四十八日目……絡み合う Side:リマーラ
ヘルウェルが部屋の扉を叩いたのは、夜二の刻の鐘が鳴ってしばらくしてからのことだった。
出来ることを全て終え、ベッドに腰かけ沈黙していた私たちは、すぐに彼を部屋に入れ、結果を訊ねた。
ヴィトニルに行けるのはいつなのか。私たちに必要なのはその答えだけ。
しかし、彼は腕を組み、白いものが混じるあご髭を撫でながら、逆に私たちに訊ね返してきた。
「お前らは、この国の敵じゃないよな?」
「……何故急にそんな質問を?」
「いいから答えろ。……確かにこの国は完璧とは程遠い。いけすかねえ連中もたくさんいる。穏健派とか強硬派とかごちゃごちゃ言い合って、くだらねえ揉め事も多い。でもな、それでもここは俺の生まれた国なんだよ。愛国心なんぞと大層なもんじゃねえが、同胞が傷付けられるのを黙って見過ごすわけにはいかねえんだ。……もう一度訊く、お前らはこの国の敵か?」
ヴィトニル行きの船を探してもらって、何故そんな質問をされることになるのか見当もつかない。
分かるのは、彼が真剣だということだ。
「俺たちは、敵でも味方でもない。これが答えだ」
私が口を開く前にレヴァイア殿が答えた。私も同じことを言おうとしていたので少し驚いた。が、すぐに当然のことだと思った。
私たちの敵は私たちを害する者、私たちが味方するのは私たちが護りたいと思う者。それ以外は、どちらでもない。
今のところクルディアに害されてはいない。だから答えは一つしかない。
「……その言葉、信じよう」
ヘルウェルは一つ頷くと、組んでいた腕を解き、暖炉の前にある椅子にどかりと腰を下ろした。
「ヴィトニル行きの定期船は今朝出港した。次は五日後だ。ヴィトニルから来てる商船はなかった。二、三日後に来るらしいが、すぐに出港することはねえから定期船が先になるだろうな」
「ではここを発てるのは最短で五日後……」
やっと場所が分かったというのに、五日も足止めされるなど。
「遅すぎる」
ベッドから立ち上がったレヴァイア殿が、ヘルウェルに近づいていく。掴みかかるのではないかと私も腰を浮かせたが、ヘルウェルは慌てることなく指を左右に振って、まあ待てと言った。
「そう結論を急ぐもんじゃねえよ。実はな、もう少し早く出る船がある。だが――」
「何だ? 金か?」
「違えよ。まあくれるって言うなら貰うが、お前らには貸しがあるからな。そうじゃねえ、俺が言おうとしたのは、その船に問題があるってことだ」
「問題とは?」
ヘルウェルは少しの間迷う素振りを見せた。しかし、すぐに意を決したようで、頭をガシガシ掻いて息を吐き出すと、口を開いた。
「さっきお前らを信用するって言っちまったしな。……その船は、まあ簡単に言えば何でも屋みたいなもんでな。人も運ぶし物も運ぶ。商船の護衛なんかもする。要は金次第ってことだ。だから俺も話をしにいったんだが……船長から返ってきた言葉は驚き以外の何もんでもなかった。彼はこう言ったんだ。三日後にヴィトニルに向けて出港する。将軍の依頼でな、ってな」
「将軍、だと!? まさかその将軍というのは……」
「ヴェルク将軍だ。お前ら余所者が知ってるかどうか知らねえが、クルディアじゃ氷の将軍って言われててな。文字通り氷のように冷たく冷酷無慈悲なお方らしい。ま、あくまで噂で、俺も実際に目にしたことはねえんだけどな」
船長も噂なんてクソほども当てにならねえって言ってたしな、と続けるヘルウェルの言葉をほとんど聞き流しながら、私は必死に思考を巡らせた。
ヴェルク将軍が冷酷無慈悲? 彼には似合わない言葉だな……と、そうじゃない、そんなことはどうでもよくて、彼がここにいて、しかもヴィトニルに行こうとしている? 一体何のために? 将軍が他国に、それも何でも屋などという怪しげな者を雇って行こうとするなど、どう考えても通常の任務とは思えない。
「なるほど。お前は俺たちが将軍を害するつもりかもしれないと思ったわけだ。だからあのようなことを訊いてきたのだな」
私たちがヴィトニルに行きたいと言い、船を探したら将軍もヴィトニルに行こうとしていた。全くの偶然だが、ヘルウェルが怪しむのも仕方ない。
いや、本当に偶然なのだろうか? 偶然というには何もかもが繋がっている気がしてならない。……何に繋がっているかは分からないのだが。
「船長は俺を信用して話してくれた。だから俺も信用できる奴にしか話せねえ。お前たちが悪人だとはもう思っちゃいねえが、それでも万が一ということもあるだろう。俺のせいで将軍に危害が及ぶなんざ、後悔してもしきれねえからな。確証が欲しかったのさ」
「私たちが嘘を吐いているとは思わないのか」
「思わない。もし俺を騙そうとするならあんな言い方はしないだろうよ」
言い切るヘルウェルに、私は心の中で感謝した。人を信じることは簡単なようで難しい。私たちを信用してくれたことが嬉しかった。