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黒犬ツアーへようこそ  作者: 緋龍
世界を紡ぐ国ヴィトニル
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五十一日目……船に乗るのは愚者か賢者か Side:リマーラ

「てめえら、準備はいいな? 出港だ!」


いかりを上げろー! 帆を張れー!」


「アイサーー!」


 真っ黒に日焼けした船員が、船長の号令で船上を駆け回る。

 真っ白な帆が張られた船は、その大きな体を真っ青な海原に委ねた。

 

「将軍……ディーは話の分かる人だったな」


 船尾の甲板の手摺りに腕を預け、遠ざかっていくザーラグの港を眺めながら、私は隣に立つ男に話しかけた。

 私たちの、荒唐無稽とも言える話を、ディーはあっさりと信じてくれ、船に乗ることを許可してくれた。

 何故信じられるのかと訊けば、ライカと一緒にいるから、と分かるような分からないような答えが返ってきた。

 嘘ではないと思うが、私への罪滅ぼしもあったのではないかと思う。私は彼に感謝こそすれ、恨む気持ちなど全くないのだが。


「……そうだな」


「しかし、彼らも極彩の森を目指していたとは。ナナが“ライカが鍵”と言っていたのだから、当然と言えば当然なのかもしれないが」


 初めての船旅。心が浮き立たないと言えば嘘になる。だからこそ、ヒュリがいればもっと楽しい旅になっただろうと思わずにはいられない。


「……ああ」 


 港を眺めるのを止め、私は隣に立つ男の方を向いた。フードを目深に被り口布まで当てている、どこから見ても不審者か犯罪者にしか見えない男。

 言うまでもなくレヴァイアなのだが、彼はこの船に乗るときから、正確にはディーの仲間と会うときからこの恰好だった。名もレヴィと呼べと、私とディーに強めの口調で言った。

 どうしてレヴァイアが素性を隠すような真似をしているのか。その理由を私は彼から聞いて知っている。

 知ってはいるのだが……。


「最後までその恰好で通すつもりか、レヴィ……いや、レヴァイア?」


 名を言った瞬間、鋭い視線を向けられた。


「大丈夫だ、誰の耳にも届いていない」


 実際、甲板は波や風、船員たちの動き回る足音で溢れている。よほど近くにいなければ、私たちの会話は聞き取れないだろう。

 レヴァイアもそれは分かっているらしく、すぐに謝ってきた。


「……すまん」


「気にしていない。それで、どうなんだ?」


「無論、顔を晒すつもりはない」


「…………そうか」


 少し長い沈黙の後、私は頷いた。


「何を言おうとした?」


「ヒュリなら貴方を説得できたかもしれない、と」


「ふん……どうかな」


 それからしばらくの間、私たちは黙って海を眺めていた。

 蒼く透明な海は美しく、少し恐ろしい。

 海の中はどうなっているのだろう。海の底には何があるのだろう。

 私には知る術がない。だから、恐ろしく感じてしまうのかもしれない。

 部屋に戻る、と言ってレヴァイアは甲板から去って行った。

 彼の背中を見送りながら思った。

 ヒュリがいたら、彼女はきっとレヴァイアに正体を明かすよう言うだろう。大丈夫だからと説得するだろう。私が付いているからと背中を押すだろう。

 そして、きっと彼はフードを外し口布を取り去る。

 

「心の奥底ではそうしたいと、貴方も思っているんじゃないか?」


 なあ? と、私は空を飛ぶ海鳥に問いかけた。


 


 それから一刻が過ぎたころ。

 喉の渇きを感じ、割り当てられた船室に戻ろうと甲板を歩いていると、船首の方から歓声が聞こえた。

 何だろうと興味が湧き、少し遠回りしてみることにした。

 船首の甲板には、ディーと双子の姉弟と黒髪の男と緑銀の髪の男、それにライカがいて、どうやら釣りをしているようだった。

 甲板の上で、私の背丈ほどありそうな赤い魚がビチビチ跳ねている。先ほどの歓声は、この魚が原因らしい。

 皆、楽しそうにしてい――

 

「ヒュ……!」


 思わず叫びそうになった。

 一瞬、ライカがヒュリに見えた。全然違う顔なのに、何故――?


「寝不足、か?」


 軽く頭を振って、もう一度ライカを見る。ヒュリの顔には見えない。

 ヒュリが消えてからあまり眠れていないのは事実だが、幻覚を見るほど弱ってはいない。これでも武人のはしくれ、体力には自信がある。

 とはいえ、全く疲れていないと言えば嘘になる。船にいる間に体力を回復しておかなくては。

 そう結論に達し、本来の目的地に向かおうと踵を返したところで声を掛けられた。


「リマーラちゃんも一緒にやらない?」

 

「あ、ああ、いや、私は……」


「私の釣り竿をどーぞですー」


 遠慮しておく、という前に双子の姉――マールだったか――が、駆け寄ってきて私に釣り竿を差し出した。

 ライカとディー、それに緑銀の髪の男――マーレ=ボルジエの騎士と名乗っていた――は、屈託のない笑顔をこちらに向けている。

 黒髪の男――ロウジュという名だったはず――は、三人とは対照的にこちらを見向きもしない。ずっと海に垂らした釣り糸を眺めている。

 あと一人、双子の弟は……気分が悪そうだ。

 ヒュリは一体何故彼らの後を追っていたのだろうか? 彼らと行動を共にすれば、その理由を知ることが出来るのだろうか?

 私は、部屋に戻るのをもう少し先延ばしすることにした。


「釣りをしたことがないから遠慮しようと思ったのだが……やってみるとしよう。構わないか?」


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