五十一日目……繋がる二人の Side:雷華
「ええっと、階段を過ぎて三番目の左側の部屋だから……」
薄暗い廊下を一人歩きながら、私はリマーラさんとの食堂での会話を思い出していた。
『ライカ、殿、少しいいだろうか』
『はい、何ですか? あ、呼び捨てで構いませんからね』
『そうか。では、ライカ、食事の後、私の部屋に来てくれないか。折り入って話がある』
『リマーラさんが私に?』
『う、まあ、そう……だ』
『分かりました。いいですよ』
『感謝する。と、言い忘れていたが一人で来てくれ』
『あ、はい』
『ならん』
『駄目』
『ルーク、ロウジュ。なんで貴方たちが反対するの』
『ライカ、油断するな。そいつは素性も分からん怪しい奴なのだぞ! 一緒にいる顔も見せん男など犯罪者としか考えられん!』
『ルーク! 思い込みが激しすぎるわよ! いい? 人にはそれぞれ事情というものが――』
私は回想を強制終了させて溜息を吐いた。
ルークもロウジュも、私を守ろうとしてくれるのは嬉しいのだけど、やり過ぎというか加減を知らないというか。
ディーが連れて来た人たちなんだから、敵なわけないでしょうに。
なんて言ったら、ヤツは信用ならん、とか言い出しそうだから言わなかったけど。
リオンさんが氷よりも冷たい視線で二人を睨んでくれて助かったわ。二人ともピタッと大人しくなったものね。やっぱり聖師様って凄い。
「三番目はここ、よね」
後ろを振り返って扉の数を数え、間違っていないことを確認する。
扉を叩くとすぐに返事が返ってきた。
「失礼します」
扉を開けて中に入る。
ベッドに腰掛けているリマーラさんと眼が合った。椅子に座っているのは、確か……レヴィさん。フードと口布でしっかりと顔を隠している。
「来てくれてありがとう、ライカ」
「いえいえ。それで、お話しというのは?」
レヴィさんが無言で椅子から立ち上がり、私の横を通って部屋から出ていってしまった。
私と二人で話すためにリマーラさんが頼んだのかしら?
「ライカ、椅子に座ってくれ」
「あ、はい、ありがとうございます」
「私は食器を下げてくる。後で飲み物を持って来よう。半刻後でいいか、ナナ?」
「ナナ?」
ディーが連れて来たのって二人だったよね? 部屋の中に三人目の姿なんてないし。
「きゅっ」
「きゅっ?」
音のした方向に視線を向ければ、いつの間にか机の上に見たことのある小動物が鎮座していた。
「ハ、ハムスター!?」
私の声に、部屋の扉を閉める直前のリマーラさんが反応したことに、私は気付かなかった。
「きゅきゅきゅっ」
机の上の茶色のハムスターは、全身を使って不思議な踊りを踊り始めた……わけじゃなくて、何かを説明しようとしているみたいだった。
「え? あ、お、お手? ハムスターってこんな動き出来たっけ? まるで人間みた……あ、お手じゃないの? 手をグーパーグーパー……ああ、手を握れってことね」
「きゅっ」
やっと分かったか、鈍いヤツだなという眼をして、ハムスターは頷いた。
「いやだってハムスターのジェスチャーなんて見たことないから――」
――それよりもハムスターが人間の言葉を理解していることに驚く方が先でしょ。
「ああ、それもそうね。黒犬姿のルークと会話しているから違和感が、って何で声が!? ああっ、髪が光ってる!」
あまり使うことはないけれど、私には肌が触れ合った相手の思考を読める力がある。読めるというより流れ込んでくると言った方が正しいかもしれない。
人の心の内なんて知りたくないから、普段は意識して使わないようにしてる。力を使うと今みたいに髪が光るから、使いたくないっていうのもあるかな。
だって、髪が光る人間なんて、どう考えてもちょっと、ねぇ。
――眼鏡をかけて私の過去を覗いてくれてもいいわよ?
「必要もないのにそんなことしないわよ。じゃなくて! 何で私の力のこと知ってるの!? ……もしかしてディーから? ううん、ディーは勝手に人の秘密を話したりしない、よね」
――ええ、そう。ディーから聞いたわけじゃない。というか誰からも聞いてない。最初から知っていたの。
「最初から? それってどういうこと?」
――……いい、雷華。今から話す内容はとても信じられないことだと思う。でも嘘じゃない。私を信用して最後まで聞いて欲しい。
ハムスターの、ううん女性の切実な声が頭に響く。
信じられないこと、か。
私が今ここにいること自体が信じられないことだもの。大抵のことは受け入れられるわ。
ハムスターと(頭の中でだけど)会話してることだってもう受け入れてるしね。
「自分でいうのもなんだけど、私ほど信じられないことを体験している人っていないと思うのよね。だから、信じられないことへの耐性がある自信がある。というわけだから、どうぞ話してみて?」
――ありがとう。雷華ならそう言うと思った。じゃあ、そうね……まずは私の名前から。
「名前? 確かリマーラさんがナナって呼んでたわよね?」
――そうなんだけど、それはね…………。
それからハムスターの長いような短いような話が始まった。
信じられないことには慣れているつもりだった私だけど、彼女の話は、信じられないこと、で片付くようなものではなかった。
私は何度も「そんな!」とか「まさか!」とか言って、彼女の話を遮った。
そして、全てを聞き終わった私に出来たことといえば、頭を抱えて長い長い息を吐くことだけだった。