五十一日目……海の脅威 Side:リマーラ
海に垂らした釣り糸を眺めながら、ぼうっと考え事をしていた。
ライカたちはどんな繋がりがあって一緒に行動しているのだろう。
クルディア国の将軍、マーレ=ボルジエの騎士、賞金稼ぎの双子、身分を明かさないがただ者ではない雰囲気の男三人、それとライカ。
共通点が全く見えない。
どんな目的で原初の森へ行くのだろう。あえて訊ねようとは思わないが、気にはなる。
「……ん?」
少し離れたところで釣り糸を垂らしているライカの横で、楽しそうに彼女と会話していたディーが、怪訝な顔で海を覗き込んだ。
珍しい魚でもいたのだろうか。そう思って、何となくディーの視線を追おうとしたその時――
「きゃあぁぁぁぁぁっ!」
甲板の反対側から悲鳴が上がった。
驚いて振り向くと、双子の頭上を何かが飛び越えるところだった。それは、甲板の真ん中に落下し、その勢いのまま滑って海に落ちていった。
「キール! マール!」
「ライカ待って。まだ来る」
釣竿を放り投げて双子に駆け寄ろうとするライカを、同じく釣竿から手を放したロウジュが止める。
彼の言った通り、今度は私たちがいる側から同じ何かが飛んできた。
「この辺りの海は危険なのですか、ディー殿?」
甲板に落ちる何かを剣で突き刺した騎士が、ディーに問いかける。
私は警戒しながら、騎士が屠ったモノに眼を向けた。
噛まれれば骨まで砕かれそうな鋭い歯。鳥のように大きなひれ。鞭のように細くて長い尾びれ。そして何よりも印象的なのが、血のように紅い四つの眼。
コレは一体何なのだ? 本当に魚なのか?
「し、知らない知らない。おっさん海には詳しくないし。船員に訊いてみな――」
「うわああぁぁぁっ! な、なんだこいつらはあぁぁぁ!?」
船尾から低い悲鳴がいくつも重なって聞こえてきた。
「……どうやら海の男たちも知らないみたいね。んー、武器取りに行く暇はないか。しゃーない、ま、どうにかなるでしょ。ってことで、俺は船尾に行くわ。騎士の兄さんも一緒に来て」
「分かりました!」
数が増えていく魚を避けながら走り出そうとするディーに、マールが待ったをかけた。と、同時に彼女は、口に手を当ててしゃがんだままのキールの腰に装着されている鞘から剣を抜き、ディー目掛けて放り投げた。
振り向きざまに剣を掴み取るディー。
「見ての通りキールは使い物になりませんからー」
「あんがとさんっ」
二人のやりとりを横目に見ながら、私も船室に置いてきた槍が欲しいと思った。
ロウジュは普段から懐に武器をしまっているらしく、ライカを庇いながら短剣を投げて対処している。
マールも腰にぶら下げていた鞭で、キールを引きずりながら飛んでくる魚の軌道を変えている。
「くっ」
向かってきた魚を避けざまに蹴り飛ばしたが、魚とは思えないほど硬く、脚に軽くない衝撃が走った。やはり武器でないと致命傷を与えるのは無理か。
「リマーラさんっ、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ」
「使えない奴は中に入れ」
ロウジュが短剣を放つのと同時に言い放った言葉に少し怒りを覚えたが、確かに役立たずと言われても仕方ない。
槍を取りに行くか?
一瞬の迷いが私の動きを止めた。
「後ろっ!」
「っ!」
反射的に振り向きながら屈む。腕を上げて頭を庇ったが、覚悟に反して衝撃は来なかった。
その代わりに、だんっ、という音がして、眼の前に槍が突き刺さった。
「油断したな」
槍が飛んできた方向にぱっ、と顔を向けると、しっかりと顔を隠したレヴァイアがいた。
「レヴァイ……レヴィ! 感謝する!」
レヴァイアが命中させた魚(と床)から槍を引き抜く。慣れ親しんだ感触。頼もしい相棒。
「はぁっ!」
向かってきた魚を突き刺し、振り向いて別の一匹にそのまま振り下ろす。叩きつけた奴に止めを刺してから、穂先に刺さった二匹を振り払って落とした。
生臭い血の臭いが鼻につく。
「紅鎌魚、か」
「この魚を知っているのか!?」
レヴァイアが零した言葉に驚いて彼を見ると、彼は微かに首を振って私に答えた。
「話は後だ。全部片付けるぞ」
「そ、そうだな」
頷いて短く息を吸う。レヴァイアの言うとおり、まずは危機を脱しなければ。
私は槍を握り直し、息を吐いて勢いよく地面を蹴った。
戦える者全員が力を合わせ、船と船員を守りながら武器を振るう。船長と船員は、何とか魚から逃れようと死にもの狂いで船を操った。
「ぎゃああぁっ!」
「一人落ちたぞっ!」
「俺が行く!」
「縄を投げ入れろ! 早く早く早くっ!」
「クソ魚の相手は俺がするから、その間に引き上げて」
「海の男の底力なめんじゃねえぞ! うおおおおっっ!」
「なんか魚の飛ぶ速度が速くなってない!?」
「なってますー!」
「お、俺、もう無理……っす」
「少年、しっかりしろ!」
「邪魔だし、海に落とせば?」
「ロウジュ!」
「でん……ルーク様!」
「ディナム、よそ見している暇はないぞ」
どれほど経っただろう。気がつくと空が赤く染まっていた。
船も赤かった。私たちも赤かった。
甲板に散らばる赤い魚。そこから流れ出た赤い血。
私たちが赤いのは返り血のせいなのか。夕陽のせいなのか。
「どうでも、いい……」
甲板に崩れ落ちるように座り、手すりに身体を預けて空を見上げる。
波の音しか聞こえない静かな夕暮れに、私はそっと目を閉じた。