


「構わない。それより、聞かせてくれないか」


「はい、そうですよね。まだほとんど何も話せてないですもんね」


「先に教えろ。奴は何者だ? 何故去った?」


 椅子に座るライカにレヴァイアが詰め寄る。彼の右手は、爪で皮膚が切れそうなほど固く握りしめられていた。


「あの人はマーレ=ボルジエ国の騎士……より正確に言えば特務騎士の一人です」


「なっ……」


「馬鹿な……」


 言葉がない、と同時に納得した。

 マーレ=ボルジエの特務騎士と言えば、一人で軍隊を相手に出来るとか、一人で盗賊の町を壊滅させたとか、一人で巨大な獣の群れを殲滅したとか、真偽が定かでない噂も多々あるが……間違いのない事実が一つだけある。

 世界最強に限りなく近い人間、ということだ。

 定員数はなく、時代によってゼロのときもあれば、十人いたときもあったと母から聞いた記憶がある。確か、今は四人だったはず。しかも、うち一人は王子だとか。

 

「勝てないわけだ」


 そんな人間と戦っていたなんて。声にならない何かが口から零れた。笑いたかったのか、溜息を吐きたかったのか。自分でもよく分からない。


「いや、でもですね、確かに彼は特務騎士の方なんですが、違うんですよ」


「違うとは?」


「特務騎士であって特務騎士でないというか。あ、いやいや謎かけじゃないですよ、これ。とにかく、ちゃんと説明しますから聞いてください。最後まで聞いて分からないことがあったら、質問を受け付けますから。いいですか?」


 長くなるので座って下さい、と前置きをしてからライカは話し始めた。

 長い、長い、話だった。




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