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黒犬ツアーへようこそ  作者: 緋龍
世界を紡ぐ国ヴィトニル
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五十一日目……陰に潜む Side:リマーラ 

 ライカと入れ替わりに部屋を出た私は、薄暗い廊下を歩き食堂に向かった。

 中に入ると数人の船員が席で食事を取っていた。

 向けられた視線に軽く頭を下げ、厨房で洗い物をしている船員に声を掛ける。


「失礼、食器を返しに来たのだが」


「おお、悪いな持って来てもらって」


 食器を渡すと、船員は白い歯を見せて笑った。


「後で茶を貰いたいのだが可能だろうか?」


「んー、まだ明日の仕込みがあるから、あと一刻くらいはいるよ」


 それまでなら用意できると言ってくれた船員に、半刻後にまた来ると返し食堂を後にした。

 さて、何をして過ごそう。

 甲板に出て風に当たるか、船倉に行って馬の様子を見るか。

 ……甲板はまだ掃除が終わっていないかもしれないし、船倉にしよう。

 ギシギシ軋む階段を下りて窓のない廊下を歩く。

 飼い葉の匂いがする……ああ、船倉の扉が開いているからか。

 誰かが馬の様子を見に来ているのか。船員だろうかと思いながら中に入る。


「なんだ、お前もここに来たのか」


 声に続いて、馬と馬の間からレヴァイアが顔を覗かせた。


「ん、ああ、レヴァ……レヴィ、貴方だったか」


 フードは被っているが口布は下ろして首にかけているレヴァイアに、どっちの名で呼ぶべきか少し迷った。他には誰もいないようだが、用心はしておくべきだろう。


「どの馬も健康状態に問題はなさそうだ」


「そうか、ケーバはおそらく船に乗るのは初めてだろうから、怖がるのではないかと心配していたのだ。良かった」


 飼い葉を食んでいるケーバに近づき、鼻筋と顔をそっと撫でる。


「そちらの二頭はライカ達の馬か。毛並みの美しい良い馬だな」


 ケーバとレヴァイアの馬シアに向かい合う形で柵に入っている二頭の栗毛の馬。初めて見る人間――私とレヴァイア――が近くにいても、不安がったりせずに落ち着いて佇んでいる。


「俺たちの馬の方が賢いし速い。なあ、シア」


 馬に問いかけるように話すレヴァイアを見て、少し、ほんの少しだが笑いそうになった。

 それから少しの間、私とレヴァイアは馬の世話をして過ごした。


「……そうだ、ライカのことなのだが、彼女――レヴィ?」


 気になったことを話しておこうと、手を止めてレヴァイアの方を振り向く。すると、彼が眼で止めろと言ってきた。

 はっ、として船倉の外の気配を探る。しかし、何も感じ取れない。

 

「もういいだろう。甲板に出て少し休むぞ」


「……そうだな」


 下げていた口布を戻したレヴァイアと船倉を出て扉を閉める。もう一度気配を探ったが、薄暗い廊下に誰かがいるようには思えなかった。

 無言で廊下を歩き、階段を上がって、また廊下を歩く。甲板に出る扉を開くと、強い風が吹いて髪がなびいた。


「……誰か、いたのか? 私には分からなかった」


 掃除はもう終わったのか、甲板に人影はない。死んだ魚の臭いも、血の臭いもない。

 あるのは、海の匂いと、風の音と、波の音、それに帆がはためく音。それだけだ。

 私は、手すりに肘を置いて空を見上げた。月は雲に隠れ、星もあまり見えない。


「多分、な。気配はなかったが、ほんの一瞬、視界の隅に揺らめきが見えた」


「貴方にも気配を悟らせないなんて、一体何者だ?」


「さあな、ライカといる奴らの誰かだろう。だから、念のためにお前の言葉を止めた。ここなら風が声を消してくれる」


 私の隣でレヴァイアは手摺りに背中を預けた。さっきの続きを話せと眼で促してくる。

 私は、少し考えてから口を開いた。

 

「私は、ナナは鼠の変種だと思っていた」


「急に何の話だ? まあ、俺もそうだが。人間の言葉を理解することを除いても、あんな鼠を見たのは初めてだ」


「ああ。だが、ライカはナナを一目見るなり、驚いた様子でこう言ったのだ。はむすたー、と」


「ほう」


「こうは考えられないだろうか。ヒュリとライカは同郷の人間で、ナナのような鼠はそこにだけ生息する生き物」


 見渡す限りの海。深く暗いその色に、吸い込まれそうになる。私は一度目を閉じて、視界から夜の海を追い出した。


「……確かに。ライカには力がある。ヒュリのような不可思議な力が」


「そうなのか! ならば、二人の間に何か繋がりがある可能性は、そう低くはなさそうだな。……なあ、訊いてみないか? ライカにヒュリのことを」


 手すりから離れ、レヴァイアの正面に立つ。彼は何かを思い出すように空を見上げていたが、しばらくすると視線を私に向けた。


「そうだな」


「よし、では部屋に戻ろう。そろそろ半刻だ」


 船内に戻る扉を開け、先にレヴァイアを通す。扉を閉める前に振り返ってもう一度空を見たが、やはり月は見えなかった。




 食堂に寄って三人分の茶を貰ってから部屋に戻る。自分たちの部屋であるはずなのに、扉を叩く瞬間、何故か自分が緊張しているのを感じた。


「きゅきゅっ」


 部屋の中からナナの声が返ってくる。が、何と言っているかわからないため、入っていいのか駄目なのか判断に迷う。

 どうしようかとレヴァイアと顔を見合わせると、今度はライカの声がした。


「あ、あの、どうぞお入りください」


 扉を開けて中に入る。

 椅子に座ったライカと、机の上にいるナナ。一見、部屋を出たときと何も変わっていないように見える。

 しかし、彼女たちの間に漂う空気が、違うと物語っていた。

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