三日目……怒り心頭
「まったくあのリーグエって男は! 最低なのは髪型だけにしとけっての!」
「きゅきゅきゅーっ!」
爽やかな朝の光を浴びながらナナと二人、怒りをまき散らしながら、ドカドカ足音を立てて緩やかな石畳の坂道を上っていく。周囲からの視線を感じるが、それが気にならないくらい私は怒りに満ちていた。
昨日、食堂に入ってきたのは、二階で休んでいたイリエラだった。ザンと九一男が言い合う声で眼が覚めたのだという。顔色が優れなかったが、ほっそりとした優しそうな女性だった。ザンたちが慕うのがよく分かる。
私は立ち上がって自己紹介をし、イリエラを椅子に座らせると子供たちを外に遊びに行かせ、彼女から孤児院にまつわる話を聞いた。
『この孤児院は三代前のリーグエ男爵がおつくりになられました。行き場を失くした恵まれない子供に安息できる場所を与えられるように。わたしはここで働くようになってまだ三年ですが、代々の男爵様は孤児院にやって来ざるを得なかった子供たちを分け隔てなく慈しんだと聞いています。先代のジアーニ様も、よく玩具などを持ってここにおいでになられました。成長した子供を男爵家で雇われたりもして。本当に素晴らしいお方でした』
『この場所を心から大切にされている方だったんですね』
『ええ、それはもう。ご病気で亡くなられる直前まで孤児院のことを心配していたと、男爵家の侍女の方から伺いました』
『なるほど。では今来たサキューズとかいうキモチワ……男は先代の息子ということですか』
『そうです』
『あの男はここの賃料を要求していました。払えなければ出て行けと。彼はこの孤児院を慈しんではいないようですね』
『……あの方はジアーニ様がご存命のときからここを疎ましく思っておられました。孤児院などよりももっといい活用方法がいくらでもあると』
『それで先代が亡くなったから賃料などという理不尽なお金を要求して、貴女たちを追い出そうとしているんですね』
『はい……。でも実はお金を払わずにあの子たちがここに居続けられる方法はあるんです。あの子たちには言っていませんが……』
『差し支えなければ教えていただいても構いませんか? もちろん口外はしません』
『……分かりました。その方法は――』
「自分の愛人になれですって!? ほんっっっとうに、あ・り・え・な・い! 女の敵、ううん人類の敵だわ!」
イリエラとの会話を思い返せば返すほど怒りが身体の中に満ちていく。立ち止まって石畳を激しく踏みつけてみるが、一向に気分は晴れなかった。
「きゅきゅ、きゅう」
「どうしたの?」
腕の中でナナが飛び跳ねながら前足を前方に向ける。そちらの方に顔を向けてみると、建物の間から王城が覗いていた。
「あらま、お城がこんなに近くに。いつの間にか結構歩いてたのね」
怒りで周囲が見えていなかったようだ。私は肩で息をすると、止まっていた足を再び動かした。
通りを抜け、王城前広場を横断して、開門されているそれはもう大きな城門をくぐり抜ける。まだ朝も早い時間だが、解放されている庭園にはすでに何人かの先客がいた。
雷華も見た、色とりどりに咲き誇っている花壇の花を横目に、正面奥にある閉ざされた門へ近づく。両脇に控えている門兵に軽く会釈すると、私は意識して笑顔を作った。
「朝早くからお勤めご苦労様です。私はヒュリといいます。騎士のエルクローレン・ディナム様にお会いしたくこちらに参りました。エルクローレン様より、いつでも来てもらって構わないとのお言葉をいただいております。お取次ぎ願えませんでしょうか」
「申し訳ありません。我々はここを動けませんので、中の受付でお話下さい」
「受付?」
「このまま真っ直ぐ進んだ先、城内に入ってすぐにあります。どうぞ」
門兵は扉を開け、私を促す。そんなに簡単に人を入れていいのかと戸惑ったが、振り返ると私の後ろにいつの間にか男性がいて順番を待っているようだったので、慌てて礼を言って扉をくぐった。
「うわぁ……」
「きゅう……」
視界に飛び込んできたのは、真っ直ぐに伸びる舗装された通路。その両脇一面にひろがる綺麗に刈りそろえられた芝。それと通路の左右に一つずつある噴水だ。向かい合う女性の像が通路に向かって両手を掲げていて、そこから水が溢れている。
後ろにある庭園は色彩に富んでいて華やかで見応えがある。だが、今見ている色の少ない景色に、何故か私は胸を打たれた。
抱えていた怒りも忘れ、歩調もゆっくりと景色を堪能する。後ろにいた男性が私を追い抜いて、足早に城内へと向かっていった。
たっぷり五分以上かけて城内に辿り着く。門兵の言った通り、入ったところの両脇に受付はあった。カウンターの奥に三人ずつ兵士が立って、それぞれ応対したり書類をめくったりしている。
「えっと、誰でもいいのかな?」
担当分けがされているかとも思ったが、とりあえず手の空いている人に私は訊いてみることにした。
「すみません」
「おはようございます、本日のご用件は何でしょう?」
「騎士のエルクローレン・ディナム様にお会いしたいのですが。ヒュリが訪ねて来たと言ってもらえれば分かると思います」
「畏まりました。では身分を証明するものをご提示願います」
「どうぞ」
ごそごそと懐をあさって、エルに用意してもらった許可証を手渡す。受け取った兵士は許可証の上で視線を左右に動かすと、小さく頷いて口を開いた。
「問題ありません。では、そこの角を曲がって一番手前の部屋でお待ちください」