五十日目……再会の視線 Side:ディー
「あっ、ディーの兄貴!」
「どこかへお出掛けですかー?」
宿を出て町の様子を見ようと歩いていると、双子の賞金稼ぎと出くわした。
確かこの二人は、聖師の兄さんに言われて港に買い出しに行っていたはず。見たところ手ぶらなのだが、良い品が見つからなかったか、まだ行っていないのか。
「よー少年少女。戦利品は得られなかったようだねえ」
「いやいや、ちゃんと買ったっすよ! 量が多かったんで船に届けてもらうことにしたっす」
「なるほど、まー確かに大所帯だもんね。ごくろーさん。俺はちょっくら散歩してくるわー」
「え、じゃあ俺も行きたいっす」
「私もー」
はいっ、と勢いよく手を挙げる双子に、若いなと思うのは俺が年を食った証拠だろうか。
内心苦笑しつつ、二人の同行を認めようと口を開きかけて――止めた。
視線を感じる。凄く強い……が、殺気はない。
誰かが俺の気を引こうとしている?
うーん、仕方ない。誘いに乗ってあげますかね。相棒の大剣は宿に置いてきちゃってるんだけど、まあ大丈夫でしょ。
「いやー、悪いねー。俺が行きたいところはオコサマ禁止のところなんだわ。また今度ねー」
「ええっ、ちょ、ちょっとディーの兄貴!?」
「お昼にもなっていないのにどこに行くつもりですかー!?」
「オトナの時間に昼も夜のないのよー」
ぴらぴらと手を振って双子から離れる。後ろから、ライカ姐に言いつけてやるとかフケツですとか色々聞こえてきた。
って、フケツってどういうこと? おっさんちょっとヘコんじゃうわ。
肩を落として歩いていたら、知らない人から、兄ちゃん嫁に追い出されでもしたんかねーと笑いながら言われた。
もうほんとなんなの?
こめかみに血管を浮き立たせつつ、大通りを逸れ、人気のない路地裏を進んでいく。
視線の持ち主がついて来ていることは、後ろを確認せずとも分かった。
視線は一つ。気配は二つ。
隠す気はない、と。さて、そろそろかな。
町の周囲を囲む外壁まで来たところで、俺は足を止め振り返った。
外敵の侵入を阻む、というよりかは、風雪の被害を抑えるために設置された外壁は、俺の身長の二倍ほどでそれほど高くない。いざとなれば、壁を越えて逃げればどうにかなるだろう。
もっとも、俺の直感が正しければその必要はないはずなんだけど……。
「さてと、そろそろ用件を聞こうかねえ。あんたら、俺に何か用?」
フード付きの外套を纏っているため、顔は分からない。二人はフードの下で視線を交わし、一人が口を開いた。
「すまない、あの場で話しかけられない事情があったのだ。気分を害されたのなら謝罪する」
「まあ、あんたらに敵意がないのは分かってたけど。それで? どんな内緒話が聞けるのかねえ?」
「……私を覚えているだろうか、ヴェルク将軍殿」
話していた奴は、そう言ってフードを取った。さらりと長い黒髪が現れ、風に揺れる。
俺は目を見張った。何故、彼女がここにいる?
「覚えているもなにも、忘れるわけないでしょ……リマーラ。じゃあそっちは……」
「俺だ」
もう一人がフードを取る。表れた金色の髪が、陽の光を受けて輝きを放った。
「賞金稼ぎのレヴァイア、ね。……ん? あと一人は? あの不気味で不思議な姉さんはいないの?」
俺の本心、それも心の奥深く深くに隠していた思いを、言い当てた女。あれは本当にグサッときた。剣で斬られるより痛かったもんね。
まあ、でもそのおかげでリマーラにクルさんのことを伝えられたんだけど。俺も彼女の死と向き合うことが出来たし。
だから、あの姉さんには感謝してるんだよね。名前は、確かヒュリだったっけ。
「ヒュリは不気味などではない」
心外だとばかりにリマーラが顔をしかめる。
「いや、リマーラちゃんもあの姉さんのこと不気味って言ってた――」
「将軍殿に視線を送ったのは、彼女のことで力を貸して欲しいからなのだ。どうか、話を聞いていただきたい」
「無視? 無視なの? おっさん悲しい……って、話を聞く前に。その将軍って呼ぶの止めて。俺はただの賞金稼ぎのディーだから。殿とかもいらないし」
ずい、と圧をかけるように詰め寄る。この恰好のときに将軍って言われるのが困るからであって、無視された仕返しではない。決して。
「わ、分かった、ディーど……ディー」
「そーそー」
「ついでに俺も言っておこう。いい加減、呼び捨てにしろ」
「え、あ、ああ」
俺とレヴァイアに詰め寄られ、リマーラは仰け反り気味になりながら頷いた。
本人に悪気はないんだろうけど、言われる側からしたら距離を置かれているようでちょっと寂しいんだよね。
「それで? ヒュリがどうしたって?」
「実は……彼女は今、行方不明なのだ」
「ええっ、それどういうこと!? 誰かに攫われたの!?」
予想もしていなかった言葉に、今度は俺が仰け反りそうになった。
「分からん。だが、あいつの意思ではない。もしそうなら、ナナも一緒に連れて行くはずだからな」
「ナナ?」
「ナナというのはヒュリが連れている鼠……に似た動物のことだ。ディー、順を追って説明するから聞いてくれ。にわかには信じ難い話なのだが、どうか頼む」
深く頭を下げるリマーラ。レヴァイアも、頼む、と言ってきた。
これは断れないわねえ。ま、もともと聞くつもりだったけどね。
「安心して、おっさんこう見えても不思議現象には耐性あるから」
つい数日前にも体験したし、とは口に出さずに心の中でだけ付け足した。
※ディーが体験した数日前の不思議体験→「黒犬と旅する異世界〜黄昏と黎明〜」の第三章“旅の終わりを感じるに至った理由”のことです。