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黒犬ツアーへようこそ  作者: 緋龍
始まりの国マーレ=ボルジエ
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三日目……騎士様と再会

「なんか勢いで来ちゃったけど、エルに相談するなんて早まったかな?」


 私たち以外誰もいない部屋で、私はローテーブルの上にいるナナに顔を近づけて訊いた。

 一対の三人掛けのソファーと、その間にある長方形のローテーブル。新しくはないが、しっかりと手入れが行き届いていて埃一つない。座り心地も良く、さすが城だと感心する。隅には庭園で摘んだのか、綺麗な花が入った花瓶が置かれている。こんな庶民しか入らないであろう小部屋でも手を抜いていない。


「きゅー」


「この世界の人たちに深く関わるのってあんまりいい事じゃないわよね、どう考えても……」


 頭を抱えてうずくまる。

 エルはとても頼りになる人物だ。きっとリーグエ孤児院の現状を相談すれば力になってくれるだろう。

 イリエラは自分がサキューズの提案を受け入れれば丸く収まると言っていた。貴族と闘う気などまるでないようだった。庶民は貴族の意に従う他ないと、諦めてしまっている。

 多分、この世界では彼女の反応は普通なのだろう。抗おうとしている私の方が異常なのだ。

 それに、私はこの世界に関わるべきではない。何の力もない私が世界に影響を与えられるとは思わないが、それでも私はこの世界を創った張本人、クーアに言わせれば創造主なのだ。そんな人間は傍観者でいなくてはならないだろう。

 何を見たとしても、何を聞いたとしても。 


「でも、あんな話聞いて知らんぷりなんて出来ないわよね」


「きゅきゅ!」


 当然だと言わんばかりにナナは頷く。彼女も同じ思いなのだということに、私は少しほっとした。

 

「失礼します」


 言葉より少し遅れて扉が開く。白い騎士団の制服を着たエルが、心配げな表情で入ってきた。


「朝早くから申し訳ありません、エルクローレン様」


 エルの表情がおかしいと思いながら、ソファーから立ち上がって頭を下げる。彼は扉を閉めて近づいてくると、がしぃっ、と私の両肩を掴んだ。


「ど、どうかし――」


「大丈夫ですからね、ヒュリさん!」


「は?」


「お母上は私が必ず捜しだしてみせますから、心配しないで下さい!」


 決意の篭った真剣な表情のエルを見て、心配なのは貴方の頭の方ですがと言いそうになったのはここだけの秘密だ。 

 そうだった。すっかり忘れていたが、彼は私のことを“幼いころ森に捨てられて翼竜に育てられた、王都に産みの母親を捜しに来た女”だと思っているのだった。

 おそらく、捜したけれど見つからなくて途方に暮れ、すがる思いでエルに助けを求めに来たとでも勘違いしているのだろう。


「あーー、えっと、違うんです」


「違うとは、何がですか?」


「母に該当しそうな人はいませんでした。どうも噂が間違ってたみたいです。まあ、噂なので期待はしていませんでしたが」


「本当に? もっとよく捜せば見つかるかもしれませんよ。まだ一日しか経っていないじゃないですか」


 百日経っても見つからないんだけどねと思いながら、架空の人物の捜索続行を訴えるエルをソファーに促す。


「そうかもしれません。でも、もういいんです。本当の母親を知らなくても、私は幸せだって気付きましたから」


 エルの向かいに腰を下ろし、ナナを膝に乗せる。


「……そう、ですか。ヒュリさんがそう仰るなら私はもう何も言いませんが」


 残念そうに見えるのは気のせいではないだろう。彼は心の底から信じて疑っていないのだ。私の作り話を。


「見ず知らずの私に良くして下さって、エルクローレン様には本当に感謝しています」


 心がちくちくと痛む。申し訳ない思いでいっぱいだった。


「いえ、当然のことをしたまでです。困っている方に手を差し伸べるのは、騎士として当然のことですから。……では、今日いらしたのは?」


「はい、昨日のことなのですが――」


 ザンと出会ってリーグエ孤児院に行き、そこでサキューズという貴族に会ったこと、その後イリエラから孤児院の置かれている現状を聞いたことを手短に話す。ザンが盗みを働いたことはもちろん伏せて。 


「――というわけなんです。いくら貴族とはいえ、彼の行いは横暴すぎます。たとえ今はお金を払えたとしても、このままではいずれイリエラさんはあの男の許に行かざるを得なくなる。こんなことが許されるんでしょうか!?」


「きゅっ、きゅきゅっきゅー!」


 私とナナは拳を握りしめてエルを見る。喋っていたら治まっていた怒りが再燃してきた。


「それが事実だとすればリーグエ男爵を審議の場へ召喚しなければなりませんね。ですが今の段階では証拠が何もありません。いえ、もちろんヒュリさんの仰ったことが嘘だと言ってるわけではありませんよ」


「分かっています。いまエルクローレン様が問い詰めたとしても、きっとあの男はうまく言い逃れるでしょう。ですが、動かぬ証拠があれば、あの男を二度と孤児院に近づけないようにすることは可能ですか?」


「そうですね、可能だと思います」


 エルはしばらく考える素振りをし、やがてはっきりと頷いた。


「それを聞いて安心しました。実は明日、男爵が孤児院に来ることになっています。昨日払えなかった賃料を取りに。その様子を見てもらえませんか? きっとこれ以上ない証拠になると思うんです」


 そう言って、私はにっこりと笑った。

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